多喜亮珠――放課後②

 6時のチャイムが鳴り、徐々に校内のいたるところからピロティを経て正門へと生徒達が流れていく。誰も彼もがティーシャツや丈の短いズボンなど、既に夏の装いだった。中にはサンダルの生徒もいる。


 それから20分もすると、顧問の先生から追い出しを食らった生徒達がぞろぞろとだらだらと帰宅していくようになる。


 彼ら彼女たちの下校を、見送り担当のオーダー科生が、校門の守衛と並んで直立不動で見送る。


 ……オーダー科生は、部活の所属も、いわゆる習い事もできない。予備校も遅い時間帯に枠が取れるところに以外は通うことが難しいだろう。来年以降、オーダー科の後輩が増えることでシフトが分散されれば多少は緩和されるだろうが、当面先のことだ。


 図書室もあらかた生徒が退出した6時25分、多喜も涼しい図書室を出た。

 そのまま上田にメッセージアプリで『図書室から部室区画の方へおりていく』と連絡した。


 返事は

『先にホールの中に声かけする』『部室は左側まわるから右側をたのむ』『まだ明かりついてる部屋があるから追い出しよろしく』

 と3つに分けて返って来た。


 追い出し、というのは残っている生徒に早々に帰宅するように指示することだ。ちなみに6時45分以降に校内に残っている生徒には個別で次の登校日にペナルティが発生する。

 ペナルティ発生生徒は登校時、校門のAI連動監視カメラより城戸へと通知が入り、生徒本人の端末の校内連絡用アプリを介して出頭が指示される。そして登校早々、城戸の面前で5分間のプランクをする羽目になる。


 酷いときはこれが原因で授業に遅刻することになるが、城戸はそんな事を気にしない。出頭を無視して授業のある教室へ飛び込んだ場合、教室に城戸自ら現れ、逃げた生徒を廊下に引きずり出してプランクをさせる。


 それほどに士官教員は校内で強制力の持つ存在であるということを示すと同時に、ペナルティを被った生徒は面前で恥をかかされることになる。その恥辱すら罰則の要素として城戸は駆使していた。


 6時28分、多喜は体育館棟の正面階段下についた。

 開け放たれた多目的ホールからぱらぱらとスクールバッグとは別に着替えと思しき手提げ袋を抱えた生徒たちが


「それじゃ、お先失礼しまーす」


 と中に声をかけながら出てくる。そのうちの1人に多喜は声をかけた。


「すみませーん、オーダー科うちのクラスの子、ホールに声掛け行きました?」


「あ、はい。さっき挨拶に来ました。PA室も施錠済みです。今ホールに残ってるのは非常口の鍵かけの子と、その子といっしょに帰る子だけです。部室の方は一人作業中かもなので、居たら声掛けお願いします」


「そうですか。ご丁寧にどうもです。それでは、さようなら」

「はい、さよならー」

 そういって、呼び止めた生徒は、先に階段を登ってこちらを見て待っているグループと合流し、校外へと出ていった。


(上田は先に左側巡回まわるっていってたな。今日は右か)


 正面階段すぐを右折した。たしかに、廊下の半ばあたりにまだ室内の天井灯を灯した部屋があった。


 人気を感じない廊下をわざと靴音を鳴らしながら廊下を歩く。

 一般生徒とオーダー科生は靴音が違う。制服の指定でオーダー科生の靴は革靴と決められている。これも公費で支給される。

 靴音を鳴らして歩くだけでも静かな廊下では帰宅時間を追い立てられていると感じて、飛び出してくる部活動の生徒が結構いるのだ。


 校内は、体育館と一部教室を除いて原則的に土足だ。これは避難区画の体育館棟の下階も土足の範囲に含まれる。

 そのせいか、運動部の多い右側区画の床は泥や土の粉がよく落ちている。一応更衣室は1階にあるため、いきなり部室に入っても女子生徒の着替えなどに遭遇してしまう可能性はまずない。そのかわりに仕事の遅いマネージャーなどが焦りながら片付けをしているという状況にはよく出くわす。


 踏み進むほどに運動部的な汗とデオドラント剤の混ざったニオイが濃くなる。女子の居る部活の部室前だと、汗臭さは減るが置き型消臭剤の匂いが混ざる。


 明かりが消えている部屋も一室ずつ、まずノックし、次に施錠されていることを確認するためにドアが動かないかを確かめて回る。


 問題の明かりが点きっぱなしの部屋の前に立ち、それまでの部屋と同様にまずドアをノックした。

 普段なら中から慌てた返事が帰ってくるはずだ。それが今日はない。


「失礼しまーす、見回りでーす」


 そういってドアノブをひねると、あっさり回った。開いて中を覗き込むと、誰も居ない。


 ほんの教室半分ほどの広さの、壁の片面は本棚、もう一方の片面は半透明の収納ケースが天井まで積み上がっている。手前の壁にはベニヤや段ボールや折りたたみ式のテーブルなどが層を成して立てかけられている。


 部屋の中央には、畳が3枚敷かれちゃぶ台と座布団が据えられている。

 明かり取りの窓の下は、モニターとホワイトボードがある。ホワイトボードにはなにかの動きと配置の指示図と思しき絵図の描かれたホワイトボードという実によく見通せる空間である。


 そのちゃぶ台の上には、ひとつのスクールバッグが置かれていた。あきらかにまだ誰か居るという痕跡である。


 ドアの外側の、部室の名札を確認し、廊下に声をかける。

「すみませーん、演劇部の方ー、いますかー?」


 しかたなく、明かりをつけっぱなしにしたまま、数メートル先のトイレまでの途中の部屋のドアを荒く確かめて回る。

 まず近い方の男子トイレから、戸を押し開けて中を覗き込む。


「誰かいますかー」


 返事はない。

 その時、ふいにズボンの尻ポケットに入れた携帯が震えた。


 取り出して画面を見ると、上田からのメッセージが入っていた。それを表示にすると、メッセージ通知に隠れていた電波状況が表示される。通信可能状態になっている……。


 それを見て、思わずあっと声を漏らした。


「この半地下、トイレだけ電波通じる……」

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