Episode.22 ― 赤牙壊滅戦
◆ 襲撃の夜 ◆
ミッドウェル街は、昼間の喧騒を失い、夜の帳がすっかり覆っていた。
復興の明かりがぽつぽつと灯るものの、まだ街全体に不安の影は濃い。
その闇を切り裂くように、石畳に不揃いな靴音が響いていく。
「へっへ……命令は簡単だ。あの小娘の工房をぶっ壊せってな」
「ギルドに潜り込ませた奴からの情報もバッチリだぜ。入口の鍵も、警備の死角もな」
赤布を首に巻いた赤牙(レッドファング)の連中が続々と集まり、路地を埋めていく。
二十、三十……その数は膨れあがり、工房の三階建てをぐるりと取り囲んだ。
夜気に浮かぶ刃の煌めきと、押し殺した笑い声。
その気配だけで、街角の空気は獣じみた緊張に包まれた。
――その頃、工房2号店の中。
明朝の開店に備え、仮契約を済ませたばかりのバイト候補たちが最後の準備に追われていた。
ティナは帳簿用の札を抱えて走り込み、勢い余って机にぶつかる。
「きゃっ!? ご、ごめんなさい!」
バルドが慌てて前に出て、分厚い体で衝撃を受け止める。
「だ、大丈夫……オレ、受け止める……!」
その声は震えていたが、仲間を守ろうとする意志が宿っていた。
ジークは窓の外の異様なざわめきに気付き、血の気を失いながら剣を抜く。
「まさか……もう、襲撃……!?」
ロザンナは冷静に壁際へ移動し、矢をつがえながら短く告げた。
「……来る」
その緊張の中で。
ナタリアがふっと口を開く。
「……ごめん。ここまでが、私の役目」
淡々とした声。
彼女の姿勢はまっすぐで、迷いはなかった。
続いてカリムも目を伏せ、低く吐き出す。
「情報はもう渡した。今さら抵抗しても無駄だ」
――その一言で、空気が凍りついた。
ティナが顔を引きつらせる。
「え……な、何を……言ってるの……?」
ジークは唇を噛み、剣を握りしめる手が震えた。
「嘘……だろ……? 仲間じゃ……なかったのか……!?」
バルドの拳が小刻みに震え、ロザンナの眉が険しく寄る。
ユリウスは苦々しく舌打ちし、リーは拳を鳴らして一歩前に出た。
その瞬間――
ガシャァンッ!
窓ガラスが割れ、赤布を巻いた赤牙のチンピラたちが雪崩れ込んでくる。
「かっははは! いい顔だな! 仲間に裏切られて泣きそうになってる!」
「金目のもん全部出せぇ! 女もガキも泣かせてやる!」
店内に怒号と笑い声が満ちる。
圧倒的な数。裏切り者。敵の刃。
――そのすべてが、アウルディーン工房2号店を絶望で覆った。
ティナは声を詰まらせ、バルドは必死に庇うように両手を広げる。
ジークは青ざめながらも必死に剣を構え、ロザンナは矢をつがえたまま瞳を細める。
「終わりだ……!」
赤牙の一人が叫び、仲間たちがどっと笑う。
――誰もが、そう思った。
信じた仲間が裏切り、数で押され、逃げ場はない。
その絶望のただ中で。
小さな影――ネルフィが、ゆっくりと前に出た。
湯気のように淡い魔力が、彼女の体を包み込む。
その背中は小さくも、確かに揺るがなかった。
◆◇◆◇
◆ ネルフィの一手 ◆
パチン――。
乾いた指の音が、工房の喧噪を断ち切った。
その瞬間、床一面に細かく刻まれた魔導の紋様が、青白い光を帯びて浮かび上がる。
紋様は絡み合い、やがて鎖のような光を伸ばし、赤牙の足首に巻き付いた。
「う、うわっ!? なんだこれ!」
「くそっ、足が動かねぇ!」
鎖はたちまち数十人の男たちを絡め取り、床に縫い止めていく。
暴れる腕も肩も、光の環に捕らわれ、力任せに抜け出そうとするほど締め付けは強くなる。
「なっ……!?」
混乱の声を上げたのは、赤牙だけではなかった。
ナタリアとカリム――二人の足元にも同じ鎖が絡みつき、その身体を動けなくしたのだ。
二人の表情に、初めて「驚愕」の色が浮かぶ。
「ど、どうして……!?」
