第2話 がんばれお兄ちゃん

「実はね、コトノン……琴乃ことのちゃんの小学生の弟もモンモンを遊んでるんだけど、その子が大切にしてたモンモンをガキ大将に取られちゃったんだよね。しかも無理やりモンモンを賭けた勝負をさせられてさ。本当に酷い話だよね」


 小学生らしいトラブルだな。

 俺にも似たような経験がある。

 もっとも俺の場合は、圧倒的プレイングで熊田くんを粉砕したので、何も取られずに済んだが。

 モンモンはターン制。考える時間がある分、リスク管理が得意な俺と相性がいいゲームなのだ。


「で、その大切なモンモンの代わりを俺に育ててもらってるってわけか?」

「違う、違う。あれは大切な思い出のモンモンだから、どうしても取り返したいんだ。だから今度は琴乃ちゃんが、そのガキ大将とモンモンを賭けた勝負することになったの」

「なるほど。モンモン勝負で取られたんだから、モンモン勝負で取り返すのが筋ってわけか。そのガキ大将は強いのか?」

「リプレイを見せてもらったんだけど、まあまあって感じかな。基礎は理解しているけど、選択肢が安直すぎて上には勝てなさそうな感じ。でも、問題はそっちじゃなくて……」


 姫美が琴乃ちゃんに視線を送る。

 琴乃ちゃんは申し訳なさそうにうつむいた。


「わたし、モンモンを集めたり育てたりするのは、大好きなんですけど、対人戦のバトルはやったことがないんです」


 なるほど。いわゆるストーリー勢か。

 実に健全な楽しみ方だ。モンモンは面白いけど、現実も大事だからね。

 ……現実を蔑ろにすると俺みたいになるから気をつけてね。


「つまり初心者の琴乃ちゃんが使っても勝てるような構築を作る必要があるってわけだな」

「そうそう。だから、やることがわかりやすい先発用のサメカイゾクから育てよってことになったの」


 悪くない考えだ。俺ほどじゃないが、姫美もそれなりに理解わかっている。


「だが、待て。構築の全体像はちゃんと考えてあるのか?」

「いや、まだだけど」

「人に育成を頼むより、そっちが先だろ。後からプランを変更したら、俺の努力が水の泡じゃないか」

「いや、別にミーは一秒も無駄にならないけど」

「俺の時間にも価値はあるんだよ!!!」


 ……どうやら俺が手伝わされるのは、モンモンの育成だけじゃなさそうだ。


「育成とか構築とか以前に、まずは相手のプレイスタイルの研究が先だろ。それがわかれば、何を対策して、何を切っていいかが判明する。格段にパーティを組みやすくなるぞ」

「それもそうだね。コトノン、例のリプレイを見せてあげて」

「はい」


 琴乃ちゃんはゲーム内のリプレイ機能を開き、例の試合を再生する。


「ほーん。なるほどね」


 大体、想像してた通りだ。

 初めて遊んだモンモンをクリアしたばかりの小学生、ってとこか。

 弱点やスキルの効果は理解しているので、それっぽい行動は選べる。

 だが読み合いも、自分の勝ち筋を通す意志もゼロ。

 初心者らしくて微笑ましい。


「おい、しれっと伝説モンモンを使ってるぞ。こっちも使っていいのか?」

「あれは相棒だから特別扱いだって。でも、伝説モンモンはずるいから、他の人が使ったら無効試合らしいよ」


 ガキ大将の名に恥じぬ言い分。

 むしろ、すがすがしいぐらいだ。


「補助スキルは全然使ってないな」

「確かに。ずっと攻撃スキルばっかだね」


 小学生にありがちな過ちだ。

 直接ダメージを与えることができない補助スキルを過小評価している。

 補助スキルで盤面を整えることこそが、モンモンで勝つための秘訣なんだがな。


「つまり、そこの対策をする必要はないってことだ。とりあえず硬いモンモンで構築を固めて、サイクルを回し続ければ、相手が勝手に息切れしてくれる」

「そっか。補助スキルがないってことは、積めないってことだから、受けモンモンを突破できないね。お兄ちゃん、天才! その方針で行こう!」

? ? ?」


 横を見ると、琴乃ちゃんが「?」を頭に浮かべていた。

 ……ああそうだった、初心者だったな。


「受けモンモンは『防御』や『知識』が高いモンモンのことだ。

 例えば『防御』が高いモンモンは、『攻撃』が高いモンモンの攻撃スキルを受けても大したダメージを受けない。だから『攻撃』が高いモンモンには『防御』が高いモンモンを繰り出せばいい。そうすると相手は『魔法』が高いモンモンに入れ替えてくるから、今度は『知識』が高いモンモンを繰り出す。それを繰り返すのがサイクルってわけだ。

