エレベーター - 市内某マンションにて -

至璃依生

エレベーター - 市内某マンションにて -



 あんまり私の中でエレベーターでのホラーな話ってのはないんですが、一応はありますよ。これは子供の頃の話なんですけどね。


 今は大人になって「そういう話し」ってのは、もう数えるほどしかないのですが、小さい頃はあちらの方々、つまり幽霊との出遭いなんてものは、そこそこありました。また、他にも物が勝手に動くとか、変な音を聞くとか、そういう不思議な現象的なものとも出遭ったことがあります。子どもの時代だったからでしょうね。ほら、よくそういう妙なものと出会うのは、その頃が一番多いとかいうじゃないですか。


 これもまた、そのうちの一つなんですがね。


 当時、私は家庭の事情で祖父母のマンションに住んでいました。当時の私は極端にビビリだし怖がりだしで、今よりももっと内向的な子でした。学校じゃ事あるごとにすぐ大声で泣いてましたね。ある種の問題児の一人でした。


 でも、怖いもんは怖いって、しょうがなかったんですよ。だから、色んなところでビクビクとしてました。あぁそうそう、学校でも見ましたよ、幽霊。まぁ、誰に言っても信じちゃくれませんでしたがね。当時、あれほど学校の怪談や妖怪ブームが流行っていたというのに、私の実体験は誰も信じちゃくれない。それもまた別の意味で怖かったですね。彼らはいわばフィクション寄りの学校の怪談や妖怪を信じて怖がりながら、本当の話である私の話は鼻で笑う。今思えば、なんか妙な話です。


 で、その怖いもんは怖いって感覚なんですが。これ、当時の私としてはレーダー的な感覚がありまして。ようは、怖いと感じたら、そこに本当に怖いもんがあるって、勝手に気づいちゃうんですよ。これがいわゆる「霊感がある」って感じなのかはわかりませんが、でも、そういっても良いのかも知れません。


 それがかなり反応したのが、当時住んでいた、祖父母のマンションのエレベーターでした。


 そのマンションは、なんの曰く付きでもありません。普通の物件なんですが、でもやけにエレベーターだけがおかしいんです。エレベーターは中に入ると、外が見えるように窓が二箇所、取り付けられているんですが、私はその窓の外が怖かったんですね。ようは、エレベーターの中から見る外の景色が怖くって。


 当時、私は九階に住んでいたのですが、試しに何回か、階段で九階まで上がって家に帰ったことがあります。一階ずつ上がっていって、しかしその時はなんにも怖くありませんでした。レーダーが全く反応しなかったんですね。


 でもやはりエレベーターに乗ったなら、一気に恐ろしくなる。これは心配性や不安性では説明できない、「あぁこれはヤバい」って感覚です。眼の前に刃物を持った男が襲ってきたら怖いでしょう。だから、リアリティのある恐怖ってのが、全身を襲ってくるんです。


 それが、四階と、六階に顕著でした。


 エレベーターが一階から上がっていって、九階までの間、四階と六階を通り過ぎます。正直、全階にきな臭い空気はありました。しかし、四階と六階は別格です。その箇所だけは、エレベーター内に「外側からべったりと見られている圧」がありました。当時の私はそれが怖過ぎて、エレベーターの中では、ずっと下を向いていました。顔を上げたくありませんでした。「見たらダメだ」と分かっていたんですね。


 何がそんなにもっていうと、気配があるんです。


 どんな気配かと言えば、人のような気配でした。ただ、嫌な気配でした。目を合わせてはいけないタイプのものですね。


 それでもエレベーターを使い続けた理由は、私なりの頑張りです。向き合おうとしてたんですね、そういう恐怖と。成長したかったというか、平気だぞって感じになりたかったっていうか。だから下を俯いて頑張って乗ってました。ですが、最終的にはもう無理、ってなっちゃって。でもその頃には、また家庭の事情で引っ越さなきゃいけなくなってしまって。結局はそのマンションからは離れられたので、安心できたと言いますか。