「お、俺たちが裏切るのを……なぜ……!」
場の空気が凍り付く。
赤牙の連中は罵声を忘れ、仲間候補たちは息を呑み、ただネルフィを見た。
小さな背丈の少女が、ゆっくりと光の中央に歩み出る。
その足取りは迷いなく、視線は鋼の刃のように冷たく研ぎ澄まされていた。
ネルフィは静かに告げた。
「――悪いけど。最初から全部、読んでたの」
凍り付いた空気が、さらに張り詰める。
ティナが信じられないように口元を押さえ、ジークは剣を取り落としそうになった。
裏切り者たちは顔色を失い、赤牙のチンピラですら一瞬ひるむ。
ネルフィの声は低く、だがはっきりと響いた。
「ギルドマスターと話したときから、この“裏切り”は想定済み。
あなたたちがどう動くか、どの瞬間に裏切るか……最初からシナリオに組み込んでいたのよ」
驚愕に凍り付いたナタリアの顔に、彼女は一歩近づく。
「私がただ人を集めるだけだと思った? ――甘い」
ネルフィは小さな体をまっすぐに伸ばし、胸を張る。
その背中は、怯える仲間たちの視界に「確固たる希望」として映った。
「私を舐めた報い――ここで払ってもらう!」
その一言と同時に、床下の紋様がさらに光を強め、鎖が軋む音を響かせる。
赤牙の連中は絶叫し、裏切り者たちは顔を歪め、ティナたちはようやく理解した。
――最初から、ネルフィはすべてを見抜いていた。
彼女の手の中に、戦いの主導権はすでにある。
闇に巣食う裏切りと悪意は、この瞬間から一気に切り裂かれていくのだった。
◆◇◆◇
◆ 赤牙壊滅戦 ― 仲間たちの戦い ◆
床に刻まれた魔導紋章の光に縛られ、赤牙の連中は悪態を吐きながらも必死に足掻いていた。
「てめぇらぁ! こんな鎖、ぶっちぎれぇぇ!」
怒号と鉄の軋む音が響く。
ネルフィは仲間を振り返り、小さく息を吐いた。
「――任せる。これは工房の“初陣”だから」
レオンは隣で頷き、剣を抜かずに佇む。榊は一歩も動かず、ただ鋭い視線を戦場へと注いでいた。
---
「さぁて、暴れる時間だね!」
リーが一歩前に出ると、裸足が石畳を鳴らした瞬間、場の空気が一変した。
「虎爪拳(フーシャオチュエン)!」
両の指を鋭く曲げ、虎の爪のように振り下ろす。ガリッ! と音を立て、敵の鎧を易々と抉り裂き、男が絶叫とともに吹き飛ぶ。
別の男が槍を構えて突き出した。
リーは腰を沈めてすっとかわし、手のひらを逆に突き上げた。
「崩拳(ポウチュエン)ッ!」
肋骨に炸裂音が走り、槍ごと男が後方に叩きつけられた。
「次っ!」
背後から三人が同時に斬りかかる。リーは半歩旋回しながら身体をしならせる。
「旋風脚!」
足が風を巻き起こし、三人同時に宙へと舞い上がった。
「ぎゃああ!」
---
その合間を縫って、ボルトが叫ぶ。
「お、俺だって援護するからなぁぁぁっ!」
震える手でトリガーを引く。最初の弾はド派手に外れ、壁を爆破。
「わわっ!?」ユリウスが飛び退く。
「殺す気かボルトぉぉ!」
「ち、違う! 今のは牽制っ!」
必死に言い訳を叫びながら、二発目を撃つ。光弾が赤牙の斧を弾き飛ばし、敵がひっくり返る。
「ナイスッ! 今のは本当に狙ったのね!」リーが笑い、流れるように拳を繋げた。
「龍爪脚!」
爪を模した蹴りが胸をえぐり、敵は地を這う。
---
天井近くではマリウスのドローンがビームを散射。敵が怯んだ隙を、リーが突っ込んだ。
「象歩(シャンブー)!」
重心を落として大地を踏み抜き、敵の体勢を崩す。
そこへ――
「どっせぇぇぇ!」ボルトがド派手に光弾を撃ち込み、敵兵の集団ごと吹き飛ばした。
アイリスの声が響く。
「通信遮断、完了! 赤牙の増援は来ない!」
---
リーは最後の首領格と対峙する。巨体が棍棒を振り下ろす。
「ぶっ潰してやる、小娘ぇ!」
「小娘? 笑わせんな」
リーは拳を握りしめ、腰を落とす。
