第24話 深淵の記録庫・核心戦

 深淵の記録庫は揺れていた。

 倒れた本棚から黒いページが吹雪のように舞い、空間全体が鳴動する。

 巨影の赤い瞳が一斉に光り、胸から腹にかけて裂けた口がさらに広がった。


――忘れろ。

――名も声も、記録すらも、ここで終わる。


 その囁きはもはや声ではなかった。

 地鳴りのような振動となり、蓮の胸を直撃する。

 視界が揺れ、膝が折れそうになる。


「ぐっ……! これまでと比べ物にならない……!」


 兵士たちも次々と掻き消されていく。

 声を持つはずの軍勢が、存在を抹消されるように光となり消滅した。


「蓮!」リィナが叫んだ。

「奴は“核心”を開いた。……深淵の力そのものだ!」


「核心……って、つまり……」

「本気だ」

「おいおい、今までのはウォーミングアップかよ……」


 軽口を吐いたが、唇から血が零れた。


 巨影が腕を振るうたびに、本棚が崩れ、本が白紙に変わっていく。

 ページが破れ落ちるたび、誰かの人生や声が消えるのが伝わってきた。


「……やめろ……! それ以上は喰わせない!」


 蓮はカードを掲げ、震える指で文字を刻む。


『立て。名を示せ』


 兵士が現れるが、巨影の胸の口が開いた瞬間、一斉に掻き消えた。


「そんな……!」


 蓮の胸に激痛が走り、視界が赤に染まる。

 喉から血が込み上げ、膝から崩れ落ちた。


「蓮!」リィナが駆け寄り、彼の腕を支える。

 青い瞳が揺れ、必死に彼を引き戻そうとしている。


「声を失うな! お前が沈めば、私も影に堕ちる!」


「……俺、やっぱり……ブラック残業で死ぬのかも……」

 弱い笑いを浮かべた。


 リィナは唇を噛み、声を震わせた。

「愚か者……! 死ぬなら、最後まで抗って死ね!」


 その言葉に、蓮の胸で炎が揺らいだ。

 彼は血で濡れたカードを握り直し、必死に声を絞り出す。


「……俺は藤堂蓮だ! 忘れない! 忘れさせない!」


 光が再び爆ぜ、兵士たちが立ち上がる。

 だが今度はリィナも声を重ねた。


「私はリィナ! 司書として、この記録を守る!」


 二人の声が共鳴し、兵士たちの胸に二人の言葉が刻まれた。


――我らは二人の意志。

――忘却に抗う刃。


 兵士の咆哮が広間を震わせ、巨影の動きをわずかに止める。


「……効いてる!」蓮が叫んだ。


 だが巨影は赤い瞳をさらに輝かせた。

 胸の口が縦に裂け、空間そのものを呑み込もうと広がっていく。


――抗っても無駄だ。

――お前たちの声も、ここで終わる。


 闇が押し寄せ、蓮とリィナを飲み込もうと迫った。


「まだだ……!」蓮は血を吐きながら叫ぶ。

「俺たちの声は、ここで終わらない!」


 二人が同時に光を掲げた瞬間、広間全体が閃光に包まれた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る