お祓い(2)


「……うん、やはり耐えられなんだ」


ナンリが少し残念そうな声で言って、マキアは大股に歩いて彼の隣に立つ。


「いや、十分だろう。依頼者に言い訳が立つ。ありがとう」

「……あっ」


そうだ、首飾り壊れるかもしれないと。

あわてて見に行くと、台の上の首飾りは思っていたより壊れていなかった。確かにいくつか宝石が割れていたが、原形はある。


「念の為使役霊は出したんだが……見えていたのか」

「ああ、前のときははっきり分からなかったが、今日は……完全に視えた」

「うむ、精進しているようだ。ちなみになんだった」

「……鬼、というやつか?」

「正解だ」


ナンリがぽんぽんとマキアの頭を軽く叩く。


「お前もそのうち使うようになる。むしろ陰陽師の本分であるしな、心せよ」

「分かりました」


2人の会話はさっぱりで、ビクトルはおいてけぼりだが、レクチャーだと思えば部外者はこっちだ。


「っと、すまない。ビクトル、付き合わせた」

「いやー……すげー……」


よく分からないが、ともかくただごとでないのは分かる。

以前マキアが似たこと(だろうか?)をしたときも思ったが、今のはさらに圧巻だった。じん、と胸が震えている。

マキアはビクトルをじっと眺めてから、ナンリを見た。

ナンリは笑っている。


「くく、聞いた以上に面白い。まあ、これにて一件落着だ」

「……少しこいつを構わないといけないんだが……」

「ああ、休憩でいいだろう。急ぐこともなかろうて」

「茶を淹れて来る。ふたりは応接間に行ってくれ」


なんだかわからないうちに応接間に通された。

ナンリはさっきまでの雰囲気とはガラリと違って、また昨日会った時の静かな気配になっている。


「ビクトル君は剣を扱うのか」

「あ、そうっす。衛兵なんで、訓練はしている」

「ほう、ちなみに、師匠などはいるのか?」

「……この人っていうのはいないっすね。カイメの衛兵は、剣術はベイデア式っていう、昔の剣聖って呼ばれた人が教えたっていう……」


ひとしきり喋っていると、マキアがお茶を持って現れた。


「……どうぞ」

「お!?なんだこれ」


出されたカップの中身は緑色だった。


「緑茶っていう。東洋のお茶だから、味は慣れないかも……」

「……すげー!」

「……心配はいらないみたいだな」


一口飲んだが、不思議な味わいだ。

少し苦い気がするが、すっと清涼感があって、後味は尾を引かない。口の中がスッキリする。


「あ、しまった、これ差し入れと思って持ってきたんだった」


荷物から袋を取り出す。

マキアが皿を持ってきて、そこに3つ置いた。丸い柔らかめの生地に、砂糖がまぶしてある。

ナンリが身を乗り出した。


「ん?油条か?」

「ゆじょう?」

「違ったか。もしやここの食べ物か」

「ドーナツっていうんだが、もしかして東にも同じのあるんすか?」

「麺麭……パン、だったか、それを油で揚げたのじゃなかったか?」

「近いっすね」

「クサナギ……俺の国にはないが、遠いレイという国に似たものがあった。広く庶民に食されている菓子だ」

「へえ、レイって確かすごい大国じゃなかったっけか」

「ああ、巨大な国だな。けれど、世界広しとはいえ、人間が考えることはそう変わらんのだな。東の真ん中と、西の端で似たものがあるとは」

「美味しいものをいろいろ考えたら、似ちまうのか」

「ふうん」


マキアは無感動だ。食事にこだわりがないとは聞いたが、本当に興味がないようだ。

けれど、興味津々のナンリのほうが食べられなかった。

動物から採ったものが材料になっていると、口にできないらしい。


「ありがとう。気持ちはうれしい」


両手を合わせる不思議な礼をされた。向こうでは一般的に食事のときや、ナンリのような術士がする感謝の印だという。


「本当に東洋って不思議っすね」

「うん、こっちからすればこちらが不思議だから、あいこのようなものだろうな」

「なるほどー」

「この国から東に行くと、だんだんと文化が混ざってそれはそれで面白い。東西に似たところもあれば、全然違うのもある。不思議なものだよ」

「へえ、たまに不思議な格好の商人がこの街にも来るが、そっから来るのかな」

「だろうな、例えば――」


ナンリの話は面白かった。聞けばずっと旅をしているという。ナンリのような術士はみんなそうなのかと思ったら、彼が珍しいようだった。


「この国に初めて来たのは10年近く前……だな。マキアと会ったのもな」

「……ああ」

「そんな昔から知り合いだったのか」

「ああ、縁があったのだろうな。ともかく、俺は修行で大陸じゅうを回っている。山があるところがいいが、なくてもかまわない」

「山?」

「もともと俺……修験者の修行は山で行われている。身一つで岩壁を登り、谷を渡り、頂に上がる。神霊……信仰がそこにあると言われていてな」


「ええと、神殿がいう神のような……」

「難しいが、近いものだろうな。そこでいろいろ考え、悩み事などを自分で結論を出す。心身を研鑽する。まあずっと自問自答するようなものだ」

「へえ……それが、さっきみたいな念?を消すこともできるようになるんすか」

「そうだな、その過程でできるようになる、という感覚的なものに近い。どちらかというと……そういうのが得意なのはこっちだ」