「――崩山拳(ポウシャンチュエン)ッ!」
大地を揺るがすような重拳が炸裂。首領の巨体は棍棒ごと吹き飛び、背後の壁に叩きつけられ、動かなくなった。
沈黙。
リーは額の汗を拭い、にやりと笑った。
「どうだい? これが、アタシの拳法だよ」
ネルフィは胸を押さえ、瞳を輝かせながら呟いた。
「……すごい……これが、工房の力……!」
レオンは静かに腕を組み、アルスは冷静に記録をまとめる。
榊は黙って戦いを見届け、その眼差しに確かな誇りを宿していた。
こうして――
工房の仲間たちは初陣に勝利し、赤牙を打ち倒したのだった。
◆◇◆◇
◆ 崩壊と鎮圧 ― 赤牙の終焉 ◆
夜のミッドウェル街。
赤牙(レッドファング)のチンピラどもは次々と膝をつき、呻き声を上げていた。
床に刻まれた魔導紋章の光はすでに弱まり、彼らを捕らえていた鎖は王国衛兵の手に渡っている。
「おい、そっちの縄をもっと強く締めろ!」
「暴れるな! もうお前たちに自由はない!」
鎧のきしむ音、鎖の打ち合う音が夜気に響き、赤牙の残党は無様に馬車へと押し込まれていく。
牙をむき続けてきた男たちも、もはやただの囚人。
かつて街を恐怖に陥れた彼らの威勢は消え去り、代わりに響くのは鎖の軋みと、敗北にまみれた呻き声だけだった。
集まっていた市民たちが、息を詰めてその光景を見ていた。
長く赤牙に悩まされ、奪われ、恐れを抱いてきた人々。
だが今、その姿は縛られ、権力の象徴である王国衛兵によって引き立てられている。
「……ほんとうに、終わったのか」
老婆が震える声で呟き、隣にいた子どもが目を輝かせる。
「すげぇ! 工房のみんながやっつけたんだ!」
瞬間、街にざわめきが広がり、次第に拍手が起こり始める。
最初は小さな音。だがやがてそれは波紋のように広がり、路地から、窓から、人々が次々に顔を出し、両手を叩いた。
ネルフィはその光景を見て、小さく息を吐いた。
「……これで、街は少しでも前に進める」
レオンが隣で頷き、剣を鞘に戻す。
「お前のおかげだ、ネルフィ。街はもう赤牙の影に怯えなくていい」
ユリウスは額の汗を拭ってにやりと笑い、リーは拳を肩に乗せて大きく息を吐く。
ボルトは膝を震わせながらも、「……やった、俺たち……勝ったんだな」と呟いた。
その全てを見届けるように、ギルドマスター・グラウスが衛兵の先頭から歩み寄ってきた。
「よくやった。……ここまで街を取り戻したのは、お前たちの力だ」
ネルフィは一瞬言葉を詰まらせ、だが胸を張って応える。
「いいえ。私たちだけじゃない。この街のみんなの想いが、私たちに力をくれたんです」
その言葉に、周囲の拍手はさらに大きくなった。
夜のミッドウェル街は、歓声と安堵の光に包まれていた。
――赤牙の終焉。
その瞬間、街はようやく“影の鎖”から解き放たれたのだった。
◆◇◆◇
◆ 邪魔者の到来 ― バルト侯爵家 ◆
「待ていッ!」
轟音のような怒声と共に、豪奢な馬車が石畳を叩きながら広場へ滑り込んだ。
黄金の紋章を彫り込んだ車体、過剰なまでの装飾に彩られたその姿は、まさに権威の象徴。
扉が乱暴に開かれると、金糸の外套をまとい、脂ぎった顔を紅潮させた肥えた男が姿を現した。
――ミッドウェル領主、バルト侯爵。
「何をしているッ! この街は我が領地! 王国の許可なき裁きなど、断じて認めぬわ!」
広場に響き渡る声。唾を飛ばしながら、彼は王国衛兵とギルドマスターを一瞥した。
その背後には、鎧を着込んだ侯爵私兵たちと、買収された一部の街の衛兵が控えていた。
グラウスが目を細め、衛兵たちに合図を送ろうとする。
だが侯爵はネルフィを真っ直ぐに指さし、怒りの火花を散らした。
「そして貴様! ネルフィとかいう小娘! 解雇された落ちこぼれ発明屋の分際で、領主権限を侵すとは何事だ!
