どんな人でも満足する図書館
maricaみかん
第1話
その図書館には、奇妙なうわさがあった。
「どんな読者でも満足できる図書館だってー。どんなところなんだろうね? 裕介も気になるでしょ」
「大げさな広告だろ? でも、ボロが出るのを見るのも面白いかもな。な、涼太」
制服を着た男子ふたりが、会話をしながら歩いている。涼太と呼ばれた方は両手でカバンの取っ手を持ち、裕介は肩に背負いながら。涼太は軽く冷たい目をして、裕介は涼太の額を小突いた。ふたりは高校の同級生で、帰り道のさなかだった。
「まあ、一度くらいは行ってみてもいいよね。図書館だし、観光だと思えば安いかも」
「どうせつまんねーと思うけどな。でも、次からは行かねえだけでいいからな」
そう言って、裕介は肩をすくめながら笑う。涼太も笑みを返し、図書館への道を進み続ける。
そのまま歩いた先には、目的の図書館がある。スーパーよりは狭いが、コンビニよりは明確に広いと言える建物。ふたりは入口に歩いていき、自動でドアが開いた。
「とりあえず、俺は適当に見て回っておくから」
「ちょっと、裕介! もう、自分から誘っておいて!」
裕介はまっすぐに建物の奥へと進んでいく。涼太はため息をついて、ゆっくりと歩き出す。
ドアのすぐそばから本棚が広がっており、建物一面が埋め尽くされている。真っ白な空間に、どこか無機質さもある。来場者が本を読んでいる姿だけが、人を感じさせた。
先に進んだ裕介は足早に動いて、表紙をざっと見回していた。退屈そうに、目を細めながら。
「テスト期間だし、とりあえず少しくらいは勉強しておくか」
「数Ⅱでしたら、右手に進んで3番目の本棚にございます」
スピーカーから、案内の音声が完璧な抑揚で届く。それに合わせて、裕介は真っ白な照明で照らされた空間を歩く。目的地で、すぐに探していた本を見つける。そして、プラスチックのような感触の本をパラパラと流し読みしていった。
しばらく読み進め、頷きながら裕介は次の本を探す。案内もあってすぐに見つかり、今度は世界史についての本をながめる。あくびまじりに、すぐにページを進めていた。
同様の作業を何度か繰り返し、裕介は伸びをする。そこで横を向くと、”才能の価値”という表題の本が目に入った。すぐに本棚から引き抜き、目を通していく。先程までとは違い、しっかりと。
そこに書かれていたのは、要約すると才能こそすべてという思想。無駄な努力をせずとも、愚かに時間をかけずとも、才能さえあればすべてが解決する。そんな内容だった。
「これだ、これ……。やっぱり、才能だよな。次のテストは、3位にならなくて済むはずだ」
裕介は何度も頷きながら読んでいる。その笑みには、自分の才能への期待がにじみ出ていた。
じっくりと読み終えた裕介は、その本を抱えて歩き回る。あちこちを見回しながら、本棚から本棚へと動いていく。
「涼太のやつ、どこに居るんだ……?」
「ふたつ先の通路を、左側です」
案内の音声に従って、裕介は涼太の元へと進んでいく。そしてたどり着くと、すぐに駆け寄っていった。本を読んでいた涼太は、すぐに顔を上げてしかめた。
「裕介……。図書館で走らないでよ……」
「そんなことより、涼太! これ、読めよ!」
「ああ、大声まで……。もう、仕方ないなあ。読んであげるから、静かにしててね」
ため息をついて、涼太は本を読んでいく。ただ無言で読み進めていき、しばらく。読み終えた涼太は、顔を上げた。
「どうだ? 良かっただろ?」
「そうだね。効率の良い努力がどういうものか、よく分かった気がする」
「はあ? あの本を読んで、どうしてそんな感想になるんだよ?」
不快感をあらわに、裕介は眉をひそめながら話す。対する涼太は、首を傾げながら返す。
「どうしても何も、努力の方法が書かれていたじゃないか。ただ時間をかけずに、的確に工夫するやり方が」
「そんな訳あるかよ! もう一回貸してみろ!」
ひったくるように裕介は本を手に取り、また読んでいく。そしてとあるページを開き、指差しながら涼太に突き出す。自分の意見を、押し通そうとするかのように。
「ほら! 生まれ持った才能がすべてを決めるって書かれてるだろ?」
「僕には、的確な努力が大事だって書かれているように見えるけど」
「はあ? ふざけているなら、面白くねえぞ?」
裕介の言葉に、涼太は下を見てしばらく考え込む。それを見て、裕介は舌打ちをしていた。そして涼太は顔を上げ、裕介に提案した。
「なら、一緒にながめてみようよ。こうやってページを開いて、同時にさ」
「まったく、彼女か何かかよ。それで納得するのなら、まあ良いけどな」
