第三話 波乱の酒場

「ぐおー……ぐおー……ふがっ!?」


 顔の真ん前で、何かがパンっと破裂した音に反応して目を覚ますと、鼻の周りが若干べとべとしていた。どうやら、見事な鼻提灯が出来ていたみたいだな。


「あーよく寝た。さてと、毎朝恒例の骨磨き……って夜じゃないか~い!!」


 ルンルン気分でカーテンを開けたら、綺麗な夜空が広がっていた。まるで一つ一つの星が、ちりばめられた宝石のようだ。見ていたら、時間が一瞬にして溶けていくぐらい、綺麗だ。


 やはり、星空にはロマンがあるな。もちろん星空だけじゃないぞ! 晴天、曇天、雨、雪……空にはそれ以外にも、色々な顔がある。それを眺めるのは、めっちゃ楽しいぜ?


「参ったなぁ。変な時間に起きちまった。二度寝でも……ん? なんか騒がしいな」


 近くで、言い争いをしているような声が聞こえてくる。声質的に、男と女が争っているみたいだが……。


「これは、美女を救ってお近づきになるチャンス! 今、会いに行きますっ!!」


 急いで宿を飛び出し、騒ぎの聞こえる方に向かうと、そこにあったのは、小さな酒場だった。


「てめえ、パーティに入るのを考えなおしたいって、どういうことだ!」


「そのままの意味よ。あたし、もっとあんたたちは強いと思っていたのに、てんで駄目じゃないの。一回依頼を行っただけでわかるわ」


 店の窓からひょっこり覗いてみると、顔を真っ赤にさせたベクターと、不機嫌そうなニーファが言い争いをしていた。


 話の内容からして……うまくいかなかったな! へへっ、ベクターめ! ざまぁみろっての!


「チームワークはバラバラ、魔物の対処も力任せ、依頼人にも粗暴な態度……こんなので、よくS級になれたわね。信じられないわ。今ならまだギャグと言われた方が、しっくりくるわ。それとも誰かのコネ?」


 うんうん、そうなんだよな。あいつらってそういう奴なんだよ。

 確かにS級ではあるけど、その中でもあいつらは、お世辞にも強いかと聞かれるとな……他のS級パーティの方が強い気がする。


 それにしても、ニーファがずばずば言ってくれるおかげで、俺の心が浄化されていく。あ、成仏はしないからな! 俺は目的を達成するまで、成仏はしないから!


 ……まあ、それは置いておいて。このまま喧嘩させたら、店の迷惑になるよな? でも、俺が仲裁に入るのは、明らかに拗れそうだし……ん?


「あ、あの……ほかのおきゃくさまの、ごめいわくっ、になりましゅので……その……」


 なんだあの可愛い生き物は!? 酒場の主人の娘か!? プルプル震えながらも、店のためにとめに行く健気さ……ああ、俺が守ってあげたい!


「ああ、ごめんなさい。お店に迷惑をかけるつもりは……」


「うるせえ! 他に客なんて、ほとんどいねえだろうが! そんなこともわかんねえのかよ!」


 なんとベクターは、幼い女の子に向かって、テーブルを蹴り上げて、料理を彼女の周りにぶちまけた。


「あ……ま、ままがつくった……ごはん……うっ、ぐすっ……うえええええん……」


「なっ……!? だ、大丈夫? よしよし、泣かないで」


「うるせえガキだな! 今すぐ黙らないと、永遠に黙らせんぞ!」


 ベクターは、いつも使っている大きな棍棒で、しくしく泣いている女の子と、それを慰めるニーファに攻撃しようとすると、母親と思わしき女性が駆け寄って、女の子を抱きしめた。


 おそらく、この酒場で働いている女性だろう。ポニーテールがとてもよく似合う美女だ。


「う、うちに娘が申し訳ございません! お許しください!」


「あ~? お客様は神様ってのを知らねえのか? 神様にたてついたからには、どうなるかわかってんだろ? あ?」


「私はどうなっても構いませんから、この子だけは……!」


「……あんた、最っ低! 頭は悪そうとは思ってたけど、ここまでバカとは思ってもなかったわ! もういい、さっきは考えるって言ったけど、こんなパーティなんてお断りよ! あんたみたいなクズに声をかけただなんて、あたしの人生で最大の汚点だわ!」


「はぁ!? 勝手に決めてんじゃねえぞクソ女が!!」


「はいはい、ちょっとオイタがすぎるぜ、ベクターさんよ」


 一触即発の空気になる中、俺はこの状況を見かねて、ベクターとニーファの間に割って入った。


「あっ? お前、追いついたのかよ。てっきり魔物の餌になってるかと思ったぜ」


「誰がお前の思い通りになるかってんだ」


 いつもなら軽口に乗ってやるんだが、あんな胸糞悪いものを見せられたせいで、気分は最悪なんだよな。


「ちょ、あんた……急に出てきて、一体なんなの?」


「ここは俺に任せて、そこの親子と他の客を、安全なところに頼む」


「な、なによっ! あたしに命令しないでよねっ! みんな、騒ぎを起こしちゃってごめんなさい。あたしがあのバカから守るから、一緒に逃げましょう」


 口では悪態をつきながらも、ニーファは素直に親子と数人の客を連れて、酒場の外に避難する。


 なんだかんだで、ニーファは優しい女性なんだな。悲しむ女の子をあやしていたし、素直に謝っていたし。俺と会った時も、俺のことを助けてくれたし。良い女だぜ……ますます一緒に組みたくなってきた。