身の程を知れ! 王国の秩序を乱す輩は、我が手で裁いてくれる!」
市民たちがざわめき、ネルフィの仲間たちも一歩前に出かける。
だがネルフィは小さな身体をまっすぐに立て、怯むことなく侯爵を見返した。
「……赤牙を庇うなんて、あなた自身が“領主としての終わり”を宣言しているのと同じよ」
静かな声。だがその響きには、揺るぎない確信が宿っていた。
侯爵の顔が怒りに染まり、次の瞬間、卑しい笑みへと歪む。
「ふん……愚か者め。貴様らごときが何を成したつもりか。私の背後には“組織”があるのだ。
黒鴉団! 蛇の環! そして帝国の御力! この三重の影が全戦力をもって貴様らを潰す!」
その叫びに広場の空気が凍りついた。
侯爵の背後で私兵たちが武器を構え、市民たちが恐怖に息を飲む。
だが――ネルフィの口元には、逆に小さな笑みが浮かんでいた。
「……なるほど。やっと“自分の口”で言ってくれたわね」
金色の瞳が、まるで氷の刃のように侯爵を射抜いた。
◆◇◆◇
◆ 同時刻 ― 大爆発 ◆
山岳地帯を切り裂く轟音。砦の石壁が爆炎に弾け飛び、黒鴉団の拠点は地鳴りを響かせて崩れ落ちていった。
夜空を赤と蒼に染め上げたのは――三体の遺産兵装。
――
――
――
だが、その最前線で号令を響かせていたのは――リルだった。
「全ユニット、右から回り込み! 砦を半包囲! 逃がすな!」
かつてネルフィに召喚された“守護の番犬”は、新たに授かった戦装束に身を包んでいた。
背に纏う魔導フレームが犬型から人型へと展開し、蒼白の光を放つ砲塔と装甲を生み出している。
リル専用に調整された《ハウンド・アーマメント》。俊敏さと破壊力を兼ね備えた“戦場の猟犬”。
黒鴉団の首領が血走った目で叫んだ。
「こんなクソ狼に負けるかよ! 殺れぇぇぇ!」
周囲の部下が殺到するが、リルは一歩も退かない。
「俺が、仲間を守る!」
右腕の砲塔が唸り、光弾が連射される。
一瞬で敵の刃を打ち砕き、突撃してきた兵を次々に無力化した。
幻軍の幻影が敵を惑わせ、その隙を突いたリルが装甲ごと敵を弾き飛ばす。
ついに首領が迫る。
背丈二倍の巨漢、全身に刃を纏った凶悪な男。
「クソ狼ィィィッ!」
リルは吠えるように叫び返した。
「終わりだッ!!」
装甲が最大展開し、両腕の砲塔が一斉に光を帯びる。
次の瞬間――双弾の閃光が放たれ、首領の胸部装甲を貫いた。
巨漢は地面に叩きつけられ、絶叫を残して動きを止める。
リルはすぐさま鎖型の魔導具を展開し、首領の両腕と両脚を拘束。
「黒鴉団首領、捕縛完了!」
その声は、雷鳴と炎に覆われた戦場に凛として響いた。
仲間たちが歓声を上げ、幻軍もセラフも一斉に退魔の光を放つ。
リルが堂々と立ち上がったその姿は、もう“守られる存在”ではなく――
戦場を導く、立派なリーダーだった。
◆◇◆◇
◆ 最後の標的 ― 蛇の環 ◆
「ば、馬鹿な……!」
赤牙が崩れ、黒鴉団が爆散した報せが街に広がった瞬間、バルト侯爵の肥えた顔から血の気が引いた。
街路に集う人々のざわめき、衛兵たちの怒号。すべてが侯爵の耳には遠い幻のように響いた。
「ふ、ふん! だが“蛇の環”が残っておる!」
侯爵は必死に叫び、唾を飛ばす。
「麻薬も奴隷も兵器も牛耳る、帝国直結の巨大組織だ! あの連中を相手にしては――貴様らなど一瞬で潰れるわ!」
だが、ネルフィは一歩前に出る。