 ですが、住んでる最中のエレベーターは怖かった。なんであんなにも、エレベーターから見る外の景色が怖かったのか。何も見まいとしていたから、私には害はありませんでしたから、私は無事でした。


 したらある日、このマンションに県外から引っ越してきた子が住み始めたんです。そいつは底抜けに明るいキャラで、すぐに周囲とも打ち解けました。


 それで同じ学校にも通い始めるのも当たり前の話で。ですので当時学校で、同じマンションに住むって話でしたから、何階に住んでるの、って聞いたんですね。そしたら、怖気が走りました。


 四階だけど。


 確かに、四階は端っこのほうに空き部屋が一つありました。そこに彼が住んだんですね。ここからちょっと嫌なことがありまして。


 というのも、友だちになったからこそなんですが。一階のエレベーターホールで一緒になったら、二人してエレベーターに乗り込んで、友だちがボタンを押すんです。四回と、九階と。


 そのまま僕はいつものように俯き、友だちは他愛もないゲームの話とかをしてきて、僕が恐怖しながら、受け答えをしてしました。


 そのまま一階から始まって、二階、三階――――そして、四階。


 四階です。というアナウンスが鳴って、エレベーターの扉が開きます。そこで友だちが「じゃあな」とかで家に帰っていくんですが、あぁ、やっぱりだと思いました。


 じゃあな、って挨拶をした時、思わず顔を上げてしまいそうになったんです。挨拶のときは面と向かってが基本でしたから。癖で、そのまま顔を上げてしまいそうになって。


 そして、既のところで止まることが出来ました。なんでかって言ったら、ちょっと見えちゃったんですよね。


 エレベーターの出口の左端。黒に近い緑色の絵の具を塗りたくったかのような、上履きを履いた子どもの両足が、気をつけって感じで綺麗に揃ってたんですよ。古い銅像のような色と言えばわかりやすいですか。


 しかも、その爪先の向く方向が、そりゃあもう私のほうでして。あぁヤバいと。私は当て勘で、エレベーターの閉まるボタンを手探りに押して、そのまま九階へと上がっていきました。


 そして五階、六階、七階、と上がっていくはずだったんですが。これがもう最悪で。止まるんですよ、六階に。アナウンスが、六階です、って言って。無慈悲に扉を開くんですね。


 そこで誰かが乗ってくるんだったらまだしも。誰も乗ってこないんですよ。ただ扉が開く機械的な音がして、絶対に誰も乗ってこない。でも、私には分かりました。レーダーが最悪に危険値でしたから。


 頑張りました。俯いて、扉が勝手に閉まるのを待ちました。一時的に開きっぱなしですと、エレベーターって自分で閉じるじゃないですか。だから、それを待ったんです。


 えぇ、この時も「閉じるボタンを押せば良い」とも思われるかも知れませんが、動けませんでした。というか、動いちゃダメだったんです。理由は明白ですね。


 さっきの子が、ずっと真正面から見てくるんですよ。

 

 俯いていても分かります。エレベーターの扉が開いて、その出口の真ん前に、その子は突っ立っている。そんな気配がすごい感じられるし、明らかに「こっちを見ろ」って無言で怖がらせてきてましたから。分かってるんでしょうね。人間って、恐怖を感じると、正反対の行動をしちゃう。見ちゃいけないだったら、耐えきれず見ちゃうみたいな。だから私は、それを騙して「あなたなんて見えません」といった感じで、不器用にでもボタンを押すことが出来ませんでした。下手に動けば、確実に「君、やっぱりこっちのこと見えているよね?」と勘付かれるんで。


 基本幽霊って、アクションは起こすんですが、でも最終的には、私達側から何かをさせようと、引っ掛けてくるんですよ。まぁ、幽霊がそのまま直でズカズカとやってくるってのもあるんですが、どっちかっていえば、私達に何かをさせたがってる。それは何でかっていったら、「原因や責任」を追わせたいんですよね。


