Episode.35 聖樹の導きと試練の囁き


戦場を満たす轟音と閃光の中――ネルフィの意識だけが、ふっと静寂に包まれた。

時間が止まったように、仲間たちの声も、瘴気を裂く衝撃音も、まるで遠い夢のように霞んでいく。


そのときだった。

胸の奥に淡い翠光がともり、心臓の鼓動と重なるように、静かで力強い声が響いた。


『……エリュナの娘よ。心を鎮め、聖樹の鼓動を聴け。汝が進むべき道は、力の先ではなく、共鳴の中にある』




(……ソルシエル? あなたなの?)


『試練は戦うことではない。心を重ね、想いを通わせよ。大聖樹は命の総和――お前たちが感じ、願い、繋ぐ“想い”そのものが、瘴気を浄化する光となる』




「……心の共鳴……」


ネルフィは息を吸い、震える指先で魔導銃を握り直した。

すると銃身に刻まれた古代文字が次々に浮かび上がり、淡い緑光が彼女の手を包み込む。

銃が鼓動している――まるで意思を持ち、彼女の心に応えているかのように。


『エリュナもまた、この声を聴いた。だが彼女は――力に縋り、孤独に堕ちた。ゆえに、継ぐ者よ。汝は心で繋げ。力ではなく、絆で導け』




(母さん……あなたも、ここで……?)


