昼礼――中庭にて①

 私立薔舎学園高校には、履修科目と授業枠を任意で選択できるという学校のカリキュラムの性質上、いわゆるクラス別の朝礼終礼という習慣がない。

 そのかわりに昼休み前に10分程度のショートホームルームが設定されている。


 学校そのものへの出欠確認、各クラスの担任から生徒への連絡事項、そして各委員会からの報告やアンケートの配布や提出などもたいていこの時間に行われる。


 昼前、学生食堂の席取りや購買部の販売物の列などの都合もあって、早急に終わらせるべく生徒たちは皆、そわそわとしつつも協調性は高いという不思議な時間でもあった。

 この慣習は戦前、加瀬もとい白木和登の在学時代からそういうものだった。


 またそれとは別に、週に1時間だけ全校生徒の共通した必修科目があった。

 水曜午前の4時間目、いわゆる昼休み前の授業枠一コマである。


 白木の在学時代はロンクホームルームと呼ばれていた。主な内容は、例えば年中行事の実行委員会との各クラスごとのミーティングであったり、体育館での全校集会であったり、地震や火災を想定した避難訓練などだ。文化祭や音楽祭が近ければその準備や練習に充てられることもあった。


 そういう、必修科目の時間以外での、貴重なホームルームという環境の一体感を感じられる時間だった。


 だが、昨年度城戸2尉が赴任されてから、この時間の前半の内容が大きく変わった。

 昼礼と称して、晴れていれば中庭に、雨であれば体育館に全校生徒が集められるようになったのだ。


 その主な内容は、校長からの短い挨拶と城戸からの長い説教であった。城戸の説教は何らかの無秩序や違反を見つけた際には特定の生徒を吊し上げにこそしないが連帯責任としての訓告などであった。また特にそうしたものがない日の場合、秩序維持と国家への礼賛や戦意高揚の鼓舞の演説である。


 いずれにせよ、春から秋にかけては特に苦痛だった。

 晴れていれば暑さの盛りに差し掛かる頃、真上から直射日光を浴びながら中庭に20分近く立ちっぱなしにさせられるのだから。


 体育館も本来ならば一定気温より高くなった場合、全校集会や体育の授業時はエアコンを稼働させるのだが、この昼礼のときは城戸の指導方針によって意図的にそれが切られている。

 かろうじて、体育館内の酸素濃度が低くなりすぎないよう、換気窓と非常扉が開け放たれるという程度だ。


 そこに今年から、オーダー科生という城戸2尉にはが生じるようになった。

 これによって生じた変化は、端的に述べて生徒にとってはさらなる悪化だった。


 4月のなにもない日は、秩序確認という名目のもと、整列、気をつけ、休めの指示が繰り返し飛ぶ。オーダー科生が生徒の間を練り歩きながら姿勢や挙動の乱れている生徒を男女、学年の上下を問わずに先の丸まった警棒でつついて指導するというものに変わった。


 警棒でつつくのは、直接身体に触れることがセクハラに抵触する恐れがある故の配慮だと最初に城戸から説明されたのだが、誰も言葉通りには捉えていなかった。


 揃いの灰色の制服にキャップ状の制帽姿のオーダー科生達は、所作も規律正しく、そして不気味だった。


 薔舎学園の小学校からエスカレーター式に上がってきた自由奔放な教育を受けてきた子らには、かなりこたえたのは間違いない。


 実際、派手髪をしていたために城戸に目をつけられて、1人何度も気をつけと休めの姿勢の指導をされた子などは、途中から涙を拭いながらただ震えた声ではいとだけ気丈に返事をしながら、姿勢訓練を繰り返すという有り様になっていた。


