第39話 ライバル候補の登場
黒い通路を抜けた先は、静まり返った閲覧ホールだった。
沈黙の書架を越えてきたはずなのに、ここにはわずかな音が戻っている。
遠くでページがめくれるような響きが、微かに耳に届いた。
「……ここは……?」
蓮は肩で息をしながら周囲を見渡した。
「“記録の交差区”だ」リィナが低く告げる。
「複数の管理者候補が導かれる区画……」
その言葉に蓮は眉をひそめた。
「複数って……俺以外にもいるってことか?」
その時、広間の奥から足音が響いた。
音がある――ここでは声と存在がまだ保たれているのだ。
現れたのは、一人の青年だった。
漆黒の外套をまとい、銀縁の眼鏡をかけた知的な雰囲気。
その手には、蓮のものと同じ“索引カード”が握られている。
青年は蓮たちを見据え、冷静な声を発した。
「やはり……他にもいたか。管理者候補」
その声音には焦りも迷いもなかった。
ただ事実を確認するような響き。
蓮は思わず軽口を叩く。
「おお、新キャラ登場ってわけか。……で、そっちも残業仲間?」
「残業……?」青年は小さく首を傾げ、すぐに表情を戻した。
「私は九条カイト。おそらく君と同じく、この図書館に“選ばれた”人間だ」
「カイト……」蓮は息を呑む。
リィナが鋭い眼差しで彼を睨んだ。
「……聞いたことがある。数年前に“消息を絶った候補者”……お前か」
カイトは微かに笑みを浮かべた。
「消息不明、か。……まあ、そう呼ばれても仕方ないだろう」
パピルスが蓮の肩でひそひそ声を出す。
「なんか……冷静すぎない? この人、絶対腹に何かあるよ」
「だよな……」蓮も小声で答えた。
だがカイトの耳には届いていたようで、彼は静かに続けた。
「私がここで学んだのは一つだ。
――すべての記録を残す必要はない。
“選別”し、価値あるものだけを未来に残すべきだ」
その言葉に、蓮の胸がざわついた。
「……何だって?」蓮は思わず一歩踏み出した。
「記録は全部残すもんだろ! どんな小さな声でも!」
カイトの瞳が冷ややかに光る。
「愚かだな。人は忘れることで前に進む。
過去をすべて残せば、未来は重みに押し潰されるだけだ」
「忘れるのは自然なことだろ。でも、俺たちは“抗うため”にここにいるんじゃないのか!」
二人の声がぶつかり合う。
リィナは無言で二人を見つめ、青い瞳を細めた。
その視線には複雑な色が宿っている――まるで、かつて自分もその選択を迫られたことがあるかのように。
沈黙の中、カイトが索引カードを掲げた。
光が走り、幻影の兵士が現れる。
その布陣は蓮のものよりも整然としていて、洗練されていた。
「私のやり方を見せてやろう。
――“選別された声”は、より強靭になる」
兵士の胸には統一された文字が刻まれていた。
“秩序”――ただ一語。
その軍勢は規律正しく並び、わずかな揺らぎもない。
蓮はカードを握りしめ、肩で息をした。
「……面白ぇ。なら俺は“全部”守ってやる!」
床にカードを叩きつけ、血で文字を描く。
『抗え』
『忘れるな』
『記録を守れ』
バラバラな言葉が刻まれた兵士が次々と現れる。
統一感はない。だが、その目は一つ一つが輝いていた。
広間に二つの軍勢が並び立つ。
一方は徹底した秩序。
一方は雑多で不揃いだが、それぞれが強い意志を持つ。
リィナが小さく呟いた。
「……二つの理念の衝突。これは避けられない」
パピルスがひらひらと宙を舞い、言った。
「うわー……これ完全にライバルフラグだよ。熱いバトル展開じゃん!」
蓮とカイトが同時にカードを掲げた。
――記録はすべて残すべきか。
――選別すべきか。
二人の意志がぶつかる戦いが、今始まろうとしていた。
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