胸の奥が熱くなる。

母、エリュナ・アウルディーン。

彼女がこの精霊と、同じ光の声を聴いていたのだとしたら――自分は確かに、母の道を継ぐ者なのだ。


「……わかった。母さんのようにはならない。私は、一人じゃない」


ネルフィは銃を掲げ、仲間たちに叫んだ。

「全員、聖樹とリンクを! 魔力を流して――“共鳴”して!」


アイリスが即座に反応し、指先で端末を走らせる。

「聖樹の波長データ、解析完了! 全員、共振パターンに合わせて!」


オラクルの虹色の瞳が光り、仲間たちの装備と魔力回路に緑の紋様が走った。

《共鳴率上昇――聖樹同調開始》


フェンリルの体表に銀と翠の紋章が浮かび、低く唸ると、その咆哮が空気そのものを震わせる。

榊の刃には雷と風が絡み合い、翠色の稲光を放った。

アカとシロが背を合わせ、矢を番える。

「赤翼、装填完了!」

「白矢、照準合わせる!」

二人の声が重なった瞬間、赤と白の光矢が交差し、純白の流星となって瘴気を撃ち抜いた。


リュシェルは胸に手を当て、深く息を吸う。

「……聖樹よ、我らの声を――」

歌が放たれた。

その旋律は聖域の空気を震わせ、瘴気の波を押し返すほどに澄み渡っていく。

彼女の歌声と共に、周囲の光が呼応し、まるで大聖樹自体が応えるように輝いた。


「これが……聖樹の加護……!」

リュシェルの瞳が見開かれる。


ネルフィは息を吐き、再び銃を構えた。

「そうよ――これは力じゃない。“想い”を繋いだ結果!」


彼女の号令と共に、仲間たちの魔力が共鳴し合う。

その光はやがて一点に集まり、戦場全体を包み込むように広がった。

瘴気の影は焼かれ、裂かれ、祈りと希望の波動に溶かされていく。


『そうだ――それが“心の共鳴”。エリュナの娘よ、その光こそが、お前たちの真なる力だ』




ソルシエルの声が再び響く。

その言葉に、ネルフィは静かに頷いた。

彼女の瞳には恐れではなく、確信が宿っていた。


「みんな……行こう。これは“試練”じゃない。私たちが、この国を守るための第一歩よ!」


その瞬間、聖樹の内部がまばゆい光で満たされる。

樹木が息を吹き返し、緑の光脈が瘴気を押し返していく。

戦場が、闇を退けた希望の色に染まる中――ネルフィの胸には、確かな“導き”の鼓動があった。


それは、母が遺した記憶と、精霊が託した未来を繋ぐ光の始まりだった。



「――今だ、浄化陣、全展開!」

ネルフィの声が響いた瞬間、床一面に緻密な錬金陣が光を放った。

円環が幾重にも重なり、中心から走る無数の魔力線が大聖樹の内部全域に拡がっていく。

淡い翠光が波紋のように広がり、足元に蠢く瘴気の獣たちを包み込んだ。


「《起動――光素変換》!」

ネルフィの指が走ると同時に、陣の中心から白銀の光が噴き上がった。

それはまるで聖なる滝のように天へと立ち昇り、瘴気の獣の身体をひとつ、またひとつと崩壊させていく。


「ガアアアアアアッ!」

フェンリルが咆哮を上げ、青白い魔導炎を吐いた。

その炎は浄化陣と共鳴し、炎と光の波が重なって巨大な衝撃となる。

燃え盛る翠炎が空間を包み込み、一瞬にして闇を押し返した。


リュシェルが両手を胸に当て、透き通るような声で詠唱を始める。

「《聖歌術――暁の祈り》!」

旋律が広がる。

その歌声は空気を震わせ、光陣と共に脈動する。

フェンリルの背の紋章が輝き、榊の雷がそれに呼応して走る。

光と音、炎と雷が交わり――戦場そのものが神聖な儀式の舞台へと変貌していった。


しかし、崩れ落ちる影の奥――何かが動いた。

地を揺らす重低音と共に、黒い樹液のような液体が渦を巻き始める。

やがてそれは一つの巨大な形を取り、現れた。


それは――《瘴樹獣ヴァルゴート》。

体長十メートルを超える巨獣。

枝のような角が頭部から生え、全身を瘴気の核で覆われた異形。

その足が地を踏みしめるたびに、床が悲鳴を上げてひび割れた。


「来たか……本命だな」

レオンが紅蓮の炎を纏いながら剣を構えた。

ヴァルゴートの赤い瞳が彼らを捉えると同時に、濃密な瘴気が奔流のように押し寄せた。


「ネルフィ、どうする!? あれ、普通の攻撃じゃ通らねぇ!」

ゼルダンが影に身を溶かしながら叫ぶ。


しかしネルフィは一歩も退かず、微かに笑みを浮かべた。

「――だからこそ、“共鳴”するの。私たちの想いを、一つにして!」


その声に、仲間たちの心が一瞬で同調した。

足元の錬金陣が再び輝き出し、円環が重なって立体化していく。

幾千もの符号が宙を舞い、全員の魔力が中心に吸い寄せられた。


「錬金式――《光導環陣(アウルディーン・サークル)》!」


翠光の輪が爆ぜ、仲間たちの力が一つの光線へと収束していく。

レオンの炎が紅蓮の核を形成し、榊の雷がそこに閃光を走らせる。

リュシェルの聖歌が光の律動を与え、アルスの刃がそれを研ぎ澄ます。

アカとシロの双弓が紅と白の矢を重ね、フェンリルの咆哮が全てを束ねた。


ネルフィの銃口が中心に据えられ、その全てのエネルギーが彼女のもとへ流れ込む。

翠・紅・白・雷・金――あらゆる光が混ざり合い、ひとつの白銀に収束していく。


(……ソルシエル、導いて)


『行け、エリュナの娘よ。お前の“選んだ未来”を示せ――』




ネルフィは息を呑み、引き金を引いた。


轟音。

閃光。

世界そのものが白に塗り潰される。


白銀の奔流が一直線に走り、ヴァルゴートの胸を貫いた。

瘴気が悲鳴を上げ、黒い樹皮が焼け落ちていく。

その断末魔は大地の咆哮のように響き渡り、巨獣は光の粒子となって崩れ去った。


静寂――。

戦場に残ったのは、淡い光と、再び蘇り始めた大聖樹の鼓動。


ネルフィは肩で息をしながら、銃を下ろした。

その耳に、またあの声が届く。


『これで一つ。だが、まだ全てではない。大聖樹の奥に――“真なる心臓”がある』




「……真なる心臓……?」


『そこに、母エリュナが最後に封じた“記憶”が眠っている。お前が進むべき次の道だ』




翠光がふっと消え、声も霧のように遠ざかる。

ネルフィはしばし沈黙し、そしてゆっくりと息を吐いた。


「行こう……。これが、母の残した“真の試練”だ」


誰もが頷いた。

フェンリルが低く咆哮を上げ、オラクルの光が新たな進路を照らす。

瘴気の消えた空間の奥に、淡く脈打つ光――それが次なる階層への扉だった。


ネルフィたちは再び歩き出す。

大聖樹の鼓動と、ソルシエルの導きに導かれながら――。


そして彼女たちの前に待つのは、母の記憶と、封じられし真実の領域――。

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追放天才少女は呪われ王子に溺愛される 〜 工房から始まる恋と革命〜 ことひら☆ @honohono5105

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