 まるで軍隊の基礎教練のような殺伐とした張り詰めた空気が満ちていた。


 特にそうした束縛的な指導に対して敵意に近い反感を持っている生徒がオーダー科生の警棒で触れられたときは、反射的にオーダー科生の胸ぐらを掴んでいた。

 他の生徒が嫌な予感がして慌てて割って入り、頭を下げるも、既に遅かった。


 壇上からボディカムで胸ぐらを掴んだ3年の顔認証をした城戸が、マイクを片手に冷たい口調で言った。


「3年3組の小高准くんだな。君の下級生への暴力行為により、3年生はこれより連帯責任とする。全員今すぐその場に伏せて足を伸ばし、脇を締めて肘を地面に付くように」


 そこから昼礼が終わり解散の指示が出るまでの6分間、3年生は全員ぶっ通しのプランクとなった。

 この連帯責任という号令で強制されるプランクは、こうした突発的な衝突によるものだけではなかった。


 例えば購買部のゴミ箱の分別ができていないなどの『無秩序』が発見されてしまった場合だ。

 そういう時は、城戸は第一声から「一般生徒、連帯責任」という合図をもって、整列した一般生徒達にプランクの姿勢を取らせた。


 この指示の例外は生徒の間を歩き回り、サボっている生徒がいないかを確認するオーダー科生と黙って見守るしかない教員達だけだ。


 そして、各学年100人ずつの計300人が、わけもわからず伏せさせられて、背をじりじりと太陽に焼かれながら、既にかなり熱くなったアスファルトに両前腕とつま先だけをつけた状態で、プランク姿勢の指示に続いてゆっくりとこう言われるのだ。


「諸君、なぜ自分たちが連帯責任を被る事態に陥っているか、これより5分間よく考えるように」


 そういって、きっかり5分間城戸は黙る。


 この様子を見て教員たちは当然ざわつくが、壇上の城戸も彼の軍服と同じ灰色の制服を身にまとった1年生10人も、全く意に感せず、壇上と生徒の間それぞれで周囲の生徒の挙動の監視を続ける。

 そして、膝をついていたり、腰の角度が妙に高かったり低かったりする生徒に対して、警棒でつついて「正しい姿勢」とだけ指示して、姿勢を正させる。


 初めてこの指示を出されたとき、生徒たちの中にはどうにか短く切り上げようとする子もいた。

 最初に正攻法でこれを試みたのは生徒自治会長、いわゆる他校でいう生徒会長だった。


「城戸先生、2年2組、加藤梓紗です。生徒自治会長をしています。この連帯責任の指示は理不尽です。せめて理由を説明してください!」


 だが、城戸はマイクを一瞬キィンとハウリングさせただけで、返事もしない。

 次に出たのは自己犠牲だった。


「俺だよ、俺がやったんだ! こいつら全員関係ねえだろ、俺の責任だ。俺1人で1時間でも2時間でもやらせりゃいいだろうが!」


 そう言い出した3年生の眼の前の、線の細い女子は2分足らずで腕も足もプルプルと震えている有り様だった。これに見かねて理不尽な責めを負うという男気を見せようとしたのだ。

 これに対して城戸はこう応えた。


「本人認証をする。顔を上げたまえ」


 そういわれて、吠えた3年生は睨みつけるように正面を見た。


「ふむ、記録した。心当たりがあるということだね。それについては別途授業と重ならない時間に話を聞こう。全員、そのまま続けるように」


 そう言って、再び黙った。


 5分も続けて耐えられず潰れる生徒は、オーダー科生に胸板や腹と地面の間に靴のつま先を突っ込まれて、


「姿勢を正してください」


 と、無理矢理プランクの姿勢を取り直すように指示された。


 もはや4分を過ぎた頃になると、誰も頭が回らなくなってくるのか、悪態よりも呻くような声と、ただ淡々としたオーダー科生の


「正しい姿勢」

「姿勢を正してください」

 という指示の声だけが増える。


「よし、5分だ」


 それを聞いて、大半の生徒が潰れるように突っ伏した。だがそこにすかさず城戸は叱りつけるような声で言った。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る