『いつか見た夢』
「……ごめんなさい。やっぱり、ゼルさんには答えられません」
「…そっか。うん、当たり前だ」
「っでも!でも……」
声が止まる。どう言ったらいいか、悩んでいるように思える。
確かにその約束は、俺たちには出来ない約束だ。出来たとしても、叶うかも分からない。鎖になるのは目に見えている。
「…ね、レイくん」
「なん、ですか?」
「ちゃんとご飯食べて、ちゃんと眠って……元気に過ごしてね」
「……当たり、前じゃないですか。それはゼルさんもです…っ」
「ふふ、そうだね。……確かにそうだ」
この関係も、もう終わる。どれだけ足掻いても、どれだけ惜しんでも──もう、遅い。
あぁ、最後に、会いたかった。会って名前を呼びたかった。
願うなら君に、ちゃんと伝えたかった。
「…愛してるよ、レイくん。これからも、ずっと」
「──っ。はい、愛してます…!」
通話が切れる。もう少しで時間が迫る。
……きっとこれは、淡い夢。きっとそれは、罪。
そんな大罪を抱えた俺は、戦場で死ぬのが相応しい。
『……はい、じゃあ皆さんどうもこんばんは〜、レイディアです!』
『今日はいつもみたいに歌、歌っていこうかな』
『…じゃあ聴いてください。
──“時間切れの愛”。
君の声に ただ 首を振った
それだけのはずなのに
何もかもを失ってしまった気がするんだ
選ばなかった未来が
ずっと 僕を見つめてる
あの時 踏み出せていたら
きっと 君の隣に いたんだろうか
だけど 怖かった
君を失うのが 怖かった
──だから僕は、自分から手を離した
時間切れの愛だったね
何もかもが遅すぎた
覚悟も 勇気も 優しさも
全部 あの朝には 間に合わなかった
「待ってて」って言われたのに
待たせることさえ 出来なかった
僕は あの戦場に立つ君を
見送ることしか できなかった
ラジオの前で 声を出して
歌うたびに 君が遠くなる
“もういない”って わかってるのに
歌えば 君に会える気がして
だけど どんなに想っても
君は もう 二度と帰らない』
『…ごめんなさい』
涙交じりの声が、小さく聞こえる。レイディアはまるで、誰かを想っているかのように、懺悔のような言葉を吐いた。
『貴方の手を取らなかったのは、………なのに』
『全部を捨てる勇気が、なかったから』
『──待ってます、ずっと』
深く、息を吸う。全てを飲み込むようなその呼吸に、誰しもが息を呑んだ。
『時間切れの愛だったよ
選べなかった僕が 君を殺した
そう思ってしまう夜がある
ごめんね、ごめんね
──ずっと、言えなかった
…もしも生まれ変わっても
僕はきっと また“いいえ”を選ぶ
君が生きられるなら、それでいい
それだけが 僕にできた 最期の愛』
戦争が始まって数年後。帝国側は不利な状況にも関わらず、共和国に対して勝利を収めた。
しかしながら、その犠牲は決して少なくはなく、終戦の日から順番に、ラジオでは犠牲となった人々の名前が一人ずつ読み上げられた。
『──それでは、本日も勇敢なる戦士たちに哀悼の意を捧げよ』
レイは、その声に顔を上げる。
毎日、毎日。一人も聞き逃すことなく耳を傾けてきたが──それも今日が最後の日だった。
順番に、名前が呼ばれていく。
しかしそれでも──アゼルの名は無かった。
『──以上で、勇敢なる戦士たちは全てである。彼らに敬意を表し──黙祷!』
その言葉に、レイは即座に反応できなかった。
黙祷を捧げないのは、非国民かもしれない。でも、今──。
「……ゼルさんは、死んでない……?」
実際に言葉にすると、呆気なくて。けれど、その事実に心から安堵した。
もう交わらない人生かもしれない。もう二度と、会う事はないかもしれない。
それでも──愛した人の幸せぐらい、願っていたかった。
…その時、玄関から呼び鈴が鳴る。おおよそ宅配だろうと思って、何も考えずに出た、その瞬間。
「……えっ」
「あー…えっと、久しぶり、なのかな?」
とても居心地悪そうに笑っているゼルさんが、そこには居た。幻かと思った。願いすぎて夢を見てしまったのだと思った。
ので、即座に頬をつねる。うん、めちゃくちゃ痛かった。
「…なんで、ここに?」
「うん?レイくんを迎えに」
「──え?だって、ちゃんと断った…」
「…ふふ、知ってた?軍隊の寮ってさ、ラジオあるんだよ」
「……?それが何で……。……あっ」
そういえば。ゼルさんの誘いを断って、何週間か経った放送の時。珍しくちょっと…お酒飲んでたから、ついぽろっと言ってしまった記憶だけがある。
なんだっけ、あの時なんて……。
『……言わなきゃよかったなぁ。ほんとは嬉しかったのに…なんで断っちゃったんだろ……』
「〜〜〜〜っ今すぐ忘れて下さいっ!」
「え?やだ。でも、あの日絶対めちゃくちゃ飲んでたよね?普段ザルなのに珍しいなって思ったからさ」
「解析しないで良いんですってば!」
──あぁ、その笑い方。記憶の中と全く変わらない。
泣きたくなんてないのに、でも、帰ってきた事がどうしようもなく嬉しかったから。
「……っえ、いや、泣かないで!?俺が悪いみたいになっちゃうじゃん!」
「わるいでしょ、最初からゼルさんは」
「いやっ…まぁ確かにそうだけどさ」
それでもそっと、ゼルさんは抱きしめてくれる。上から聞こえる困惑の声に、思わず笑みを溢した。
ちら、と上を覗き見る。暖かな橙色。……その色に、恋をした。
そう、今でも、愛している。
「……ねぇ、レイくん。俺と一緒に生きてくれる?」
「──っはい、喜んで…!」
快晴に映える、綺麗な橙。
いつの日かに見た夢が、こんな形で叶うなんて──思っても見なかったのだった。
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