小柄な身体、しかしその瞳は月光を映し、鋼のごとく鋭かった。
「――残る“毒”はひとつ」
凛と響く声。
その瞬間、ネルフィ、レオン、榊、アルス、そしてアカ&シロの姿がふっと掻き消えた。
観衆が息を呑む。ホログラムではない。本物が忽然と消えたのだ。
「なっ……!?」侯爵は腰を抜かさんばかりに叫ぶ。
◆◇◆◇
◆ 地下拠点 ― 開戦 ◆
次の瞬間、彼らはすでに蛇の環(サーペント・サークル)の地下拠点の中心に立っていた。
石壁を這う魔導管が赤黒い光を脈動させ、低い唸りを上げている。空気は血と薬品の臭いで濁り、壁際には無数の鉄檻が並び、その中に人身売買で攫われた人々が震えながら閉じ込められていた。
「ここが……奴らの巣窟か」レオンが低く吐き捨てる。
その声に反応するように、影から武装兵たちが一斉に姿を現した。改造強化された肉体を持ち、眼光は獣のように血走っている。
「侵入者だ! 殺せッ!」
怒号とともに、数十の刃と銃口がこちらに向けられた。
しかし、ネルフィは一歩も退かない。
小柄な身体を堂々と前に出し、胸の前で両手を組むと、足元に光の回路が奔った。
「――錬成展開、開始」
ゴォンッ、と重低音が響き、床に刻まれた魔導陣が赤く輝いた。瞬間、兵たちの足元から鋼鉄の鎖が噴き上がり、腕や脚を絡め取る。
「ぐわっ!?」「足が……動かねぇ!」
悲鳴が連鎖し、十人、二十人と動きを封じられ、床に引き倒された。
榊が一歩踏み出そうと刀に手をかけたが、ネルフィが小さく手を上げて制した。
「榊……あなたは見届けて。ここは“工房”の戦い」
榊は静かに頷き、背後に退いて目を光らせた。その瞳は鷹のように鋭く、必要とあらばいつでも斬れると告げていた。
アルスが影から声を響かせる。
「侵入経路の封鎖完了。すでに外の通路は閉鎖しています。撤退路はありません」
黒猫の姿をした彼の周囲に、淡い幻影の壁がいくつも展開し、敵の狙撃線をことごとく遮断していく。
「にゃふっ!」
「にゃふにゃふっ!」
アカとシロが双子のように飛び跳ね、両手から爆裂符をばら撒いた。炸裂とともに壁際に潜んでいた狙撃兵が悲鳴をあげ、瓦礫の中に転がり込む。
その間にも前衛の兵士たちが雄叫びを上げて突撃してくる。
その前に立ちはだかったのは、レオンだった。
「ネルフィを狙うなら――まず俺を倒してからにしろ!」
鋼の剣が閃き、二人の槍兵が一瞬で薙ぎ払われる。次に来た斧兵の一撃を盾で弾き返し、逆に剣を突き立てて倒す。
レオンの一歩一歩が前へ進むたびに、敵の列は削られ、足が竦む者さえ出てきた。
ネルフィはその背を見つめ、心に静かに熱を宿した。
(これが……私たちの戦い。ここで必ず終わらせる)
地下拠点は火花と悲鳴と光に包まれ、蛇の環との決戦の幕が切って落とされた。
◆◇◆◇
◆ 幹部登場 ― 蛇の牙が唸る ◆
地下拠点を揺らす戦闘の最中――奥の大扉が軋むように開いた。
そこから現れたのは、漆黒の鎧に身を包んだ巨漢、そして細身で仮面を被った魔導師。蛇の環を束ねる幹部格だ。
「……随分と暴れてくれるな、小娘」
巨漢の声は岩を砕くように低く、肩に担いだ戦斧は血の匂いを帯びていた。
仮面の魔導師は冷ややかに笑い、手にした杖を床に突く。赤黒い光が魔導管を伝い、周囲の檻の囚人たちが苦しげに呻き声を上げた。
「命を生贄に、兵を増やすつもりか……!」
ネルフィの眉が鋭く寄る。
「侵入者よ……ここで骸となれ」