 そして、そのサイクルをぶっ壊すのが積み技。『攻撃』や『魔法』を増やす補助スキルのことだ。流石に『攻撃』が二倍になったら、『防御』が高いだけじゃ受けられないからな。

 これがモンモン勝負の基本だ」


「なるほど。よくわかりました」


 飲み込みが早くて助かる。

 性格だけじゃなく頭まで良いとか、本当に天使だな。


 もちろん補助スキルには他にも種類があるし、ステータスだけでなく、属性の有利不利も絡んでくる。

 だが「目の前の敵を倒す」から一歩進んで、「どうサイクルを壊すか、どう壊されないか」まで考えられるようになったら、初心者卒業だ。


「まずは俺が構築の草案を作ってやるから、明日は必要なモンモンを育成する手伝いを頼む。姫美、今日のところは琴乃ちゃんと模擬対戦でもして、モンモン勝負に慣れさせてくれ。俺はこれからちょっと用事があるから、リビングで遊んでてくれないか?」

「えー、お兄ちゃんに用事?」

「その用事が終わったら、ついでにお前の晩飯も作るんだから、俺が予定のない暇人みたいな言い方はやめろ」

「はいはい、わかりまーした。ミーは寛大だから、そういうことにしてあげる。行こ、コトノン──おーっと、手が滑った!」


 わざとらしい声とともに、姫美が俺をベッドに突き飛ばした。


「あっ、ごめん。コトノンは先に行ってていいよ。二人分のジュース冷蔵庫から出しといて」

「は、はい。お兄さんの分は……」

「そんなものはいらない!」


 姫美の奇行に戸惑いながらも、琴乃ちゃんはそそくさと部屋を出ていった。


「ちょっと、お兄ちゃん! 何そのズボン! 女子がいるのに信じらんない!」


 ああ。そういうことか。

 琴乃ちゃんに見られないよう突き飛ばしたんだな。


「お、おう……。すまん」


 思わず謝ったが——冷静に考えれば、そもそもこいつらが俺の部屋に押しかけなければ問題なかったのでは?

 ……まあ、理不尽の塊を相手に反論する気力はないが。


「まったく……。せっかく社長令嬢、容姿端麗、成績優秀な上玉を連れてきたのに! お兄ちゃんがかっこよくモンモン語れる場を用意したのに! あとちょっとで全部台無しだったじゃん!」

「お前、自分の友達を上玉呼ばわりはダメだろ。もっと敬意ってものをだな……」

「お兄ちゃん、忘れたの? ミーの目的?」

「忘れるわけないだろ。俺に将来有望な結婚相手を見つけて、その裕福な家庭に滑り込んで、一生家でゲームする脛齧りのニートになることだろ?」

「違う。ニートじゃなくて、大人気ゲーム実況者」

「……大人気実況者なら、自分で食っていけるだろ」

「でもさ、人気出るまで時間かかるかもじゃん。その間を凌ぐ手段は確保しておかなきゃ」


 無茶苦茶だ。

 俺にも、将来の嫁さんにも、こいつを養う義務は一切ない。


 ——いや、でもこいつの紹介って形なら、多少はあるのか?


 ダメだ。真面目に考えたら頭がおかしくなる。時間の無駄だ。


「で、琴乃ちゃんが、その嫁さん候補ってことか? お前、そんなふざけたことやってると友達失うぞ」

「友達が一人もいないお兄ちゃんに言われても、説得力ナッシングでーす」


 ……ぐうの音も出ない。


「まあ、お前の目的はともかく、琴乃ちゃんも困ってるみたいだし、今回は付き合ってやるよ。だが余計なことはするなよ? 俺、もう女と仲良くするのは懲り懲りなんだ」

「デート、失敗したんでしょ。クフフッ」

「……なんで知ってるんだよ?」

「だって、成功してたらもっと遅く帰ってくるもん。お兄ちゃんは女の子のことなんて全然わかってないんだから、黙ってミーの言う通りにしてればいいんだよ。じゃねー」


 言いたい放題、やりたい放題。

 俺のはらわたを煮えくり返して、すたこらさっさと出ていく妹。


 ……あいつにデートのことなんて話してないはずなんだが。

 どこかで俺がうっかり漏らしたんだろうな。迂闊だった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る