「ベクターさんよ。お前は人間として、男として最低なことをした。本当に救いようのねえ奴だ」


「スケルトンの分際で、俺様に説教とは、随分と偉くなったものだな?」


「今のお前の口は、汚い言葉を吐くよりも、するべきことがある」


 俺は、一瞬でベクターの懐に入ると、胸ぐらを掴んで、そのまま地面に叩きつけた。そこには、ベクターがぶちまけた食事が落ちている。


「は、はやっ……!?」


「ほら、食え」


「食えって、ふざけんな! こんなの食えるかよ!」


「舐めたこと言ってんじゃねえよ。食えることが、どれだけありがたいことか、わかってやがんのか!?」


「知るかよ、そんなもの!」


 ベクターは逆切れしながら、俺の拘束から力ずくで抜け出すと、俺の頭蓋骨をわしづかみにしてきた。

 そして、開いている手で、お得意の炎魔法の準備をしていた。


「このまま、粉々にしてやるぜ……!」


「どうやら、お前には人間として大切なことすらわからないみたいだな。あと、もう一つ……男としての、鉄の掟もわからないみたいだな」


「んなの知るか! 今の状況をわかってんのか!?」


「どんな状況だろうが、言わないと気が済まねえんだよ。いいか、男として生まれたからには……女を泣かせんじゃねえ!!」


 俺が吠えた瞬間、まるで弾き飛ばされるかのように、ベクターは窓から外に飛んで行った。


「ごほっごほっ……なんだ今の!? 一体何をしやがった!?」


「説明なんてする必要は無い。お前に出来ることは、食べ物を粗末にしたことへの反省と弁償。そして、ニーファとあの親子への謝罪だ」


「謝罪だぁ……? どうしてS級パーティのリーダーである俺様が、雑魚共に謝罪なんて――」


「しないなら、こっちにも考えがあるわよ」


 外に避難させていたニーファは、太い尻尾でベクターを巻き上げると、そのまま力を入れ始めた。


「ぐあああああ!? つ、潰れるううううう!」


「それが嫌なら、彼女たちに謝罪することね」


「くそおおおおおおおお!! わ、悪かった―!!!!」


「それが謝る人間の態度? あんまり舐めない方がいいわよ。あたしは気が短いから、これがラストチャンスよ」


「ぎにゅおおおおおお!? も、もうしわけありませんでしたぁぁぁぁぁ!!」


「よろしい。金輪際このようなことをしないように」


 ニーファのきつい攻撃から解放されたベクターは、仲間と共に脱兎のように逃げていった。


 いやぁ、あんだけ偉そうにして、俺のことを追放までしたベクターが、あんな泣きべそかきながら謝罪をするなんて、気持ちよすぎるって!


 まあ、欲を言わせてもらえるなら、俺の手であいつに謝らせたかったけど、ここはニーファに花を持たせたってことで一つ。


「ニーファ、大丈夫か?」


「ええ」


「それならよかったぜ。ああ、よければハンカチ使う? 尻尾、あんな連中を捕まえて、汚れただろ?」


「気が利くのね。なら遠慮なく使わせてもらうわ」


 おっ、これはナイスコミュニケーションだったのでは!? この調子で仲良くなっていけば、一緒にパーティを組んで、ゆくゆくは素敵な俺の……なーんてな、ガハハ!


 あっ、そうだ。このハンカチは、しばらく洗わないでおかないとな。


「あ、あの……」


「あら、さっきのお嬢ちゃんと、お母さんじゃない。騒ぎを起こしちゃって、悪かったわね……」


「いえいえ。娘と店を守ってくださり、ありがとうございました!! このご恩は忘れません!」


「ありがとう、しっぽのおねえちゃんと、ホネホネ!」


「どういたしまして。ケガがなくて良かったぜ」


 へへっ、あんなバカたちのせいで、美女たちが悲しい思いをしなくて本当に良かった。


 それにしても……ホネホネ……可愛くて良いな……覚えてもらいやすいし、名前変更もありか……?


「……いや、待てよ? ホネホネって……やべぇ!」


 寝起きで少し寝ぼけていたことに加えて、何があったか急いで見に来たから、またフードを被らないでウロウロしちまった!


 マズいぞ……騒ぎを聞きつけてやってきた村の人たちに、バッチリ見られている! なんて言い訳をすれば……。

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