 その原因や責任が何かって言ったら、要は「幽霊が居る玄関扉を開けたらいけない」話ってご存知だと思います。アレですよ、幽霊が「開けてー」っていって、それに応じて開けてしまうと、幽霊は入り込んでしまう。で、そこから怖いことが起き始めるやつ。知ってると思います。


 では、じゃあ怖いことが起きました、ならその原因や責任って何なんだ、って言ったら、そりゃその声に応じてしまった本人じゃないですか。いわゆる自業自得。「お前のせいだ」って話になるんですよね。


 原因と責任がこっちにある以上、なんというか、そこで約束みたいなもんが交わされまして。幽霊は開き直れたり、お前のせいだって言えてしまえる。これが厄介でして。強固なんです。稀に聞く話ですが、お祓いでも不可能と言われるほど、固い「縁」が結ばれてしまうんですね。


 そしたらもう大変でしょ。それ以降、ずっと付き纏ってきたりするんですから。あの銅像のような幽霊も、その類でしたね。さっきの玄関扉の「中に入れろ」とは違う形で、「こっちを見ろ」。見たらどうなる。簡単ですね、「見たお前が悪い」。


 これが、私が引っ越すまでの数カ月の間で、何度も起きました。


 しつこいですよね。でも幽霊って基本的にコミュニケーションって一方通行というか、もしくは文字通り執念深いというか。自分にとっての「成功」をするまで、何度も何度もアクションをかけてくるんですよ。私は当時、泣き虫でした。幽霊ってそこら辺もちゃんと見ていて、いわば「弱いなこいつ」って思われたら、余計に付きまとってくるんですよ。私なんか、絶好の的でしょうね。


 その後も、そのマンションでは不思議なことが起きてます。例えば、毎回深夜の時間帯に、鈴の音というか、金属が互いに打つかる音がたくさん聞こえてくる。それが廊下を横切るように通り過ぎていくんですが、その時の足音の量が何人分だよってくらいに沢山あって。あと、これは霊感のある友だちの話ですが、このマンションの廊下で「人の片目」が見えたとかもありました。その目が「あの子」のものなのかは定かではありませんが、しかし彼はそれが見えたとしても、その後、特に平穏無事で過ごしております。


 そして、私は先程も言った通り、家庭の事情で祖父母の家を出ました。引っ越し先は同じ学区内なので、直ぐ側です。ようは祖父母と仲が悪くなっちゃったんですね。だから、ある意味運が良かった。もう「あの子」と出会うことはない。縁は結ばれてないですからね、引っ越し先でもエレベーターはありましたが、あのような嫌な気配は、とんとありませんでした。


 とまぁ、終わりがこんな感じになりましたが、以上となります。なんかすいません、こう「その後、マンションの住民がその子と出会って気が触れた」とか、ホラーチックなことがあれば盛り上がったのかも知れませんが、そういった話は、私が知る限りではありませんでした。


 しかし一つ変わったな、と思ったのが、私達が引っ越し後、祖父母もあの家を引き払ったことです。老人にはマンション生活が厳しくなってきて、バリアフリーが必要になってきたんですね。だから祖父母も引っ越しをして、私達家族も見学というか、ちょっとした手伝いなんかもしてました。


 その時、エレベーターに何度か乗ったのですが、不思議な話、気配が真っ白だったんです。真っ白というのは私の感覚で、いわば無害な状態になっていたんですね。


 これには驚きました。あの子は居なくなったのか、隠れてしまったのか知りませんが、レーダーが全然反応がなく。あれが最初で最後でしたね、あのマンションで怖がらずにエレベーターに乗れたのは。


 だからこそ、いえ、というか知りたくもありませんが、ついぞ「あの子は誰だったのか」ということが知り得ぬまま、終わってしまいました。と、いったところで、本当に以上です。長くなってすいません。



 

 

 結局、あの足の子は、誰だったんでしょうね?


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