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 ティーナをパーティーに連れてくるに当たって、一番の賭けは人間化薬だった。

 ティーナが城から持ち出してきたという人間化薬は安価なものなので、歩けなくなるか、声が出なくなるかの二択なのだ。


 薬の瓶を飲み干し、人魚のヒレから人間の足に変わったティーナは口を開いてすぐに、パクパクと開閉させる。

 その口からは吐息が吐き出されるだけだ。


「どうやら、あなたの分もわたくしが代弁するしかないようね」


 足の方ならまだ、車椅子を借りるという手があったのだけれども、まあ言っても仕方のないことですわ。この新米女王に自信をつけさせるためにも、できれば、自分の口で伝えさせたかったのですけれど。


 用意したドレスを二人で着せ合い、鏡の前に立つ。

 最近は緩く一つにまとめていることも多い豊かな淡い金髪は背中に流し、青を基調としたドレスは、ロゼリアの凪いだ海のような瞳と合わさってよく似合っている。肩の開いたドレスから大胆に除くデコルテも、日々の労働のおかげかくっきりと深い窪みを作り、ノアの母親のものであるという古い型のドレスをリメイクしたものとは思えない仕上がりに一役買っている。


 ティーナの方も、薄桃色の髪と瞳に淡いパールブルーのドレスがよく似合っていた。きめ細やかな白い肌に長い睫毛、人魚は顔立ちの整った者が多いと聞いたことはあったが、出会いが出会いだったのでここまでとは思わなかった。

 慣れない二本足での歩行になるため、高いヒールは避けたが、元々女性にしてはかなり高めの身長だから問題ない。


 背筋をきちんと伸ばして胸を張るのよ、とロゼリアがティーナの背中を叩けば、もう風呂桶でひんひん泣いていた小娘の面影は遠い。


 着替えを待っていたノアにひとしきりその美貌を褒められて満足したロゼリアは差し出された手に腕を絡ませ、馬車に乗り込んだ。


***


 パーティー会場である王城の大広間に着いた時、王太子夫妻はまだ登場していないようだった。


 挨拶に回るノアについて回ると、皆ギョッとした顔でロゼリアの方を見るのだから面白い。


 あの婚約破棄から、表舞台に出たのはこれが初めてね。ロゼリア嬢が何故ここに?と皆困惑の表情を浮かべている。

 中には貴族でなくなった者がこんな所に出てくるとは、と嫌味を言ってくる人もいたが今のわたくしは男爵家の婚約者として出席しているのだから資格はある。

 書類上では後ろに控えるティーナが婚約者になってはいるが。


 好奇と嫌悪、時には嘲笑の声を軽くあしらっていると、こちらを幽霊でも見たかのように見つめる青白い顔と目が合った。

 学園でリエーラの取り巻きをしていた男の婚約者だったスコット伯爵令嬢だ。

 ちなみにロゼリアの元取り巻きでもある。


 ロゼリアはノアに少し席を外すと伝えると、ティーナを連れてスコット伯爵令嬢の方へ向かう。

 声の出ないティーナを一人にしておくわけにはいかない。


「あら、ごきげんよう。今日はエスコートの相手をお連れしていないの?」


 嫌味だ。ロゼリアはスコット伯爵令嬢が、結局取り巻きの男とは破談した事を知っていた。令嬢側はあの取り巻きの男とかつては恋仲だったようだが、男の方から破談を持ちかけられたらしい。


「え、ええ。今日はどうしても彼の都合がつかなくて・・・・・・。あなたは、ターナー家の方と?」

「素敵なご縁がありまして、結婚を間近に控えていますの。・・・・・・わたくし、こうして声をおかけ致しましたのも、あなたに一つお礼を申し上げたいことがありましたの」


 声を上擦らせながら答えるスコット伯爵令嬢に、わざわざ話しかけたのは他でもない。結婚してターナー男爵家に入る前にどうしても精算しておきたいことがあったからだ。

 ロゼリアは周りに聞こえるよう、不自然でないくらいに声を張る。


「あの時、リエーラ王太子妃を階段から突き落としてくれてありがとう。あなたが彼女を突き落とし、それをわたくしがやっただなどと嘘の証言をしてくれたおかげで、わたくしは今、真に愛する人と一緒になることができましたの」

「何言って・・・っ」

「彼女を亡き者にすれば、婚約者の愛が返ってくるとでも思ったんですの?お可哀想に」

「違うわっ!それはあなたが、あなたがやったことでしょう!」


 突如始まった衝撃的な会話に、騒めきが広まっていく。


 ロゼリアがあの日、ルーカスに婚約破棄を告げられ、侯爵家から勘当までされたのは、このリエーラに対する殺害未遂の件だ。


 確かにロゼリアは、リエーラを取り巻きと囲んで、王子の権威を笠にきた行いを咎めたり、取り巻きがリエーラの私物を壊すのを黙認したことはあったが、その程度で王家と侯爵が十年の間結んでいた婚約が破棄される理由になるはずもない。


 被害者であるリエーラと目撃者のスコット伯爵令嬢がロゼリアの仕業だと証言をした。

 スコット伯爵令嬢は当時ロゼリアの取り巻きの一人で、リエーラに婚約者を奪われたこともあり、リエーラに有利な証言をするとは思えなかった。その彼女が犯人をロゼリアだと訴えたのだ。だから信憑性があった。


 しかしロゼリアはやっていない。それどころかこの一件、卒業パーティーの日まではまったく寝耳に水だった。

 ロゼリアはノアに頼んで、貴族の財産授与の記録を調べてもらっていた。

 リエーラから何らかの利益、例えば婚約者を解放するなどの約束があったのかと思えば、その逆、スコット家からリエーラの下に多額の授与の形跡があったのだ。


 犯人がロゼリアではないとすれば、やってもいないことを目撃しているスコット伯爵令嬢が犯人。

 そしてリエーラもそれを知っていた。知っていて、ルーカスの婚約者の座からロゼリアを排除するために、真犯人と口裏を合わせたのだ。


「あなたの婚約者、いえ、元婚約者の彼にはわたくしから伝えました。あなたが元婚約者からの愛を取り戻すためにリエーラ王太子妃を突き落としたことも、あなたの家から彼女の家に多額の不明金の授与があったこともね。どうもあなたの態度に心当たりがあったらしいわね、納得した様子だったわ」


「あなたのせいだったのねロゼリア!あの女が正式にルーカス王子の婚約者になって、やっと彼が戻ってくると思ったのに!」


 激昂して襲いかかってくるスコット伯爵令嬢をヒラリと避け、すれ違いざまに足を引っ掛ける。

 無様に床に倒れたスコット伯爵令嬢と、美しく見下ろすロゼリア。どちらの言い分が正しいのか、ここで証拠が無くても一目瞭然だった。


 泣き喚くスコット伯爵令嬢を見て、もうこの女に用はないわ、とばかりにロゼリアは引き返す。後は周りの人たちが面白おかしく広めてくれることでしょう。


 振り返るとティーナが目をキラキラとさせながら無言で拍手をしていた。どうやらロゼリアは人魚のお眼鏡に適ったらしい。

 人魚の世界では強く美しい女が魅力的だと持て囃される。ティーナの義母が人魚の国の王宮を牛耳れたのもそのせいだ。


 その時、広間の奥から歓声が聞こえてきた。どうやら本日のパーティーの主役である王太子夫妻が登場したようだ。


 前菜は食べ終えた。メインディッシュが始まる。

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