多喜亮珠――予備登校日⑥
電子黒板の表示が切り替わっている。ホイッスルの画像に『警笛』、シリコンゴムヘッドの肩叩き棒には『軟性警棒』と名前が振ってある。
「警笛の使い方は、説明するまでもないかもしれないが、緊急時注目を集めたい時、あるいは注意や警告を必要とする事態に遭遇した際に介入に先立って吹くこと。具体的にはいじめの現場に遭遇した時、避難時のシャッター閉鎖前の最終確認などの局面だ。いずれの場合も、初動対応としては、まず警笛を鳴らすこと。いじめや暴力に関しては、即座に辞めない場合は軟性警棒の使用による実力行使を許可する」
そう言って、30センチほどの棒の先に握りこぶし大の指で揉めるくらいに柔らかな玉のついたものを手に取った。
「これが君たちに携帯してもらう警棒になる。先端部が、高重量のシリコンゲルが入った伸縮性の高いシリコンゴムで出来ている。打撃時には遠心力によって打面が伸びて……」
そう言いながらまるで指揮棒のように高く掲げ、教卓に素早く振り下ろした。
その拍子、先端の玉は練っている最中のパン生地のように遠心力で平たく伸びた。それこそ、握りこぶしから平手打ちのような変形である。
バチィンという音と共に警棒の先端が教卓に打ち付けられた。それを間近で見ていた最前列中央の席の子がびくりと肩をすくめた。
その音はさながら憤怒の平手打ちといった迫力だった。実際、腕の長さよりも警棒1本分の遠心力が掛かっていることを含めて考えれば、威力も相応に上がっているはずだ。
教卓を叩き鳴らした警棒の先端は、平たく伸び広がった状態から、ゆるゆると変形してもとの玉状に戻ろうとしていた。
「……このように、衝突面が広がる。これにより骨折等の重症化のリスクを抑えつつ、打撃そのものの痛みは強化される仕組みだ。なお、打撃の際は可能な限り頭部は避けること。耳に当たれば鼓膜、目に当たれば網膜に障害が残るリスクがある。打撃の際は腕や胴、太腿などの脚を狙って扱うように」
(障害が残るって……いま、さらりととんでもないことを言わなかったか)
ぼくはぼんやりと、昔の戦争を題材としたマンガに出てくる体罰としての平手打ちを思い出した。いかにも痛そうな、真っ赤に腫れ上がった劇画調の顔が思い浮かぶ。
(アレをぼくらに再現させる気なのか)
血の気が引いていくのを、奥歯を噛み締めてこらえながら、城戸2尉の話を聞き続けた。
「……実践訓練は警棒術として1年生の体育の授業内で私から直に指導するからその時しっかり学んでもらう。この訓練を受ける前にいじめや校内暴力、或いは不適切と思われる行動をしている生徒の集会の現場などに遭遇した際は、ボディカムの通信機能を介して私に報告するように、可及的速やかに合流し、私のほうから適切な指導を行う」
話を聞きながら、ぼくは机の下でみぞおちをさすった。1年が上級生のいじめや校内暴力の仲裁に入る。
それにどんなリスクがあるかわかっているのだろうか。……いや、その時のためのオンラインでマイナンバースコアに連携したボディカムなのかもしれない。
(どっちにしろ、毒を喰らわば皿まで、ということなのかもしれない)
そんな風に思えた。
「最後に、この手帳について説明する。基本的には全校生徒に昨年度より配布されている生徒手帳と同じ内容だ。ただ一つ違う点として、カードホルダーを開いてほしい」
そういわれて、合皮の手帳の裏表紙を開いた。4枚ほど収納できそうなカード用ポケットがある。そこに、既に1枚名刺のような白い厚紙のカードが入っていた。
「そのカードを出して、各自の携帯、もしくは授業用タブレットで二次元コードを読み取ってほしい」
そう指示されて、いわれるままに二次元コードアプリでカードに刷られたコードを読み取った。
すると「全国国防コース生ネットワーク」というアプリのダウンロード画面に切り替わった。
「できれば入学式までにそのアプリをインストールした上で、各自のボディカムとテザリングをしておいてほしい。これは全国の国防コースやDOSコースとの連携アプリだ。これを介することで校外で他校生徒の問題行動に遭遇した際、ボディカムの映像をスマホアプリを介して当該校の治安士官およびマイナンバースコアAIに送信することができる。また、登下校時に他校生徒が事故による負傷や体調不良の介助、あるいは痴漢被害など、なんらかの緊急性を要する事態においてには周辺人物とまとめて顔認証を行いつつ生徒個人を特定し、学校や警察へ直接連絡することもできる」
その説明を聞きながらダウンロードを済ませると、すぐにログイン画面としてマイナンバー入力画面が表示された。ポケットから財布を出してマイナンバーカードを出し、番号をその場で入力すると、すぐに
『ようこそ、薔舎学園高校1年生多喜亮珠さん。チュートリアルを開始しますか? 注意:ボディカムとのテザリングが未完了です。支給された専用ボディカムを起動した状態で、この端末の近くに置いてください』
という表示が出てきた。
(あ、これ後でやったほうがいいやつだ)
そう思い、アプリの強制終了をかけ、携帯をスリープモードに切り替え、正面を向いた。
「それでは、ここまででなにか質問はあるか」
教卓に手をついて、城戸2尉はぼくら10人を見渡した。
さきほどの警棒の試し打ちの迫力がまだ尾を引いているのか、だれもが顔を見合わせるばかりで手も声も出ない。
これを見て、城戸2尉はにこりと白い歯を見せた。
「そう緊張することはない。これから1年長い付き合いになる。よろしくたのむ。それでは大山先生、私からはひとまずは以上です」
そういって、大山先生に教卓の正面を譲った。
大山先生は、ややひきつった笑顔をして一呼吸置いた。それから、彼女は空気を切り替えるようにぱちんと手を打った。先程の警棒の教卓強打と比べたらずいぶんと可愛らしい音だった。
「それじゃあ、みなさんに自己紹介でもしてもらおうかな」
そういって、窓際の列の前にたった。
「じゃあ、この列から、一番前のあなた」
そういって、彼女はほがらかな声で窓際最前の短髪に刈り上げた詰め襟制服の男子に、声をかけた。
そこからは、いくらかマシな時間が過ごせた。
ぼくの番の自己紹介では、出身校とクラブ活動と好きな教科くらいしか話さなかった。
すぐ後ろの、さっき握手を求められた女子は、富山さんという子だった。前髪のきれいに整ったおかっぱボブの似合う、きちんと見ればそれなりに愛らしい顔つきの子だった。
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