かみさまの下

ねこねこひびき

かみさまの下

「家出をしよう。」

高校2年に進級した私はそう決めた。家出なんてしても結局家に帰らなければならない、家出なんてしてもまわりは変えられない。賢い私は重々その事実を理解していた。だが家出をするのだ。私服にスクールバッグという違和感感じる格好で玄関の扉を開け、学校と反対方向へ向かう電車に乗る。臓器といっても過言でないくらいには愛用しているイヤホンを血栓のように耳に差し込みお気に入りの音楽を聴きながら電車に揺られる。家出するにあたって特に準備はしてきていない。スクールバッグの中身はほとんど学校へ行くものと変わらない。結末がわかりきっている私にとって家出に準備は必要ない。厭世的なのかメタ認知しすぎなのか、それとも厨二病か。いづれにせよ私は家出をしなければならなかった。大衆について行き知らない乗り換えで知らない地方へ行く。終点で降りるというのは安直すぎると思い終点の一つ前の駅で降りる。親からのメッセージは全てミュートにし世界で1人のシュレディンガーの私となる。本当になにもない土地だなと少し落胆しながら道なりに住宅街を歩く。歩く、歩く、歩く。気づかぬ間に夕方となり家に帰ってくる住民たちを横目に見ながら子どもの笑い声を消し去るために音楽の音量を上げる。この子たちは幸せなのか、誰かに観測された人生を過ごしているのかと恨めしく感じたまたまいた少年に話しかけようとする。突如イヤホンが耳から落ちた、血が溢れてくるかのような錯覚。少年はイヤホンも私も観測せず目的の家に帰っていく。私はいったいなにをしたかったのだろうか。賢い私は考えることをやめたかった。考えたら死ぬ、死ぬ、死ぬ。観測という行為は死の恐怖と常に隣合わせなのだ。そそくさとその場を離れたら学校が目についた。私が通っているわけもない知らない学校。不法侵入だとわかっている上で敷地内に入る。桜の木が目につく。そういえば桜の下で皆幸せそうな、こっ恥ずかしそうな顔をしていたなと忘れたい思い出が蘇る。私は桜の木の下で認められることはなかった、そしてこれからもない。賢い私は理解していた。さらにいうとその賢い私は今1番適解といえる行動を選び取る。スクールバッグの中からポーチを取り出しちゃかちゃかとうるさく鳴る錠剤たちを手のひらいっぱいに出す。いつ買ったのか分からないリンゴジュースのペットボトルの蓋を開ける。甘い液体の味を舌の上で楽しみながら錠剤たちを口の中に放り込み今度は楽しむこともなく舌から喉に運び胃に堕とす。桜の木の下に座り込みぐわぐわと歪むこの世界からさよならするために目を閉じあとは甘いリンゴジュースの後味だけを感じながら体に身を任せる。来世は桜の木になり私を幸せにしたい。賢い私は私により桜の木が色づいたと理解しこの世界に中指を立てながら暗転。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

かみさまの下 ねこねこひびき @hibik1

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