魔導師が手を振り下ろすと、改造兵たちの体が膨れ上がり、皮膚の下から金属の杭が突き出してきた。兵器と化した人体――帝国の実験の残滓だった。
レオンが剣を構える。「……絶対にここで止める!」
アカとシロが身を寄せ合い、「にゃふ……」「やばにゃふ……!」と震えるが、その目は闘志で輝いている。
アルスが冷徹に分析する。
「敵幹部二名。強化兵約四十。……ネルフィ様、予定通り“あれ”を」
ネルフィは頷き、小さな掌を前に差し出した。
「――試作兵装、起動」
床下の魔導管が光を反転させ、数体の錬金兵器が地中からせり上がってくる。球状のドローン、刃を備えた自動機械、そして盾を持つゴーレム。
「これが……私たち“工房”の答え。あなたたちの歪んだ技術には負けない!」
雷鳴のような咆哮が地下に轟き、蛇の環の幹部たちと工房の仲間たちの総力戦が始まった。
◆◇◆◇
◆ 激突 ― 巨斧と剣 ◆
巨漢が戦斧を肩から引き抜いた瞬間、空気が唸りを上げて震えた。
「小娘を守る盾気取りか……叩き潰してやる!」
筋肉の塊が大地を踏み砕き、戦斧が半円を描いて迫る。
レオンは目を細め、一歩踏み込み剣を横に構える。
「ネルフィを守れるのは……俺だけだ!」
金属がぶつかり、耳を裂く轟音が響く。衝撃波で周囲の瓦礫が弾け飛び、囚人たちが悲鳴を上げる。
「……っ!」
レオンの腕が痺れる。巨漢の膂力は常軌を逸していた。だが退く気配はない。
「若造が!」巨漢が斧を振り上げる。
レオンは地を蹴り、斬撃で斧の軌道を逸らす。その刹那、巨漢の拳が迫る。
「危ないっ!」
ネルフィの叫びと同時に、盾型ゴーレムが割り込んだ。拳が盾を叩き割り、火花が散るが、その一瞬でレオンは態勢を立て直した。
「ありがとよ、ネルフィ」
「油断しないで! あれは普通の人間じゃない!」
アルスの冷徹な声が響く。
「骨格強化と筋肉増幅。帝国製改造兵の最高位モデル……通常の人間の三倍の出力」
「三倍だろうが十倍だろうが!」
レオンは剣を振り抜き、巨漢の肩口へ鋭く切り込む。火花が散り、鉄板のように硬化した肉体が血を滲ませる。
巨漢は笑った。
「ほう……一撃でも傷を付けるか。面白い! だが、潰されるのは変わらん!」
再び斧が唸りを上げる。
ネルフィは唇を噛み、叫んだ。
「レオン! この戦いは、データも全部記録する! 絶対に生き残って――!」
レオンは短く笑い返した。
「約束するさ。お前の隣で、ずっとな!」
剣と斧が再び交差し、地下拠点の石壁が震えた。
◆◇◆◇
◆ 儀式阻止 ― 魔導師との頭脳戦 ◆
地下拠点の奥。赤黒い魔導管が集中する大広間で、ひとりの魔導師が待ち構えていた。
長衣に身を包み、掌には血塗られた魔石。檻の囚人たちの呻きが共鳴し、空気はひどく淀んでいる。
「……よく来たな、小娘」
目は爛々と光り、声はどこか狂気を孕んでいた。
「この儀式はもう止まらぬ。魂を喰らい、我が身を帝国の兵器へと昇華させるのだ!」
ネルフィは冷ややかに目を細めた。
「魂を部品みたいに扱うなんて……最低の発想ね。錬金術を穢すだけ」
魔導師は嘲笑う。
「穢れ? 力こそが正義だ! お前のような小娘の理屈が、帝国に通じるものか!」
ネルフィは腰のポーチから次々と小型魔導具を取り出し、床へ投げた。
瞬時に光の円陣が展開し、儀式の魔方陣を覆うように干渉を始める。
「……っ!?」
魔導師が額に汗を浮かべる。
