第11話 祝杯
夕暮れのエルチア── クエスト帰りの冒険者たちで賑わう街の中心に、年季の入った木造の酒場があった。
外観こそ古びているが、中は笑い声と乾杯の音が絶えない、冒険者たちの憩いの場だ。
酒場の片隅にあるテーブルで、エディはグラスを傾けながら、深いため息を漏らしていた。
エディ:「……ふぅ」
その姿には、どこか敗北感すら漂っている。
そこへ、元気いっぱいの声が響いた。
トレミィ:「おまたせーっ!……って、あれ? まだ落ち込んでるの?」
トレミィが軽快な足取りで駆け寄ってくる。
エディ:「せっかくボスを倒したんだけどなあ……」
エディはグラスを揺らし、冴えない表情でぼそりと呟く。
トレミィ:「報酬を払ってくれる人が、いなきゃねぇ。仕方ないよ」
トレミィが気の毒そうに肩をすくめる。
そう──このクエストの依頼人は、ゴブリンの強盗団の一味の魔術師であった。その依頼人である魔術師が、仲間割れを起し、ゴブリン・ボスに殺されてしまったのだ。
と、いう訳でクエストも失敗扱いになってしまったのである。
エディ:「まぁ、結果がすべてだ。なるようになるしかないさ」
エディは視線を落とし、グラスの中の琥珀色を見つめる。
そのとき、トレミィがにんまりと口角を上げた。
トレミィ:「ふふーん♪」
エディ:「なんだよ。気持ち悪いな」
訝しげな視線を向けるエディの前に、トレミィはパンパンに膨らんだ皮袋をドンッと置いた。
トレミィ:「ほらほら、これで気分もよくなるよ」
エディ:「……何だ、これ……?」
エディが恐る恐る袋を開けると──
エディ:「これは・・・。」
中には、ぎっしりと詰まった金貨の山だった。
エディは袋の中身を覗き込み、思わず声を上げた。
エディ:「えっ、お、おい……十万はあるぞ!? どうしたんだよ、この金は……!」
トレミィは得意げに胸を張る。
トレミィ:「ハイリワードって言ったでしょ。ぼくの依頼の報酬だよ。全部エディにあげる。」
エディ:「全部って・・・いいのかい。」
エディは納得できない様子で、トレミィの顔色をうかがった。
トレミィ:「いいって。無念を晴らしてくれたんだからね。きっと依頼者もエディには感謝してるよ。」
トレミィのにっこりと笑うその顔に、エディはふと心当たりを覚えた。
エディ:「そうか。この金は、あの時、君を探していた人たちからのものなのか」
トレミィは少し照れたように頷いた。
トレミィ:「うん。そうだよ」
二人の間に、ふと静かな空気が流れる。
──あの日の記憶が、同時に蘇っていた。
初めて出会った日。 エディがまた逃げ出したトレミィを追いかけ、雪が積もるアーキストの街中を駆け回った、あの時のことを。
トレミィ:「……あの時、エディがぼくを見つけてくれたから、今のぼくがあるんだよ」
トレミィの声には、感謝と少しの誇らしさが混じっていた。
エディ:「そうじゃないだろ。」
だが、エディは首をゆっくりと横に振る。
トレミィ:「えっ?」
エディ:「今の君があるのは、あの時、君を迎えに来た人たちのおかげだ。……そうだろ」
トレミィは目を伏せ、そして静かに頷いた。
トレミィ:「……そうだね」
エディは袋を手に取り、口元に笑みを浮かべる。
エディ:「でも、まあ、その人たちも、俺には、ちょっとばかし感謝してるかもしれないからな──こいつはありがたく受け取っておくよ」
トレミィ:「・・・・・・」
トレミィは少し呆れながらも、黙って微笑みながらうなずいた。それを見て、エディは懐に革袋を収める。
トレミィ:「ねえ、エディ……ぼく、思うんだ」
トレミィがぽつりと声を漏らす。俯いたまま、指先をもじもじと動かしてい
る。そんな様子を、エディはグラスを傾けながら横目でちらりと見ていた。
トレミィ:「あの日のことは、運命だったって。」
エディ:「……そうかもな。」
エディは短く答える。けれどその声には、どこか懐かしさが滲んでいた。
トレミィ:「だから、こうしてまた、ここで会えたのも……運命じゃないのかな。」
沈黙。グラスの中で氷がカランと鳴る。
エディは少し照れたように、口元に柔らかな笑みを浮かべた。
エディ:「……確かに。何かの縁なのかもしれないな。」
トレミィ:「でしょ!きっと神様が、ぼくらに“二人で冒険しなさい”って言ってるんだよ!」
トレミィはぱっと顔を上げ、満面の笑みで言い切る。
エディ:「大袈裟だなぁ……でも、じゃじゃ馬なところは相変わらずのようだ。放っておけそうにないから、組んでやるよ」
エディが肩をすくめながらそう言うと、トレミィはぷくーっと頬を膨らませた。
トレミィ:「もう、意地悪なんだから」
その様子があまりにも微笑ましくて、エディはつい口元を緩める。
ちょうどそのとき、酒場のウェイトレスが忙しそうに二人の横を通り過ぎていった。
トレミィ:「お姉さーん! 料理とお酒、じゃんじゃん持ってきてー!」
トレミィが元気よく手を振ると、ウェイトレスはくすっと笑いながら近づいてくる。
ウェイトレス:「あら、今夜はずいぶん景気がいいのね。何かのお祝い?」
トレミィ:「うん、そんなとこ!」
トレミィが胸を張って答えると、ウェイトレスはちょっと意地悪そうな笑みを浮かべた。
ウェイトレス:「そうなの。じゃあ、昨日の分もよろしくね」
トレミィ:「……あっ」
トレミィの顔が一瞬で引きつる。そっとエディの方に視線を向けると、案の定、彼はグラスを置いてじろりと睨んでいた。
エディ:「おい、食い逃げはもうやめたんじゃなかったのか?」
トレミィ:「いきなりいい子ちゃんにはなれません。」
トレミィは笑ってごまかすが、エディは呆れたようにため息をつく。
エディ:「なんじゃそりゃ……」
それでも、彼の口元にはどこか嬉しそうな笑みが浮かんでいた。
──賑やかで、ちょっぴりトラブルメーカーな新しい相棒。
これからの冒険は、どうやら退屈とは無縁になりそうだ。
終わり
ハイリワード 春夏かなた @mon-ty
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