第8話 Ghost of Aizawa
「さあ、本日開催の第一回レベルアップカップ、記念すべき第一試合が始まります! ミズキ選手のキャラクターはみんな大好きホップくん! 対するソウタ選手のキャラクターは、クールな剣士サザンです!」
マイクに乗せた声が、ゲームショップの一角に響き渡る。
今日の視聴者やプレイヤーはカジュアル層が中心だ。
選手のプレイスタイルや専門的な仕様解説は控えめにして、誰が見ても楽しめる実況を心がけよう。
開幕の合図と共に、試合が動く。
「おっと、試合開始と同時にホップくんがダッシュで突っ込む! しかしサザンは冷静な間合い管理で、攻撃が届く前に剣で牽制! やはり素手で戦うホップくんにとって、リーチの長い剣士は天敵か。いかにして懐に潜り込むか、突破口を見出したいところだ!」
このゲームの近接キャラは、一発のコンボ火力が高い。
触れる回数が少なくても、一度捉えさえすれば大ダメージを与え、ダメージレースを五分に戻せる。
だが、あのホップくんの動きからは、コンボを決められる練度は感じられない。
このままだと、サザンの一方的な展開で終わってしまいそうだ。
もちろん、実況者が特定の選手を応援するのはご法度だ。
後から録画を見返す選手たちが気を悪くしないよう、試合中に「こっちが勝ちそう」なんて口が裂けても言えない。
俺の仕事は、両プレイヤーの良い点を公平に拾い上げ、プレミはマイルドな表現で指摘すること。
ただお世辞を並べるだけでは、選手たちのためにはならないからな。
「サザンの必殺技がクリーンヒット! これでホップくんの残機はラスト1! 崖っぷちに立たされたホップくん、ここから巻き返せるのか!? それともサザンが華麗な剣捌きで、このまま押し切ってしまうのか!?」
「……おにーちゃん」
実況中だというのに、妹の姫美が俺の肩をツンツンとつつきながら小声で話しかけてくる。
とっさにマイクのスイッチを切り、彼女の声が配信に乗らないようにした。
「なんだ? 今、忙しいのがわからないのか?」
「あれ見てよ。お兄ちゃんの学校の制服」
姫美が指差す先——ショップの入口に、その姿はあった。
——
キョロキョロと誰かを探すように、不安げに視線を彷徨わせている。
なんで、こんな場所に……? しかも、よりによってこのタイミングで……?
ありえない。思考がショートする。
「姫美、緊急事態だ。なんとかしてくれ」
「アイアイサー」
俺は慌ててマイクのスイッチを入れ直し、猫背になってノートパソコンの画面で顔を隠した。
そして鼻を摘まみ、バレないように裏声を作る。
「も、もも、申し訳ございませぬ! ただいま機材トラブルにより、わたくしの美声が皆様の耳に届いていなかったようでござる! さあ、試合もいよいよ最終局面! 残機数は並んだものの、ダメージ量ではサザンが有利でござるよ〜!」
——や、やりすぎたか?
