天国と地獄の狭間でロックンロール

涼風紫音

天国と地獄の狭間でロックンロール

「ヘーイ、お前ら! 待ってたかなー? 今日もお仕事頑張っちゃうよー」


 背中の白い大きな羽をパタパタさせて舞い降りる者がいた。


 虹色に染め上げられた長い髪にサングラスをかけている姿のそれを見て、天使だと思う者はいないだろう。


 とげとげスパイクの肩の意匠が印象的な切り詰めた黒のレザージャケット、ダメージジーンズのホットパンツ、内には真ん中に舌を出した髑髏が大きくあしらわれたショートTシャツ。

 へそも出せば足も出す。やたら派手でごついギターを抱えたおよそ神の使いとは思えない、あられもないというよりもどこかのロックのライブステージに出てきそうな恰好。


 だがしかしそれはたしかに天使だった。背中の翼と頭の上の光輪だけが辛うじてそれだと示している。 


「今日は何人やっちゃえばいいのかなー?」


 ハイテンションのハイトーンボイスが響き渡り、ジャーンとギターを大きく鳴らす。いまにもソロで演奏を始めそうな天使の名はクラリスという。今日初めてこの仕事を始める新米天使だ。


 そしてクラリスの前には何人もの、天国にも地獄にもいけない魂たちがいた。

 ここは煉獄。生前の罪の重さによってどちらに行くか決まる魂判定システムの中で、「どちらともいえない」という中途半端な魂が留まる場所。

 ここは魂を選別し、だいたいは地獄へ落とし、たまに天国へ送る天界システムの仕分け工場なのだった。


 クラリスはその魂を地獄に落とすか天国に上げるか決める仕事に着任した。大多数の平凡な人間の死後=魂の行先に重大な役割を担っている。恰好はアレなのだが、そういうことになっている。


 ジャジャーン。再びギターをかき鳴らし、クラリスが指さした一人目の魂。


「はい君。一番小さな罪は何かなー?」


 善行も悪行も大してない者だからこそこの煉獄にいるわけで、魂が天国と地獄のどちら行きになるかは、小さな行為にかかっている。


「は……はい。誰にも確認せず、唐揚げにレモンをかけました……」


 その魂は、思いつく限り一番小さな罪を申告する。


「それは全然ギルティだねぇ。まごうことなきギルティ。はい、地獄決定ー」


 おもむろにリボルバー拳銃を取り出すとその魂にむけてズドン。撃ち抜かれた魂はボロボロになって地獄へと落ちていく。


「次。そっちの君ー。一番小さな罪はー?」


 虹色の髪をぶんぶん振り回して頭をシェイクして今度はエアギター。罪の申告を聞き逃すわけにはいかないので、形だけというやつである。


「お、お辞儀ハンコをしました……」


 小さく呟く魂。目の前で別の魂が地獄に落ちたばかりとあって、いかにも自信が無さそうに答える。


「おー、それはなかなか。でも、ギリギリギルティだねー」

「な…なぜですか!?」


 地獄行きが決まった魂は僅かな抵抗を試みる。クラリスとしては説明責任というものがあるので最低限回答せねばならない。


「ハンコの角度で文句付けるとか、書式・形式が整っているのに他人にストレスかけちゃってたでしょ。うん。やっぱりギリギリギルティだねー」


 ズドン。またこうして一つの魂が地獄に落ちた。


「ハイ次ー。じゃあそっちの君はー?」


 ここにいる魂の中で少しだけ大きなサイズの魂をギターのネックを向けて指名する。心なしか背中の羽は楽しそうにまたパタパタしだした。


「メールを送った後に、その、いちいち全部電話で確認しました……。これは罪なんでしょうか?」


 おそるおそる疑問形で答える魂。緊張しているのか、ぷるぷると震えている。


「ギリギリでもないねー、ギルティ―だねー。それなら電話で話せばいいじゃん」


 からから笑ってまたズドン。魂は痙攣した様子でほろほろその形を崩して、地獄へ落ちていく。


「もうちょっとこう、ギリギリ攻めてくれないとさー。つまんないんだよねー」


 今度はたっぷり三分間はギターソロ。人間技ではない超絶技巧の速弾きをギターをぶん回しながら聞かせてから次の魂を選ぶ。


「君はどうかなー?」


 魂の一群の中で一番小さい魂。実際に幼かったのか肝が小さいだけなのか、はたまた背が低いのか、魂のサイズは身体と比例はしないのだが、そういう雰囲気を漂わせている。


「……無言フォロー失礼しますと書いちゃいました……」


 クラリスは腹を抱えて盛大に笑い出す。何がおかしいのかちっともわからない魂は、天国行きか地獄行きかがかかっているので気が気ではない。


「それはー……、ギリギリNGだねー」

「NG……? 駄目……ですか……?」


 また説明責任が訪れる。クラリスの判断一つで決まるのだから、説明しないわけにはいかない。


「ノンノンノン、ギリギリNG……つまりギリギリ・ノット・ギルティ!」


 何がギリギリなのかわからないが、とにかくギルティではなかったということで安心した魂が生き生きとした脈動を打ち始める。


「というわけで、天国行きおめでとー」


 クラリスが叫ぶと天から光が射し、その魂は上っていく。クラリスは心を込めた変則奏法と変拍子の組み合わせで、これまた人間では生み出すことのできない複雑なメロディーを奏でてそれを見送った。


「じゃあ、今日の仕事は次で終わりにしようかなー」


 魂の昇天を見届けたクラリスは、また一つの魂を選ぶ。

 目の前でこの日初めて天に上った魂が出たことで、魂たちはざわざわと騒ぎ始めていた。


「私は……マナー講師を……」


 魂が言い終わる前にリボルバーでズドン。抗弁する間もなくその魂は地獄へと落ちていった。


「そんなものギリギリ以前に、パーフェクトギルティじゃん」


 こうしてこの日最後の魂の選別を終えたクラリスは、残る魂たちに向けて「また明日来るから、お前ら待ってろよー」と陽気な挨拶を決めて飛び立っていった。


 魂たちは、明日クラリスが再訪する前にライブステージでも用意すれば多少は天国へ行ける確率が上がるだろうかと、無駄な努力に過ぎない相談を始めたのだった。

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