そしてふたりが本に目を通す。裕介は右のページから流し見をして、涼太は左のページをしっかりと読んでいく。そして裕介が追いついた時、違和感に気づく。
先程まで読んでいた内容と違い、努力の方法について書かれている。目を見開きながら、裕介は声を出した。
「は、はあ? さっきまで、おんなじ内容だっただろうが! どういうことだ!?」
裕介が本を奪い取っていくと、再びページには才能の価値についての記述が記されていた。その光景を見た涼太は、しばらく右のページをじっと見る。そこは、努力の内容についての記述に書き換えられていった。
涼太は、何かに気づいたように目を見開く。本のページを軽くなでて、指先にプラスチックのような感触がすることを確かめてから、強く頷く。
「これってつまり……」
そうこぼして、震えながら足早に図書館の出口に向けて歩きだした。
「お、おい! どうしたんだよ!」
そう言いながら裕介は涼太に手を伸ばすが、涼太は立ち止まらない。裕介は舌打ちをして、また読書に戻っていった。
「どうぞ、またご利用ください。我々は、再訪を強く歓迎いたします」
そんな案内の音声が、涼太の耳に届いた。即座に涼太は足を早めて去っていった。
裕介は、ただ本を読み続ける。天才は時に伸び悩むこともある。1位を取れない瞬間も、伸びるためのステップ。そんな記述を見ながら。自分が1位でない事実から、目をそらすかのように。
それからも裕介は図書館に通い続けた。涼太は図書館に関する話題すら避けていた。
次のテストでは、裕介は学年5位。涼太は平均より少し上程度。その結果を見た裕介は、また図書館へと通う。そして、才能の価値についての本を読み進めていく。
「5位に落ちたのは、運が悪かったからだよ……」
そう言いながら、本にのめり込んでいく。前回の3位から下がった事実から、逃げるかのように。そのページには、天才にも時に不運が訪れると書かれていた。
裕介はただ、本にのめり込み続ける。自分の頭の中を的確に言語化したような本に。毎日学校から帰ってすぐ、図書館に通っていた。そして本を読み、満足したら家でゲームをする。そんな生活を送る日々となっていく。
学校では、涼太が裕介に声をかけることもあった。
「あの図書館、やめた方が良いよ。だってあそこの本は……」
「うるさい。俺がどうしようと、俺の勝手だろ!」
はねのけるように言って、裕介は涼太から遠ざかる。涼太は一度手を伸ばして追いかけようとするが、裕介に睨まれて立ち止まる。そして涼太は、額に指先を当ててこぼした。
「これは重症だね……。やっぱり、そうなるか……」
涼太は真実を察していた。少なくとも、読者にとって都合の良い情報が書かれた本が置かれた図書館であると。読みたい内容の本がちょうどあって、ページの内容が切り替わるのだから。
だからこそ図書館から遠ざかり、涼太はコツコツと努力を重ねていく。解ける問題ではなく、解けない問題に取り掛かる。睡眠はしっかり取って、全力で勉強に集中する。
そんな努力の甲斐あって、ゆっくりではあるが確実に成長し、かつての裕介と同じ順位である3位までたどり着く。
ただ、そこで伸び悩みに頭を抱える。だが、それでも決して図書館の扉を開くことはなかった。
対する裕介は、図書館の本を読み続ける。天才とは、周囲に理解されないもの。そう書かれたページを読みながら、裕介はただ頷いていた。
「俺は、本物の天才なんだ……。3位どまりの凡人じゃねえ……」
自分の感情を肯定してくれる本があるという事実に、どういう意味が込められているのかも分からないまま。
裕介は察していない。来訪者の脳を読み取って、読者の望む内容を、薄いモニターで作られたページに映すだけの図書館でしかないことを。その快楽によって、利用者を増やす施設であることを。
テスト前ですら図書館に通う裕介は、段々と成績を落としていく。5位から8位、そして10位、最終的には平均点すら下回っていく。
「ここからだって、やれる……。俺は逃げたわけじゃねえ……」
裕介は一度だけ本から目を離し、うつむく。だが、再び本に戻っていく。裕介の目線の先には、天才とは大逆転するものという記述があった。
ただ図書館に通い続ける裕介。声をかけていた涼太も離れ、担任には授業態度を責められ、親には成績について問い詰められる。それが余計に、裕介を図書館にのめり込ませていく。だんだんと、裕介の味方は図書館だけになっていった。
どんな人でも満足する図書館 maricaみかん @marica284
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