第3章 選別という言葉

 日常に戻ったある日、建物の玄関であの日最初に駆け寄ってくれた精神科の先生とばったり出会った。

「あの時は、本当にすごい勢いで倒れたので心配したんですよ」

 その一言に、あの瞬間の映像が頭の中に蘇る。真っ白になった視界、何の抵抗もできずに地面へと叩きつけられる——その結果が“無傷”だったという事実が、改めて自分でも不思議に思えた。


 COVID-19にかかったときもそうだった。

 兄が高熱と後遺症で苦しんでいる中、私は二日で熱が下がり、アニメを見ながら待機期間を過ごした。

 そして遮断機の直撃でも、頭蓋骨も脳も、骨の一本すら傷つけずに歩いて帰ってきた。


 これらは単なる偶然の積み重ねなのか。それとも——何か理由があるのか。


 そんな疑問を抱えたまま、私はその夜、いつものようにYouTubeを流していた。音楽やニュースを気まぐれに選んでいたはずが、気がつけばサムネイルに見覚えのない単語が目に入った。


「アクァッホ」


 どこかで見たことがあるような、不思議な響き。興味本位でクリックすると、合成の男性の声で淡々と語り始めた。

 2014年に2ちゃんねるに立ったスレッド「地球とか人類の謎を異星人から教わった話」。

 それは高次元の宇宙人アクァッホについてまとめた動画だった。

 火星文明の滅亡、地球への移住、そして人類への遺伝子介入——その物語は、あまりにも突飛で、同時にどこか現実に触れているような感覚を伴っていた。


 アクァッホたちは、自分たちの星を再生させるための労働力を育てようとしていた。

 地球の人類は、アクァッホの未来のために進化させる系統を残し、次世代へ知識を受け渡すための「選別」が行われていたのかもしれない。

 この動画を見たとき、私は自分の目の前の日常と、この遠い星の物語が奇妙に重なって見えた。

 私が世話をしている実験用マウスたちも、実は遺伝子組み換えという「介入」を「選別」を経て生きている。

 繁殖して生まれた子どもたちは、まず遺伝子検査(ジェノタイピング)を受ける。

 そこから、必要な遺伝子を持つ子だけが次の段階、つまり実験対象として残される。

 それ以外の子たちは……そこでその命を終える。

 私は何度かその検査や過程を見学させてもらい、その必要性や科学的な理由も教えてもらった。

 それでも、「選ぶ」という行為がもたらす重さは、日常の中でずっと心のどこかに沈殿している。


 もしかしたら、選ぶ者と選ばれる者という構図は、時代も場所も、さらには星すらも越えて繰り返されているのかもしれない。

 私の目の前でも、選別は淡々と進められている。

 生まれたばかりの子マウスたちは、小さな箱に移され、尻尾の先からほんの少し組織を採られる。そのサンプルは遺伝子解析のためにラボへ送られ、やがて結果が戻ってくる。

 紙一枚に記された記号と数字だけで、その子の「運命」が決まる。

 必要な遺伝子を持っていれば、実験対象として残る。持っていなければ、別の道が待っている――その道の先がどんなものであれ、決定は覆らない。


 私は何度かその現場を見学したことがある。

 作業は正確で、手際もよく、迷いがない。

 そこには「良い」も「悪い」もない。ただ「必要」か「不要」か、それだけだ。


 動画の音声はこう語る。

 母船に乗せてた地球人達の教育はしていたらしく、アクァッホ達からすればとても寿命が短い人類の教育は大変であったらしい。

 生命のサイクルを繰り返してときおり増え過ぎながらも船の中で種を存続させて、子孫に知識を伝えてる人類を見て、アクァッホは彼らを地上に下ろして技術を伝えさせれば人類は一気に発展し火星再生計画早まるんじゃないかと。そして、この人類を地上に下ろすことになった。

 アクァッホ──それは、何度も人類の進化の分岐点に姿を現してきたのかもしれない。

 自然淘汰、偶然の変異、環境適応。私たちが“科学”として理解してきたものの背後に、もう一つの選別の視線が潜んでいたとしたら。

 その痕跡は、私たち自身のゲノムに刻まれている。

 ネアンデルタール人。彼らはクロマニョン人との競合に敗れたと説明されてきた。しかし、近年の研究ではネアンデルタール由来の遺伝子が、COVID-19に対する脆弱性として働くことが明らかになっている。