「……そうらしい」


ナンリに指をさされたマキアは頷いた。


「へえ、違いってそういうことなのか、専門っていうか」

「ああ。まだ、俺はひよこに殻がついているようなものだが」

「え?そうなのか!?」

「……その、驚くのはなんだ。さっきの見てただろう、あれに比べたら俺のは」

「素人に分かるかよー」

「道理だな。俺も陰陽道の真髄など分かる前にやめたからな。だが、国の奴らは確かに祓いについてはとんでもない」

「そんなになんすね」

「マキアはまだ基本の、しかも初手を覚えている最中だ。本当は……」


ナンリは店のほうの扉を見た。


「国のやつらに言わせればとんでもないめちゃくちゃなことをさせている。出来るからと言って術を軽々しく扱うなど、俺が首引っ掴まれて滝に落とされる」


遠い目をしているので、本当にやってはいけないことだったのだろう。

滝、というのは東の独特の言い回しだろうか。意味は分かるが。


「だから、おおっぴらには言えない。君にもそこのところ、重々にお願いしたい」

「……う、うっす」

「だが、それだけマキアには才能がある」


カップを置き、ナンリは腕を組んだ。


「普通なら数多ある理論を理解し体感してからやっと出来ることを、マキアは最初から体得している」

「え?そんなにすごいんっすか」

「ああ、そうなった理由というのはあるが、特殊な場合だ。似た話はレイでも聞いたが……」

「ナンリ」

「……すまんな、口が滑ったか」


マキアはいつもの眠たげな目で、表情は薄い。

だが、ナンリに対しては今までそんな表情は見たことがない。ナンリは苦笑した。


「そう身構えるな。悪かった。ともかく、本当なら国に連れていきたいくらいだが」

「それは断ったはずだ」

「だが、一時的な修行くらいは考えてみないか」


真剣に、ナンリは言った。


「お前なら5年、いや3年で一人前になれる。道に進めとは言わぬ、あくまでひと通り修めればいい。お前のためでもある」

「……」


マキアは頑なだった。


(東洋に行くのか?)


ナンリは強く勧めているが、マキアは気が乗らないようだ。

事情がわからないビクトルが口を挟んでいいわけがないだろう。

けれど、不安だった。東洋は遠い。3年と言ったが、もし、マキアの気が変わってずっと行ったきりだったりしたら。


「……俺にはこの店がある」


マキアの強い言葉に、ハッとした。


「だから、行けない」

「……まあ、そう言うのだろう、今のお前なら」


ナンリは苦笑している。


「だが、俺も言い続ける。今回はここまでにしておこう。次回も同じことを言うがな」

「……」

「つまらん話をしたな。ビクトル君、何もマキアを取っていこうというのではないから、心配するな」

「……、……はっ!?」


心を見透かされた!?

マキアは訝しげだ。


「なんのことだ」

「あっ、いや、俺じゃなく………ペチカちゃんにそういうことは言ってくれ、なっ?」

「……?」

「はっはっは、まあそうだな、大事な店主をとるのは彼女にも悪い」

「……はあ、だから行かないって」

「今はな。まあ時期というものがあるしな」


みょうに確信めいた顔で、ナンリは締めくくった。




次の日復帰すると、ラインハルテがビクトルに石を投げた件がだいぶ大ごとになっていた。

ラインハルテは謹慎と降格。扱いは新人以下になる。

本人はほんの近くに飛ばしてびっくりさせようと思っていただけだと言い、おそらく間違いなく彼女はそれだけで、他意はないと少なくとも同じ隊の全員思っていた。だが、なぜ石、尖ったやつ。

そして規則は規則。


「……ごめん、ほんとうにごめん。もう、言い訳はしない……」


だいぶ上から絞られたのか、謹慎中のラインハルテはメソメソ泣きながら、面会に来たビクトルの前で自主的に正座をした。


「……反省したならそれでいい。お前は本当に思いつきとか自重とか、軽率とか、そこらはめちゃくちゃだからな、分かっただろ」

「はい……」

「……俺と隊長で、どうにか降格はならないようにする」

「え?」

「ペナルティは何か別になるだろうが、降格よりマシだろう。お前みたいなのでも、街で待ってる人がいるしな」


いつも明るくて美人となると、かなり人気なのだ。

いつものようにすぐさまわーい!と飛び跳ねることもなく、ぼうっとビクトルを見あげているから、本当に反省したのだろう。今度こそ懲りてくれればいいが。


「怪我、大丈夫……?」

「今さらか。おかげさまでな!」


それにいつもならビクトルは気づいて避けていた気もする。ぼうっとしすぎていたということは言わない代わりに、ラインハルテの頭にグリグリと力いっぱい拳を押し付けた。


「いたいいたい」

「そりゃよかった。あと、子爵夫人の首飾り、なんとかなったぞ」

「え……ええ!?」

「マキアが言ってた人が来てて、処置してくれた。形は残ってるから返却するそうだ。そのうちお前にも連絡あるんじゃないか」

「よ……よかった……」


べたりと床に這いつくばるラインハルテは、どうやら立て続けの大きな失敗でだいぶナーバスらしい。

この分だと、しばらくは大人しいだろう。そう思いたい。

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