第40話 理念の衝突

 広間に二つの軍勢が向かい合った。

 一方は九条カイトの統制された兵士たち。胸には一語――『秩序』が刻まれている。

 もう一方は藤堂蓮の兵士たち。『抗え』『忘れるな』『記録を守れ』と、バラバラの言葉を刻んで輝いていた。


 沈黙の後、二人の声が重なる。


「――進め!」


 号令と同時に、二つの軍勢が激突した。


 槍と槍がぶつかり、剣と盾が火花を散らす。

 音なき戦場に、光と影の軌跡だけが交差する。


 カイトの兵士は一糸乱れぬ陣形を保ち、規律正しく前進する。

 槍の突撃も矢の射撃も、すべて計算された動き。


「見えるか? “秩序”の力だ。個の迷いを捨て、価値ある記録だけを束ねれば、無駄はない」

 カイトの冷徹な声が響く。


 蓮は血で濡れたカードを握りしめ、膝を震わせながらも笑った。

「無駄じゃないんだよ。全部の声があるからこそ、図書館は生きてる!」


 兵士たちはバラバラに見えても、それぞれが独自の判断で影を押し返していく。

 陣形は乱雑。だが、そこには多様な力の重なりがあった。


 リィナは二人の戦いを見つめ、青い瞳を細めた。

「……理念そのものが軍勢を形作っている……」


 肩の上のパピルスが身を震わせる。

「うわぁ……これ、戦いっていうより討論だよね。でも物理でぶつかってるから余計に怖い!」


 戦場が揺れる。

 秩序の兵士が隊列を組み替え、一斉に突撃。

 蓮の兵士たちが次々と弾き飛ばされる。


「見ろ。選別された力は純度が高い。だからこそ強い」

 カイトは眼鏡を押し上げ、冷ややかに言った。


 蓮は地に倒れた兵士の胸に輝く『忘れるな』の文字を見つめた。

 弱々しくても、まだ消えていない。


「……いや、違う!」

 蓮はカードを叩きつけ、震える手で文字を刻む。


『立て』


 光が走り、倒れた兵士が再び立ち上がる。


「無駄だ。立ち上がっても、また選別される」


「それでもいい! 何度だって立ち上がるのが“全部の声”なんだ!」


 秩序の軍勢と雑多な軍勢がぶつかり合う。

 均衡が崩れそうで、しかし完全にはどちらも折れない。


 リィナは唇を噛み、青い瞳を揺らした。

「……どちらが正しいのか……私には、まだ……」


 パピルスが小さく呟く。

「リィナさん……」


 戦場の中央で、蓮とカイトが同時にカードを掲げた。

 光が迸り、それぞれの言葉が刻まれた兵士が前へと進む。


 赤と青の輝きが交錯し、広間が大きく揺れた。


 二人の声が再び重なる。


「すべての記録を残す!」

「価値あるものだけを残す!」


 理念と理念が衝突し、広間に亀裂が走った。


 瓦礫が降り注ぎ、本棚が崩れる。

 だが二人は止まらない。


「俺は……愚かでもいい! 全部守る!」

「私は……無駄を許さない! 選別こそ未来を繋ぐ!」


 光と光がぶつかり合い、爆ぜる。

 兵士たちが次々と倒れ、立ち上がり、再びぶつかり合う。


 ――決着はまだつかない。


 広間の奥で、眠っていた別の書架が低く唸りを上げた。

 次なる影の脅威が、二人の戦いを見守るかのように動き出していた。

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