周りの小学生たちが、憐れなものを見るような目で俺を一瞥した。
……うん。声色を変えるだけにしよう。
姫美が藍沢に接近していくのを、俺はマイクの陰から窺う。
「あのー、すみません。本日は大会を開催しておりまして、参加者と保護者以外の皆様には、ご遠慮いただいてるんです」
「え、あ、あたしは……」
「さあさあ、お姉さん、出口はこちらですよ」
ナイスだ、姫美! 彼女に腕を引かれ、藍沢が困惑しながらも出口へ向かう。
少し強引だが、これは俺の平穏な学園生活に関わる一大事だ。
この前、俺を酷い目に遭わせたお返しだと思えば、これくらい安いものだろう。
「で、でも、少しだけ見学していくのはダメですか?」
「え、いやー、それはちょっと困っちゃう、かなー」
「困っちゃう?」
「そ、そう! あの、なんというか……ほら、最近物騒じゃないですか。もしも、その、小児……愛? とかの変な人が紛れ込んでたら親御さんも心配するかなって! だからご協力お願いします! さようなら!」
「怪しすぎる……。 ていうか、あなた誰? ここの店員さんじゃないでしょ、年齢的に」
まずい。雲行きが怪しくなってきたぞ……。
「どうしたの、姫美ちゃん? お客さんと何かあった?」
最悪のタイミングで、店長の人の良さそうな声が割って入った。
正当な理由なく追い返そうとしていることがバレたら、万事休すだ。
「あの、この子が、今日は大会だから帰ってくださいって……」
藍沢が助けを求めるように店長に言う。
「あらあら、勘違いしちゃったのね、姫美ちゃん。大丈夫ですよ、今日もお店は誰でも大歓迎です。何かお探しでしたら、レジの方からお声がけくださいね」
終わった。
俺の人生が、今、終わった。
この一件が学校中に知れ渡り、俺は変人扱いされて晒し者にされる。
どこへ行ってもクスクスと笑われ、一生モノのトラウマを背負い、受験に失敗し、就職もできず、子供部屋に引きこもったまま、異世界転生だけを夢見る五十代になるのだ。
「えーと、じゃ、じゃあ……よかったらこっちの席なんてどうかな? プロジェクターの試合がよく見えるよ!」
姫美! その機転、まさに神の一手!
彼女が勧めた席は、観戦にはベストポジションだが、死角になっていてこちら実況席からは見えないし、あちらからも俺の姿は見えない。
「おっと、ここでホップくんがサザンの猛追をかわし、ステージへ復帰! ダメージはほぼ互角! どちらが勝ってもおかしくない、白熱の展開です!」
——俺の敗北は、もう確定しているが。
俺を撃墜しに来た張本人である藍沢は、意外にも食い入るように対戦画面を見つめている。
ただ派手な戦闘を面白がっているだけか、それともこの『スパクラ』というゲームにある程度の知識があるのか。
だとしたら、少し意外だ。スパクラ好きの弟でもいるのだろうか。
「ホップくん、ガードが硬い! サザンの攻撃が通りません!」
この状況、セオリー通りならサザン側が「掴み」を通せば終わる。だが、サザン使いのソウタくんは掴みを使ってこない。
それに気づいたホップくん側は、強気にガードを固めながら間合いを詰めていく。
「お兄ちゃん、あの人、こっちに歩いてくる! 早く隠れて!」
姫美が切羽詰まった声で耳打ちしてくる。
早くって言われても……。
俺だって今すぐこの場から消え去りたい。
だが、試合が最高に盛り上がっているこの場面で、実況を投げ出すわけには——。
「藍沢、こんなところで何してんだ?」
不意にかけられた声に、藍沢が驚いて振り返る。
その肩に、ポンと手が置かれていた。
見覚えのある金髪。あの日、レストランにも現れた同級生だ。
藍沢一人ならまだ誤魔化せたかもしれない。
だが、クラスの陽キャグループに属するあいつにまで正体がバレたら、俺の人生は本当の一巻の終わりだ。
「うぇ…… あ、いや、ついでに弟のゲームを買ってこって立ち寄ったら、大会が面白そうでつい……」
「ふーん? で、ゲームは買ったのかよ。みんな待ってんだけど」
「う、うん。もう買ったから! 行こ!」
二人はくるりと踵を返し、あっさりと店を去っていった。
嵐のような緊張と、静寂。
……た、助かった……のか?
「決まったぁ! ここでサザンの必殺技が、ホップくんのガードを粉砕! ガードの多用で耐久値が減っていたところを、見事に突いた!」
ガードブレイクされて行動不能になったホップくんに、最大コンボが叩き込まれる。
勝負ありだ。
「おめでとうございます! ソウタ選手は二回戦へ進出です」
ソウタくんは席から飛び上がってガッツポーズし、ミズキちゃんと健闘を称え合う握手を交わす。
そして、自分の父親らしき人物へ満面の笑みで駆け寄っていった。
微笑ましい光景だ。
しかし——、
藍沢はいつの間にゲームを買ったんだ?
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