多喜亮珠――予備登校日⑤
ぼくは内心怯えながら、そっと手を上げた。
「なんだ、えーと……」
といいながら、城戸2尉は自分の身体に取り付けたボディカムの背面画面を見た。
「多喜君」
椅子の脚を鳴らして立ち上がり、口を開いた。
「ぼくらがマイナンバースコアに反映される常時接続カメラを身に付けている、というのは他科の生徒やPTAも承知しているんでしょうか」
その言葉に、城戸先生はぼく以外の9人を見渡した。
「誰か、応えられるものはいるか」
すっと、窓側最前の男子が手をあげる。
「上田君、応えたまえ」
「一昨年の冬の閣議決定で、国家緊急権による『高等学校の学生保護に関する法律』が制定されました。この法律は今年の4月から施行されるもので、全国の高校に統合秩序推進局より派遣されたマイナンバースコアの随時確認管理を担当する士官教員と、その指導下にある生徒による専門要員の配置、そして統合秩序推進局内に専門部署として若齢秩序計画部が新設され、同部署に専用スコア更新用AIの導入が決定されました」
「つまり、どういうことかな?」
「言い方は悪いですけど『学校教育への監視社会の介入』という言葉で反戦派から批難されました。ですが、自分は、この表現はある意味でこの閣議決定の内容を端的に説明していると思います。実際そういう批判する情報で本件を知った人もいると思いますし、多分導入にあたってこの学校でも校内からの反発はあったと思います」
これに城戸先生は頷く。
「上田君、座ってよろしい。我々の現状をよく理解しているね。本校に限らず保護者、教員、地域住民からの反発はなかったわけではない。生徒からもそうだ。例えば今年の3月の本校の卒業式でも、この未成年への常時マイナンバースコア評価を行う制度に対して抗議として、卒業式をボイコットする卒業生や在校生が出たし、卒業生答辞でもかなり反抗的な声明が出された……」
(そりゃそうだ。自由が売りの校風で青春を謳歌したいのに、それが将来の人事評価や内申点評価に影響するマイナンバースコアなどというものに無理矢理見張られるとなったら、これを嫌がるのは無理もない)
「……だが、私はこの法律を必要とする背景と根拠に目を向けてほしいと考える。我々は生徒による反体制的な活動、暴力的な行為、いじめ、そして生徒教師を問わずあらゆる違法行為から、この学校を守るという使命を与えられた。そう考えてほしい。学生生活という自由を奪われる事への不安は確かに理解しうるものだ。だが、それを引き換えにしても生徒の心身の安全は保証されなければならない。これは学校生活という閉鎖的で保護者の目の及ばない環境下での、親代わりの保護の役目と捉えてほしい。君たちには、私と大家先生の自己紹介よりも先に、爆撃およびミサイル警報時の対応指導のプリントを配布した。その意味と意義を、深く理解してほしい。忘れてはならない、今は有事なのだ。いまこの瞬間ですら、台湾海峡には爆撃ドローンが飛び交っている。現地市民はそれらから命を守るためにシェルターの中で息を潜めて耐えている。我が国は戦時下の彼らに共感し、共闘という道を選んだ。古い言葉だが、我々は銃後を守る責任がある。その大役を与えられて本校へ入学したことを、私は是非とも誇りに思ってほしいと考えている」
典型的な戦意高揚演説のように聞こえた。ぼくはつっ立ったまま、
(ああ、この人も心から信用してはいけない人かもしれない)
と思った。
……だが、その言葉に一理あるのも確かだった。
現在は実質的には戦時中であり、爆撃被害を受けた原発周辺地域はいまだに立ち入り禁止区域が広く取られている。そういう地域の人々は生活に支障をきたしている。3月の首都中心区画のターミナル駅爆撃もたった1発の爆弾で鉄道交通網は麻痺を起こした。それによって受験に影響が出た人もいたと報道で目にしている。
そういう状況下でストレスを貯めているのは誰もが同じだし、そのはけ口として悪事やいじめなんかが増発するのは、防がなければいけないことだとは思う。
そのための監視社会が必要なのだとしたら、ぼく達に充てがわれた役目も、必要なことなのかもしれない。
「多喜、納得したか」
「……はい、戦時下というストレスフルな状況下で、違法行為やいじめに走る生徒を看過することは、あってはいけないと思います」
「座ってよろしい。では引き続き、携行する装具に関する説明を続ける」
ぼくは一礼して、椅子に腰をおろした。
(受け入れるしかない)
そう思いながら深くため息を付いた。
その背中を、誰かがつんつんとつついた。間違いなく後ろの席の子だ。
振り向きかけると、席越しに手を差し出された。
「握手」
女子の声だった。
なんのつもりだ、と思いつつもなんとなく差し出された手に握手を返した。
「キミが質問しなかったら、私が同じこと聞くつもりだった。よくあの説教我慢したね」
小声でそうささやきかけられた。正直ほっとした。自由な学園生活を期待してこの学校のこんな学科に来てしまった生徒はぼくだけではないとわかったのだ。
これに返事をするかわりに、そんなことないというように手をぱたぱたと振った。
ぼくは城戸2尉に屈したのだ、立派でもなんでもない。
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