「な、何をした!?」
ネルフィは微笑んだ。
「“対位相錬成陣”。あなたの魔方陣と逆位相で展開すれば、術式は自己崩壊する」
魔導師は叫び、両手から炎の奔流を放つ。
「小癪なッ!」
その瞬間、アルスの声が響いた。
「ネルフィ様、左四十五度からの熱量集中。遮断を」
ネルフィは即座に腕輪を掲げ、透明な結界が炎を弾き返す。
「無駄よ。あなたの術式は全部解析済み」
「くっ……!」
魔導師はさらに詠唱を早める。雷、氷、幻影――あらゆる魔法が放たれる。
だがネルフィは一歩も退かず、冷静に指示を飛ばす。
「アカ、シロ!」
「にゃふっ!」 「にゃふにゃふ!」
二匹が跳ね、幻影を砕き、雷撃を散らす。
ネルフィは最後の小型魔導具を取り出し、儀式陣の中心へ放り込んだ。
「――錬成終了」
轟音とともに魔方陣が崩壊し、赤黒い光は霧散した。
檻に囚われた人々が次々と解放され、安堵の声が広がる。
魔導師は絶叫する。
「やめろぉぉ! 私の力が……!」
ネルフィは静かに告げた。
「それが“錬金術”よ。人を救うための力。壊すためじゃない」
彼女の言葉と共に、魔導師は結界鎖に捕らわれ、地へ崩れ落ちた。
◆◇◆◇
◆ 決着 ― 蛇の環の終焉 ◆
大広間の両端で、二つの戦いが同時に極点へ達していた。
――轟音。
レオンは全身を血と汗にまみれながら、巨漢の一撃を正面から受け止めていた。
鈍重な戦槌が地を砕く。だが、レオンの剣は折れず、彼自身の膝も沈まない。
「ぐ……おおぉぉぉぉ!」
レオンが吼え、渾身の力で剣を押し込む。
「お前みたいな奴には……ネルフィを、一歩たりとも近づけさせないッ!」
剣光が弧を描き、巨漢の戦槌を粉砕する。衝撃とともに敵の巨体が膝から崩れ、床を割って沈んだ。
「……っはぁ……」
荒い息をつくレオン。その背に、ネルフィの小さな声が重なる。
「ありがとう、レオン」
振り返った先で、ネルフィはすでに魔導師を鎖に封じ込め、崩壊した儀式陣の中心に立っていた。
蒼白な魔導師が絶叫する。
「なぜだ……! この力は帝国に繋がって……無限の支配を――!」
ネルフィは冷たく、しかし揺るぎなく言葉を放つ。
「支配も、搾取も、もう終わり。あなたたちが人を“道具”にした瞬間に、未来を失ったの」
アカとシロが「にゃふ!」と声を上げ、最後の爆符が檻の鍵を吹き飛ばす。
囚われた人々が解放され、恐怖から歓喜へと声を変えていった。
アルスが一歩前に出る。
「ネルフィ様、拠点の中枢は完全に制圧済み。残党も追い込み完了です」
榊が静かに刀を収める。
「……終わったな」
ネルフィは頷き、小さな胸を張った。
「ええ。蛇の環――ここで終焉を迎える」
鎖に縛られた魔導師の悲鳴が、大広間の闇に虚しく響く。
やがて灯火のように掻き消え、代わりに解放された人々の涙と笑い声が満ちていった。
こうして、帝国の影に連なる巨大犯罪組織「蛇の環(サーペント・サークル)」は、
ネルフィたちの手によって完全に崩壊したのだった。
◆◇◆◇
◆ 崩壊と連行 ― バルト侯爵の最期 ◆
轟く崩壊音とともに、蛇の環(サーペント・サークル)の地下拠点は光と瓦礫に飲まれていった。
捕らえられた幹部たちの呻き声と鎖の音が遠ざかる中――ネルフィは掌を掲げ、小型ゲートを起動する。
「――帰還」
ネルフィたちが小型ゲートから戻った瞬間、広場に再びざわめきが走った。
人々はどよめき、バルト侯爵の顔色は見る間に土色に変わる。
