オレオレ
まっちゃん
第1話 オレオレ
俺は俺に向かって「やぁ」と言った。
俺は訳が解らなかった。目の前にいるのは紛れもなく俺だ。鏡で見たことのある俺だ。声まで俺だ。少し伸びて来た髪型、横顔には今朝カミソリ負けで作った小さな創がある。三桁に届きそうなメタボな腹、しわくちゃなワイシャツ、かなりくたびれてそろそろ買い換えようと思っていた靴。だが、目の前にあるのは立体の俺だ。ややこしくなるので以降、目の前の俺を俺と表記することにする。
俺は俺に「交代の時間だよ」とも言った。
俺は俺がいる事が怖くなった。俺自身?いやそんなはずはない。夢か、幻覚か。ただの悪ふざけではここまで真似できないはずだ。何かの本でドッペルゲンガーというのを読んだ事があるが、それなのか?
「何だ。どういうことだ。」
「そうだな…」
と俺は俺の髪の毛を数本引っこ抜いて俺に見せた。
「これはさっきまで俺だったはずだ。だが今はただの髪の毛だ。一体、どこまでが俺でどこからが俺でないのだろう?」
俺は続ける。
「人間の細胞は死と生を繰り返す。一日で身体の数パーセントの細胞が入れ替わる。だとすると、俺の本質的な所はどこだ?」
この理屈っぽさ。間違いなく俺は俺だ。
「いやいや、神経細胞や心筋細胞のように発生・成長の初期に増殖したあとは一生の間分裂しない"固定性の分裂終了細胞"がある(*)はずだ。"数年で身体の全細胞が入れ替わる"というのは俗説に過ぎない。」
俺も俺らしく俺に反論した。
「さすがは俺だ。だが、俺は使者なんだ。」
「は?」
「安心しろ。小さい時にカミソリで左足中指をザックリ切り、今でも肉が盛り上がっていることも・中学生の時に右腕を複雑骨折したことも・明日の仕事の内容も・来月、父親の目の手術が控えていることも・全部俺が知っている。まもなく俺は使者であることを忘れ、俺になる。」
「え? え? え?」
「さぁ、交代の時間だ。」
---
(2025.08.21 了)
三題噺「使者」「横顔」「真似」
(*)https://www.mnc.toho-u.ac.jp/v-lab/aging/doc1/doc1-021.html
オレオレ まっちゃん @macchan271828
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
関連小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます