原始人の鼓動

れいとうきりみ

EP1.終末世界なんてフィクションだと思ってた。

 終末世界なんてフィクションだと思ってた。ビルが崩壊し、地面には瓦礫が散乱し、折れて光を失った信号機が行く手を拒む。空は黒く濁っていて、でも息絶えてぐにゃりと転がっている死体は見当たらない。

 怖い、と思った。そんなどこかの誰かの娯楽の時間を潰すために作られた世界が、今、自分の目の前に広がっているのだ。

 僕は体にかかっている瓦礫をはらい、ゆっくりと起き上がる。足場は不安定で傾いていて、転びそうになる。

 さて、恐怖に次に出てきた感情は絶望だった。自分が今まで過ごしていた変わらぬ日々が、何かによって悲惨な姿に変わり果ててしまった。大きくそびえたっていたビルは、息の根を止めてうなだれている。あんなに人でにぎわっていた大通りも、今やその面影もない。

 直感で、「世界が終わったんだ」そう考えた。じゃなければこの惨状に説明をつけられない。そういうことにして考えるのをやめた。

 ふらふらとただ歩く。相変わらず空は曇っている。今度は喪失感を感じ始めたところで、急に雨が降り出した。

 僕は雨宿りをしようと近くのビルに駆けこんだ。が、残念ながら屋根は既に崩壊していて、雨はしのげなかった。早く屋根のある所を見つけなくては、風邪をひいてしまう。この世界で風邪をひいたら、それこそ人生の終わりだ。僕は走った。どこでもいいから、とりあえず水にぬれないところを探そう。

 「!?」

針を刺したような痛みが、僕の足を襲った。僕はどうやら転んでしまったらしい。そして、僕の足には錆びた釘が刺さっていた。太もものあたりだ。あまりの痛さに気絶しそうになったが、貫通はしないほど釘は短く、また細かったため、何とか耐えることができた。体を伝う雨が赤くにじんでいく。今度は応急処置ができるところを探さなければならない。

 すると不幸中の幸い、雨をしのげそうな洞穴を見つけた。僕は這って進み、そして壁にもたれかかった。釘はむやみに抜いてはいけなかった気がする。錆びた釘はやがて破傷風を発症する原因になるとも聞いたことが…。次々出てくる恐ろしい想像を押し殺して、僕は血の出ている箇所を止血した。それからどれだけ時間がたっただろうか。雨は止まないが、血は止まってきた。釘も抜けて、近くに転がっていた。痛みはひかないが、冷静な判断ができるほど脳に余裕ができた。


 ―ここはどこだ?


そもそも僕は都会に住んではいないはずだ。もっと辺鄙な住宅街の、日差しが入って、暖かくて、自分より背丈の高い二人と一緒に暮らしていて…。

 あれ?僕は誰だ?名前が出てこない。世界が崩壊する前の温かい記憶にはモザイクがかかってうまく思い出せない。なぜ僕はここにいるのか。どうして思い出せないのか?

 なんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんで


「よォ、新入りか?」

男性の声がする。突然の人の声と怖そうな風貌に怖気づく。

 「お前、もしかして釘が刺さったのか?」

僕はゆっくりとうなづく。

 「手当してやる。中はいれよ」

男はそういうと洞穴を前かがみで奥まで進んで、床をいじる。

 鉄がぶつかり合うような鈍い音が響いたかと思うと、僕の方まで戻り、僕をずって中へ入る。床についているドアの先には階段が続いていて、僕を背負って下まで降りる。男が明かりをつけると、少し散らばった机の上や敷かれたカーペット、本棚に謎の大きい白い箱まで、なにか妙に既視感のある空間に安堵した。情報量の多い一日だ。もう眠ってしまいたい。

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