第7話
午後の光がブラインドの隙間から差し込み、机の上の書類を淡く照らしていた。
ダニエルは椅子に深く腰を沈め、ここまでの経緯を紙に書き出していく。
――不審のある転落死。
――西ドイツとの貿易。
――傷顔の大男。
――刑事、マコーミー。
大男は「約束」を口にしていた。それは誰と交わしたのか。
マコーミーは、その名を聞いた途端、明らかに動揺した。
ろくに捜査されなかった現場。山積みの貿易書類。
窓の高さからして、自力で飛び降りるには足を掛ける必要があるが、その跡はなかった。
事実を並べた先に、ひとつの空白が残った。
――ジョン・ハインズの顔が、見えてこない。
几帳面な活字体の手紙以外、彼を形作る証言も、写真もない。
トマスを呼び出して話を聞く案も浮かんだが、ダニエルは首を振った。別の筋を探る。
机の端に置かれたメモに目をやる。貿易書類から控えた取引先の番号。
受話器を取ると、ダイヤルの回転音が小さく鳴った。
三度の呼び出し音のあと、やや低い男の声が応答した。
「はい、こちらルドルフ商会アメリカ法人部です」
わずかにドイツ語訛りが残る英語だ。
「突然すまない。私は、貴社と取引のあったジョン・ハインズ氏の縁者から依頼を受けた者だが……」
「ハインズ氏の急逝には驚きました」
「彼の印象を聞かせてほしい。どんな人物だった?」
「落ち着いた方でした。体格は大きく……そう、でっぷりしていて。几帳面な性格で、決済が遅れたことは一度もありませんでした。保険もすべて手配済みで、安心して取引できました」
「保険? 生命保険のことか?」
「いえ、海上保険です。輸送中の事故に備えるもので、十分な内容で掛けておられましたから、こちらが気を遣う必要はありませんでした」
「つまり、保険全般に通じていたと?」
「商売は契約と信用です。それを理解していたハインズ氏は、非常に好ましい取引相手でした」
「何を扱っていた?」
「アメリカ製の農機具です。ドイツでは戦争で工場が軍需に転用され、連合軍の爆撃も受けましたから、戦後から今日まで需要が途切れません」
「機を見るに敏で、几帳面……まさにビジネスマンの手本だな」
「ええ。本当に残念です」
「商売敵はいなかったのか?」
「特には……あ、そうそう。甥だか誰かが、しょっちゅう金の無心をして困っていたと聞きました」
ダニエルの手が、メモの端で止まる。
「……貴重な話をありがとう」
「いえ。もしハインズ氏に代わる方がいらっしゃれば、ぜひご紹介を」
受話器を置くと、事務所の中は再び静まり返った。
ブラインドの隙間から射す光が、机の上の紙の端を焼くように照らしていた。
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