「ば、ばかな……蛇の環まで……!? 一夜で三つの組織を……!」
侯爵は脂汗を垂らし、声を震わせた。
「ど、どうせ虚勢だ! 私には帝国の後ろ盾が……!」
その言葉を遮るように、石畳を踏みしめる重い足音。
ギルドマスター・グラウスとエリムハイド王国の正規衛兵が一斉に姿を現した。
銀の鎧が月光を反射し、鋭い槍先が侯爵を取り囲む。
「バルト侯爵」
グラウスの低い声が響く。
「帝国と通じ、街を食い物にした罪、ここで終わりだ」
「わ、私は領主だぞ! 誰が私を裁けるというのだ!」
侯爵はわめき立てるが、その足はすでに後退していた。
ネルフィは冷ややかに一歩前に出る。
「領主? あなたが守るべきは街の人々だったはず。
けれどあなたは盗賊とマフィアに金を流し、帝国と手を組んで民を苦しめた。
――その椅子は、もうあなたのものじゃない」
侯爵は怒鳴ろうとしたが、声が震えて言葉にならない。
背後の衛兵たちも、もはや彼の側につく者はいなかった。
王国衛兵が前進し、侯爵の両腕をねじ上げ、冷たい鎖をかける。
「いやだ! 私は侯爵だ! 領主だぞぉぉ!」
耳障りな叫びが石畳に響くが、人々は嘲笑と怒号でそれをかき消した。
「牢に放り込め」
グラウスの命令に従い、侯爵は鎖に繋がれたまま馬車へ押し込まれる。
その姿は哀れで、かつて威張り散らしていた姿は影も形もなかった。
街の人々が次々と声を上げる。
「やっと……終わったんだ!」
「街が……街が救われた!」
ネルフィは仲間たちと共にその光景を見守り、静かに頷いた。
「これでミッドウェル街は……本当に自由になれた」
その言葉に、レオンも榊も、そしてグラウスも力強く頷いた。
夜明けの光が石畳を染め、アウルディーン工房2号店の紋章が朝日に照らされ輝いていた。
――こうして、ミッドウェル街を覆っていた闇は完全に払われ、
アウルディーン工房は“街の灯火”としてその名を刻むことになったのだった。
◆◇◆◇
◆ 凱旋と宴 ― 灯火の街◆
バルト侯爵の馬車が連行され、街に安堵の息が広がった。
最初に屋台の親父が叫ぶ。
「アウルディーン工房に――乾杯だぁぁ!」
どっと歓声があふれ、広場に即席の宴が開かれた。
ティナは皿を抱えて飛び跳ねるように料理を配り、バルドは子どもに「持ち上げて!」とせがまれて酒樽を片手で持ち上げ、歓声を浴びる。
メリアは帳簿を手にして食材の分配を指示し、ジークは焚き火の前で剣を振るい、榊に「剣は遊具じゃない」とたしなめられて真っ赤になった。
ロザンナは物陰から街の安全を見守りつつ、子どもに果物をもらって小さく笑う。
ガレットは仲間や職人と盃を交わし、「今日だけは水で乾杯だ!」と声を張り上げる。
人々は口々に言った。
「裏切り者がいたのに……工房は揺るがなかった」
「ネルフィの灯火は消えない!」
ネルフィは頬をかきながらも、胸を張った。
「……工房は、みんなの家だから。誰が裏切っても、絶対に倒れない」
その言葉に大きな拍手が起こり、レオンも隣で誇らしげに微笑む。
アカとシロは「にゃふにゃふダンス」、ラムは子どもと一緒に「ぷるるんステップ」。
マルタが大鍋を振るい、「お腹が空いては戦えないよ!」と笑えば、夜空に花火のような笑い声が広がっていった。
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