友達のおばあちゃん
うに
友達のおばあちゃん
私は小学校のころ、よく美穂の家に遊びに行っていた。
田舎の大きな古民家で、裏庭には大きな柿の木があって、夏はセミの声がうるさいくらいだった。
小学校卒業まで同じクラスでご近所さんだった事もあって、ほぼ毎日お互いの家を行き来して楽しい思い出がたくさんある。
でも──一つだけ…美穂の家に行ったときに苦手なことがあった。
毎回ではなかったけれど、たまに会う美穂のおばあちゃん。
何をされたわけじゃない。
小柄で、いつ見かけても着物姿。
晴れた日に縁側にそっと腰かけて日向ぼっこでもしているような感じだった。
こんにちは、お邪魔します、と声をかけたり、あいさつすると小さく会釈してくれる物静かなおばあちゃん。
でも、会うたびに緊張したのを覚えている。
子どもながらに着物を着た人のイメージで厳格さみたいなものを感じていたのかも知れない。
大学生の時に一人暮らしをしていたのだけど、ある日、実家から電話があった。
『美穂ちゃんのおばあちゃん、亡くなったって。』
それを聞いて、なんとも言えない気持ちになった。
美穂のおばあちゃんが、亡くなった。
じゃあ、あの変な緊張感に悩むこともないのかな。
それに、子供のころはよく遊びに行ったりお泊りなんかもさせてもらってたなと思い出して、その週の土曜日。
久しぶりに美穂の家を訪ねた。
「何年振り?久しぶり~!」と、美穂が歓迎してくれて少し不安だったけど子供のころの様に自然に会話ができた。
懐かしい友人との再会に喜びつつ、家に上がらせてもらう。
仏間に案内され、線香をあげる時だった──。
仏壇の前に座り、手を合わせようと正面に視線を向けた時。
目を疑った。
“遺影のおばあちゃん”が、私の知っているあの人じゃなかった。
“全くの別人”。
言葉が出ず遺影を凝視したまま固まってしまう。
そんな私に気が付いたのか、
「……この写真、変かな?小学生の頃にはもう、ほとんど寝たきりだったから、○○ちゃん(主人公)は知らないかもね。話したことも無いよね?」と、美穂に言われた。
頭が真っ白になった。
え?どういうこと……?
いや、美穂の家でおばあちゃんには何度も会ったことがあるし、見かけた時は必ず挨拶もしていた。
話をしたこともある。
ただ…その……私の記憶にあるおばあちゃんは…遺影でほほ笑んでいる優しそうな女性ではなかった。
じゃあ──私がずっと『おばあちゃん』だと思っていたあの人は、誰?
「ほら、そこの…それぇ…大事にしてた石なんだよ。あぁ、でも触っちゃダメだからねぇ。動かしたら“目”が開いちゃうからねぇ……」
美穂がニコニコしながらそう言っている姿を見て、子どもの頃に聞いた話声が頭をめぐる…。
縁側で、背中を丸めて、手に持った“石”を両手で包み込んで話をしていたあの人。
遺影の写真に衝撃を受けて今頃気が付いたのだが…
写真の横には、あの石が飾られていた。
まるで、家族の一員みたいに──。
「おばあちゃんが大事にしてた石、今もここに一緒に置いてあげてるんだぁ。なんかねぇ、石って意思があるんだってぇ……ふふ…下手なダジャレみたいって思ってたんだ、子供の時は…ふふふ…」
私は、そっと美穂の顔を見た。
子供の頃、無邪気だったあの顔。さっきまで再会と訪問に喜び、歓迎してくれた可愛らしい表情…だと思っていた。
でも、今は──あの“おばあちゃん”に、どこか似ている気がした。
あの目、あの口元、あの笑い方……。
私は、逃げるように美穂の家を出た。
何故か急に長く居てはいけない気がして。
昔、あのおばあちゃんに言われた事を思い出す。
「ふふ…石はねぇ、人と違って、ずぅーっとそこにいるでぇな…ふふふ…動けん分、執念深いのよなぁ…。嘘も、裏切りも、忘れたことも……ずぅぅぅーっと覚えてるからなぁ。」
今でも言葉はすぐに思い出せた。
声音こそ静かだった。が、暗く淀んでいて恨みのこもったような…。
美穂の家から出ておばあちゃんを思い出そうとする。ただ思い出そうとしても顔だけははっきり浮かばなかった。
声や縁側に座る着物姿、雰囲気はすぐに思い描けるのに顔だけが何故か出てこない。
たぶん覚えていてはダメなんだと感じた。
あれから、美穂とは会っていない。
たまに実家に行っても美穂の家には近寄らなくなった。
今でも、あの大きな古民家には柿の木と人の気配はあって…どうしても視線は向けてしまうのだけど…。
石は今も、美穂の家にあるんじゃないかな。
まるで人間の目のような、ひびの入った歪な形の石──
乳白色のぼこぼこした…あの石を持った皺だらけの…泥で汚れた痩せ細った手を、今でも忘れられない。
友達のおばあちゃん うに @uni_kowai_hanashi
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