第6話

 所轄の警察署は、相変わらず古いレンガの匂いと、煮詰まったコーヒーの香りが混じった空気で満ちていた。

 カウンターの奥から、ひときわ大柄な男が歩み寄ってくる。第二次大戦以来の友人、ジョセフ・ウィンストン刑事だ。

「よう、ダニエルじゃないか! ついに公僕に転職する決心がついたのか?」

「生憎、その時期はまだ来ていないらしい」

 軽く肩をぶつけ合いながら、ダニエルは本題に入った。

「ところで、一年ほど前に“自殺”した実業家――ジョン・ハインズって名前に心当たりは?」

「俺は知らんな……区画はどこだ?」

「ビジネス街の三十番通り。六階建てのビルだ」

 ジョセフは顎を引いてうなずき、カウンター越しに何事かを同僚に耳打ちした。

「少し当たってみる。そこらで待ってろ」

 ダニエルは待合椅子に腰を下ろし、壁の掲示板に貼られた指名手配書を眺めていた。五分ほど経った頃、戻ってきたのはジョセフではなく、見知らぬ刑事だった。

 やせぎすで、背広の肩が合っていない。目は笑っていない。

「マコーミーだ。この件からは手を引くべきだ」

 ダニエルは一拍置いて、無表情のまま口を開いた。

「さっきも同じことを言われた。傷顔の大男にな。……まさか、あれは君の部下の巡査じゃないだろうな?」

 その瞬間、マコーミーの目がわずかに揺れた。

「……だ、誰だその男は。とにかく、この件に関わっても君には何の得もない。いつもの浮気調査や失せ犬探しに戻ることを勧める」

「随分と親切じゃないか。さっきは、死因を選ばされるところだったぜ」

「……だから、何だその話は!」

 ダニエルは椅子からゆっくり立ち上がり、淡々と告げた。

「ここまででわかったことを共有しておこう。ジョン・ハインズの“自殺”を詮索すると、不利益を被る人間が――警察の内にも外にもいる」

「貴様……いい加減にしないと――」

「安心しろ。親友の顔を潰すような真似はしない。今日はここまでだ」

 マコーミーは何か言いかけたが、ダニエルはすでに背を向けていた。

 署の外に出ると、湿った夏の風が頬をなでる。背後のドアの閉まる音が、やけに重く響いた。

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