時間切れの愛
蒼空花
第一話『レイディアという配信者』
『……はいっ!じゃあどうも皆さんこんばんは〜、レイディアです!』
その声に、揺蕩っていた意識が浮上する。
柔らかく、透き通っていて。けれどそれでいて、芯のある声──
『今日はね、皆といっぱいお話できたらな〜って思ってます』
『少しだけでも、心が軽くなりますように。……それじゃ、始めていこっか?』
荒れ切った世界に零れ落ちた、一粒の光。
けれどそれは、俺にとって、“罪”の象徴だった。
『しかし最近、きな臭いですなぁ。隣国との仲も悪化しつつある今、陛下のこの行動は悪手としか言えないのではないでしょうか?』
『ですが、これしか打つ手がなかったというのも事実なのです。私たちは──』
ブチッ、と言葉の途中でラジオを止める。再び始まった政治評論家のその言葉に、俺は思わずため息を吐いた。
そんな俺の行動を見た妻は、軽く苦笑いをする。俺が途中でラジオを止めるのは、いつもの事と言えばいつもの事。だがこれ以外に、聞くものが今はないというのも現実だった。
「……ほんっとに何も無いよなぁ」
「仕方ないんじゃありません?こんな世の中ですし……」
「まぁ確かに……」
そう呟く俺たちの間には、今朝方届いた新聞があった。
タイトルは──“共和国、遂に帝国へ宣戦布告か!?”である。
正直、こちら帝国側は分が悪いだろう。何せ共和国は、様々な国に伝手を持つ、大国と言っても過言では無い国だからだ。
「…とはいえ、どうしようもないよなぁ」
「そうですね…祈るぐらいしか出来ませんから…」
はぁー、と二人揃ってため息をつく。そうしてなんとなく、壁に掛かっているカレンダーを見た時、その曜日に気が付いた。
「…あれ?今日って木曜日?」
「そうですよ?どうかしましたか?」
「……いや、なんでも無いよ」
そうか、そっか。今日は木曜日なのか。
じゃあ今日は──レイディアの、歌配信の日だ。
そう気付いた俺は、先程よりかは幾らかマシな気持ちで、今日という日を生き延びる決心をしたのだった。
階段を登って、自室に戻る。今日のこの時間だけは、家族とではなくラジオの前で過ごすと決めていた。
カチ、カチと周波数を合わせる。『173』、それがレイディアの配信の周波数で。
そうして暫くの間、耳を澄ませていると徐々に穏やかな曲が流れ始めた。
それと同時に通る、透き通った声。
『……はい!じゃあどうも皆さんこんばんは〜。レイディアです』
『週の後半、少し疲れてない?そんな皆に、今日は歌を届けます』
『誰か一人でも救われたらな〜なんて……ね?』
今日の配信タイトルは、“灯火ノウタ”。レイディアらしい、飾り気のない言葉だった。
ラジオの向こうで、ギターの音が小さく響く。どうやら今日は、弾き語りをしてくれるらしい。
『皆の為に今日は新曲をね、書いてきたので』
『…じゃあ聴いて下さい。
──“遠き日を、夢と呼ばずに”。
瓦礫の隙間に 芽吹いた緑
僕らの時間は まだ続いてる
焼けた景色に 差す陽のように
かすかでも あたたかい光を信じた
何も変わらないようにと
同じ道を歩いたけれど
隣にいた君の影は もう
風にほどけてしまった
遠き日を 夢と呼ばずに
胸の奥に しまってあるんだ
忘れることも 美化することもせずに
「あの日のまま」 残してるよ
雨上がり 土のにおい
君が笑った 夏の匂い
それだけで 世界があたたかくて
何もかも守れる気がした
時が経てば 優しくなると
誰かが言ってたけど
僕にはまだ その言葉を
信じきれずにいるんだ
遠き日を 忘れられたなら
僕はもう少し 楽に生きられるかな
だけどそれは 僕じゃなくなる気がして
今もずっと 抱きしめてる──』
ギターの音色が、少しだけ下がる。小さく息を吸ったレイディアは、囁くようにこう言った。
『あの頃は、風の音さえ、音楽に聴こえたんだよ』
『君の声が、すべての“日常”だった』
『……ねぇ、そっちは今、どんな空?』
音が上がる。冷めた熱が、徐々に集まっていく。
最後のメロディーを完成させる為に、レイディアは言葉を紡いだ。
『──遠き日を 夢と呼ばずに
ありのままで ここに置いておくよ
誰にも見えない 記憶の中の君が
僕を今日も 生かしてくれる』
音の音が止む。小さく息を吐く音が聞こえる。レイディアには届かないと知っていても、思わず俺は拍手をした。
レイディアの曲は、優しい旋律で、でもどこか儚げで。時折明るい曲を歌ってくれる事もあるが、大抵はそう言った悲しげな曲ばかりだった。
『…じゃあね、今日はここまでにしましょうか』
『明日世界が、静かでありますように』
『……おやすみなさい。レイディアでした』
ぷつり、と静かに音が切れる。糸が切れるように、繋がりが切れるように。暫しの間の幸せは、ゆっくりと終わりを告げた。
俺はそっと伸びをする。時間も真夜中で、明日に備えて寝ようと思ったその時、小さく携帯が鳴った。
それに惹かれるように画面を開くと、そこには“レイ・ヴァルナ”の文字。
──今週の休み、会えますか?
そう短く書かれた文面には先程のレイディアの面影がある。それに了承の返事を返して、俺はベットに寝転がった。
レイディア──本名、レイ・ヴァルナ。
俺の大切な後輩であって、親友であって。それでいて──
──俺の、“心に秘めた想い人”だった。
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