澄空

@hitomagai

瞬間

瞬きをした。





眼前には普遍的な教室の風景が広がっていた。私は机に座っていて、前には机と椅子がこちら側を向いて、いた。その先にはいくつか机が見えて、奥に黒板の深緑がくっきり映し出されている。文字は、、、書かれているのだろうか?書かれてあってほしいような、なくてほしいような。


なんだろう、少し違和感を感じる。心がきしむようだ。



周りを見渡すと、なるほど、どうやら外は昼のようだ。空の青さが雲を浮かしている。底が見えないのは海と同じだが、全く違う心持ちを憶える。端的に言えば、すっきりとしている。澄んでいる。手前に焦点が当たると、窓から吹く風をカーテンがはらんでいる様子が見てとれた。しかしあたりは静かだ。凪いでいる。やはり違和感を感じる。



眼の前のことを整理し終わって考え始めたのは何が何なのか、ということだ。私は、、、思い出せない。というかここはどこの学校の教室で、私はなぜここにいるのだろう。なにかとてつもない懐かしさを感じて苦しくなる、しかしそれは今来るべきものではないということは感じている。



立つ、ということを思いついた。立ってみようとしたが思いっきり机の底にぶつかって机を倒した。立て直すと、なんだか悲しい感じがした。


体を動かすことをなぜかすぐには思いつかなかったが、自分の体を動かしているという感覚になにか不思議なものを感じた。教室の中を歩いてみる。ただの教室だ。



しばらく歩き回って席に戻った―廊下に出なかったのは、なぜかはわからないが身の毛がよだつような感じがしたからだ―あと、私はブランコ椅子をしてうなだれてみた。自分の椅子を後ろの机に支えてもらいながら不安定な状態を継続してみる。後頭部を後ろの机の乗っけた。すると教室の天井についている蛍光灯が光を発していないことに気がついた。違和感が増幅していくのが感じられた。








あれから随分と時間が経ったが、思考を巡らせるだけで何も解決していない状態が続いた。この教室が監獄のようにも感じられてきた。しかしここに居たいような気もする。いや、ここ以外の場所に居たくないだけなのかもしれない。



カーテンが大きく波打っている。いつの間にか風が強くなっていた。空も薄い灰色がかっている。と思うと、さざ波が押し寄せるように、音がすこしずつ大きくなって聞こえてきた。横目に窓を見ると、サーと、静かに、外に白い線が現れている。雨だ。でも不思議と暗い感じはしない。怖いけど、外のことに対しては青空が広がっていたときと同じ感想を持つ。澄んでいる。しかしそれは情景にではなく、音に対してのものだ。



なにかがほどける感じがした。欠けているなにかに気がついた。



誰かがいた。いつも後ろを振り向いて僕に話しかけてきていた。きれいなひとだった。目はぱっちりとしていて、でも目元に薄っすらとくまがあった。鼻筋が通っている。輪郭はやわらかな、縦に少し伸びた楕円を描いていて、いつも楽しそうに笑っていた。表情の変化も多彩で、何を思っているかが顔に出ていて可愛らしかった。話の内容は他愛もないことばかりで、僕は彼女の話に耳を傾け、相槌をするだけで幸せだった。時には自分から話しかけた、がその話がいまいちだったときの彼女の反応や態度があからさまで面白かった。



さっき感じていた違和感はすべて、、、。黒板が前にあって眼の前の机と椅子だけがこっちを向いているのはよく考えるとおかしい。でもそう感じたのは、彼女がいつも僕の方を向いて話しかけてくれていたからだ。風をはらむカーテンの音も聞こえずあたりが凪いでいたのは、彼女と話しているときは彼女の声以外何も聞こえなかったからだ。蛍光灯がついていない事に全く気づかなかったのは、彼女が私にとって太陽のような存在だったからだ。


雨の音が私の耳に届いたのは、雨が降っているときは、ふたりとも口を閉じて、雨粒同士がぶつかり、地面に当たる音を一緒に聞いていたからだ。




きっと僕は、ずっとここで彼女を待っている。その瞬間だけが繰り返されているだけの僕だ。僕は彼女に会って、顔を見て、話して、雨音を一緒に聞くことはできない。


ただ待ち続ける。澄んだ心で、いつの間にか深い水色にもどった空を見ている。

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