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新聞記事によると、二人の出会いは長期休暇に第一王子ルーカスが訪れた避暑地の別荘。風に煽られ、危うく崖から落ちそうになったルーカスを庇い、転んで足を痛めたリエーラをルーカスが別荘で看病したのが馴れ初めらしい。
記事には、王太子妃は伯爵が遠縁の娘を養子に引き取ったと書かれているが、それは真っ赤な嘘だ。ルーカスは身寄りのないリエーラにツテで戸籍を用意した。
しかも貴族の子女しか通うことを許されない王立学園へ編入させる越権ぶりで周囲を騒がせた。
それなのにリエーラは、ルーカスだけじゃ飽き足らずに学園でも人気の、顔の良い男を次々と侍らせてさらに顰蹙を買っていたのを思い出しますわ。
わたくしも何度か彼女の取り巻きの婚約者の方に頼まれて注意をしに行ったものです。
リエーラはわたくしに虐められているとルーカスに泣きつき、何も効果はありませんでしたが。
それほどルーカスに溺愛されていたリエーラですが、それでも本来なら彼女は王太子妃の座に着くことはできなかったでしょう。だって王太子妃の座には10年もの間、侯爵令嬢であるわたくしがいた。でもリエーラはそれを覆した。
「何にせよ、話が早くて助かりましたわ。姿勢に紛れ込まれていた方が、探すのに苦労しますもの」
「で、でも王太子妃になってるって。そう簡単には会えないんじゃ」
「大丈夫ですわ。この二人は先日式を挙げたばかり。今週末には成婚記念のパーティーがありますの」
「どんなに末端でもターナー家は貴族の端くれだ。招待状の入手は任せてくれ」
トンと胸を叩いてみせるノアに、わたくしの旦那様はなんて頼り甲斐のあるのかしらとキュンとしたロゼリアは、ティーナに向き直る。
「わたくし、あの女にはちょっとした因縁がありますの。絶対にあの女に自分のツケを払わせて、あなたを自由にしてあげますわ」
だから早く私の旦那様と婚約破棄してちょうだい、と圧の高い微笑みを向けるロゼリアにティーナは「はいぃぃぃ」と情けなく答えた。
***
決行前夜。
「え、わたしも行くんですか?」
「あなたねぇ、誰のためにわたくしたちが動いてると思ってんのよ。ほら、ドレスを選びなさい」
ちゃぽちゃぽと桶の中でヒレを揺らしながら、「わたしなんかが行っても邪魔にしかならないんじゃ・・・・・・」とうじうじするティーナに、ロゼリアはだんだんと腹が立ってきた。
「ティーナさん、あなたこれから王位を継ぐのよね。そんな体たらくで一国の王になれると思っているの?」
「えっ」
最近まで義母が国政を乗っ取っていたなら、臣下の援護は期待できない。一人で逃げてきたことがその証拠だ。
だからこそティーナは、今まで義母の下で甘い汁を啜り、自分を無関心に放置してきた連中に、王としての資格があることを自力で認めさせなければいけないというのに。
借金取りから逃げるのも情けない話だけれども、ノア様の第二夫人に収まって自分の国からも逃げようなんて、この小娘、少々お灸を据えてあげる必要がありそうね。
「わたくし、お人好しは嫌いじゃないけど、自分の役目から逃げる怠惰なお馬鹿さんは大嫌いですの」
十年共に机を並べて、王と、王を支える王妃としての教育を受けた日々を思い出す。途中からたびたび姿を消すようになり、だんだんと不在の日が増えていった元婚約者のルーカスを。
ルーカスも、ちゃんと授業に出るように言うわたくしに、自分よりも出来のいい婚約者がいるのだから俺がやらなくてもいいだろう、なんてふざけた事を言っていたわ。
目を丸く見開いたティーナにロゼリアは続ける。
「あなたのお父上は、あなたを支える家族ではなく、あなたが一人で立てるように厳しく養育する教師をあなたに残すべきだったわね」
「お父様はずっとわたしに優しくて。義母も、時がくれば王座が用意されてるんだから大人しく待ってなさいって、周りもみんな、何もしなくていいって。・・・・・・でも、それじゃ駄目だったんですね。気づいたの、遅かったなぁ」
「まだ間に合うわ。人は変われるし、人生は案外どうにでもなるものよ」
「もう国にはお金も人もいないのに、間に合いますか?」
ロゼリアは自分の胸をぽんと叩くと自信を持って言った。
「お金が無いなら稼げばいいじゃない。わたくしと組んで海運事業でも始める?国政相談にのってあげてもいいわよ。わたくし、政治と経済は王族付き教師のお墨付きですの」
相談料は取るけど、と冗談めかして笑うロゼリアに、ティーナの顔は明るくなっていく。
ロゼリアも、もはや使うことの無いと思っていた知識が役に立つことに自尊心が満たされていく。
ロゼリアはルーカスに恋愛感情などまったく無かったが、王を支える王妃の座には職務として誇りを持っていたのだ。
だから勉強を休んだことなどなかったし、ルーカスにも厳しい苦言を呈すことも多かった。たいてい鬱陶しがられるだけだったが。
「さあ、まずは明日。女王としてのあなたの最初の仕事よ。国家横領の重罪人を断罪しましょ!」
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