 つまり、彼らは完全に滅んだのではなく、その「影」は私たちの体内に生きている。

 そして、その影が現代のパンデミックに再び牙を剥いたのだ。

 これは単なる偶然の残滓なのか。

 あるいは──「介入」の延長なのか。

 アクァッホは、いつの時代も“選別”の場に立ち会ってきたのだろう。

 ネアンデルタール人を滅ぼしたものの、今もなお人類の進化に手を加え続けているのかもしれない。


 陰謀論めいた考えが頭をよぎる中、動画からはまだ淡々と音声が流れていた。

 アクァッホと彼らが介入した人類たちは、紀元前5000年頃になると高度な知能と兵器を用いて地球を一度滅亡の道を辿った。その時アクァッホは一部の人類や生物を母船に乗せて退避をした。この話しはまるでノアの箱舟のようでもある。

 紀元前4000年、母船にいた人類が地上に降りてきた時にアクァッホは自分たちの知識を与えたそうだ。

 多分、この地上に降りてきたのが後の世のシュメール人なのだろうか。そして、これが神話に残る「アヌンナキ」の伝承なのかもしれない。

 アクァッホが介入した人類の中で数学に秀でたマヤ人たちは、アクァッホに誘われて母船へと乗り込み宇宙へと旅立ったという。

 マヤの遺跡からは黄金のスペースシャトルのような形をしたものがオーパーツとして発見されている。

 そういえば、日本にも少し似たような昔話があった。

 千年以上も昔に成立したと言われている「竹取物語」は、宇宙から降り立った使者が、地球に残し成長した姫を月へと連れ帰るという身近で有名な話だ。

 さらに昭和の名作漫画「バビル二世」。

 地球に不時着した異星人バビルが地球人と交わり、異星の高度な技術を継ぐにふさわしい子孫を待ち続け、やがて生まれた少年「浩一」がバビル二世として同じ能力を持つ子孫ヨミと戦うSF作品だ。

 浩一は、バビルの遺構で100日間の「教育」を受け、その能力を開花させていく。

 作者の横山光輝はアヌンナキの伝承をモチーフにしたのだろうか。それとも作者本人の中に眠る記憶が描かせたものだろうか。


 私は半分笑いながらも、妙な寒気を覚えていた。

 馬鹿げているのに、記憶の断片が一本の糸でつながっていく感覚がある。火星文明、神々の降臨、月へ帰る姫、異星人の血を引き教育を受ける少年、そして選ばれた人間。

 気づけば、遮断機事件の「ありえなさ」と、COVIDでの軽症が、頭の中で静かに結びついていった。 


 そして──

 人類は今も選ばれ続けているのかもしれない。



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 ここに綴った中には、動画や掲示板のアーカイブをもとに、私自身の想像を織り混ぜた部分もある。

 だが――それを“ただの想像”だと、あなたは断言できるだろうか?




◆参考文献・引用元


・『竹取物語』

 日本最古の物語文学。成立は10世紀前後とされる。各種現代語訳および国立国会図書館デジタルコレクション参照。


・横山光輝『バビル二世』

 週刊少年チャンピオン(秋田書店)1968年〜1971年連載。単行本・文庫版あり。


・「アクァッホに人類の起源を聞いてきた」スレッド(2ちゃんねるVIP板/2000年代初頭)

・まとめサイト「不思議.net」

 https://world-fusigi.net/archives/7508842.html


・アーカイブwiki「時空のおっさん@まとめ」

 https://w.atwiki.jp/jikuunoossan/pages/63.html


・個人ブログ「オカルトまとめ」

 https://jin-oki.com/world-9/


・Zeberg, H., & Pääbo, S. (2020). The major genetic risk factor for severe COVID-19 is inherited from Neanderthals. Nature, 587(7835), 610–612. https://doi.org/10.1038/s41586-020-2818-3


・Green, R. E., Krause, J., Briggs, A. W., et al. (2010). A draft sequence of the Neandertal genome. Science, 328(5979), 710–722.


・小林快次 (2019). 『人類進化の700万年史』 講談社現代新書.


・Diamond, J. (1997). Guns, Germs, and Steel: The Fates of Human Societies. W. W. Norton & Company.


・厚生労働省 新型コロナウイルス感染症(COVID-19)関連情報

https://www.mhlw.go.jp/stf/seisakunitsuite/bunya/0000164708_00001.html

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遺伝子に書き込まれた選別の歴史 明星 志 @akegatanohoshi

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