人生のリターン~カッちゃんの二重生活~

@telepas

第1話

仙台の郊外、庭付きの平屋に一人で住む男、勝野琢郎、40歳。


彼のYouTubeチャンネル「トンカツチャンネル」は、登録者数1万人を超えるそこそこ人気のコンテンツだ。

動画の内容は雑多で、得意のレシピを披露したり、即興で滑稽な一人芝居を演じたり、時には「人間の根本の辛さはインナーチャイルドが原因」などと薄っぺらい人生論やスピリチュアルを熱弁したり。


コメント欄はいつも「カッちゃん、今日もマヌケすぎ!」「このハゲ、憎めねえな」と賑わっている。


この日の動画は「うまい棒を使ってトンカツ作ってみた!」。

琢郎はボロボロのエプロンを着け、カメラに向かってニヤリと笑う。


「こんにちはっトンカツです。 今日は、俺の魂のトンカツを伝授するぜ!」


彼はガサツな手つきで、豚肉を叩き、衣をつけ、油で揚げる。

視聴者からは


「カッちゃんの料理、雑過ぎない?」

「散らかってるし絶対片付けしてないだろw」


とコメントが飛び交う。

琢郎は動画を撮り終えると、カメラを切り、できたてのトンカツを頬張る。

庭の草木が風に揺れる音を聞きながら、彼は満足げに目を細める。


「ふぅ、今日も完璧だな」


そう呟き、アイスコーヒーを啜りながらスマホでコメントをチェック。

すると、いつものように


「カッちゃんの目、時々マジでヤバいよね」

「いや、ただの演技だろw」


とファンの論争が始まっている。

琢郎はニヤニヤしながら「バカ共が」と呟き、画面を閉じる。



夜が更けた頃、琢郎は庭の物置に足を運ぶ。


物置の奥に入り込んだ先には誰も知らない秘密の地下室への入り口がある。

そこには、彼の「コレクション」が並んでいた。


ガラス瓶に詰められた液体、丁寧にラベルが貼られたそれらは、彼の狂気を象徴していた。


琢郎は瓶を手に取り、目を輝かせる。


「お前ら、本当にいい色してるな」


そう呟き、満足げに棚に戻す。


琢郎の裏の顔は、快楽殺人鬼だ。

彼の手にかかった者はこれまで7人。

彼のターゲットはランダムで、ただ「その瞬間」に彼の欲を掻き立てた者だけが選ばれる。


だが、琢郎の抜けている性格はここでも顔を出す。

ある時は、ターゲットの靴を間違えて自分の家に持ち帰り、慌てて処分したこともあった。

「ったく、俺もマヌケだな」と笑いながら、彼は次の計画を練る。



ある日、琢郎は動画のコメント欄で気になる書き込みを見つける。


「カッちゃんの『血の味がする』って発言、ガチでゾッとしたんだけど」

「いやいや、あれ絶対ネタだろw」


と、いつもの論争が過熱している。

琢郎は「あちゃー」と頭をかく。

確かに、先週の動画でカツ丼のソースを舐めながら「血の味がするぜ!」と冗談めかして言ってしまった。


あれはただのアドリブだったが、ファンの一部が妙に食いついている。



その夜、琢郎はいつものようにポルノサイトを漁る。



画面に映る「人間の体液」に目を奪われ、彼の呼吸が荒くなる。


琢郎は、人間の体液に強い執着を持つフェティシストであった。


「これだよ、これ」と鼻息荒く呟きながら、彼は自分の欲望に溺れる。

だが、ふと我に返り、鏡に映る自分を見つめる。

そこには、どこか間抜けで、狂気じみた男がいた。

「お前、ほんとバカだな」と自分に笑いかけ、使用済みティッシュを散らかしたまま琢郎はベッドに倒れ込む。


翌朝、琢郎はまた「トンカツチャンネル」の撮影を始める。


今回は即興芝居で、「殺人鬼の独白」をテーマにしたコントだ。


「ボクは完璧な犯罪者なのです! 誰も俺の正体を知らない!ハウハウ~!!」と大仰に叫び、カメラに向かってウインク。

コメント欄は


「カッちゃん、ガチでサイコパスっぽいw」

「いや、マヌケすぎて無理w」と大盛り上がり。


だが、琢郎の心の奥では、常に綱渡りが続いている。

表の顔と裏の顔、その境界はあまりにも脆い。

ある日、近所のスーパーで買い物をしていると、若い女性が彼に声をかけてきた。


「カッちゃん、ですよね? いつも見てます!」


彼女の笑顔に、琢郎は一瞬、別の欲望が頭をよぎる。

だが、すぐに


「ありがとうございますっ!よかったら一緒にトンカツ食べます?」


と笑い返す。



琢郎の生活は、こうして続いていく。


昼間は「トンカツチャンネル」のマヌケなYouTuberとして愛され、夜は誰も知らない闇に身を沈める。


彼の動画はますます人気を集め、コメント欄の「サイコパス論争」はもはや名物と化していた。

琢郎はそれすら楽しんでいるように見える。

「ま、誰も本当の俺には気付かねえよ」と呟き、彼は今日もトンカツを揚げる。


だが、どこかで小さなミスが積み重なっている。


地下室の鍵を閉め忘れた日、動画で不用意に映った背景、コメント欄で鋭い指摘をする視聴者。琢郎の完璧な犯罪は、いつまで保つのだろうか?


彼自身、それを考えることすらやめ、ただ二つの顔を生き続ける。


「こんにちはっトンカツです。 あなたのインナーチャイルド、今日も元気?」

彼の笑顔の裏で、闇が静かに息を潜めていた。


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