Episode.21 面接日和、笑顔の裏で――ミッドウェル2号店スタッフ選考会

◆ 朝 ― 看板の下に並ぶ影 ◆


ミッドウェル街の中心にそびえる新しいアウルディーン工房 2号店。

三階建ての白壁とレンガが朝の光を浴び、屋根に掲げられた歯車紋章が金色に反射している。

露店の商人たちもちらほらと準備を始める時刻、入口前には緊張を抱えた数人の影が並んでいた。


「よし、面接会場オープン」

セレナがきっちりと帳簿を持ち、臨時レジ台の横に小さな卓上端末を置く。

尖った耳がぴくりと立ち、視線は鋭い。

「遅刻者ゼロ。順番札、配布開始。次、呼ばれたら迷わず入って」


「俺の売りトークは今日は封印だな」

ユリウスはいつもの軽薄さを少し抑え、肩を回して笑う。

「今日は聞き役モード。俺だって面接官の顔くらい持ってるんだぜ」

けれどその口元には「可愛い子が来るといいな」という下心が見え隠れしている。


リーは受付横にどっしりと立ち、腕を組んで拳を軽く鳴らした。

「不審者はまとめて外。暴れたら容赦しないわよ」

その気迫に、列に並ぶ候補者たちがごくりと息を呑む。


ネルフィは白衣の袖を折り返し、ヘッドフォンを直して小さく深呼吸した。

緊張を隠さず、それでも真っ直ぐな瞳で仲間たちに言葉を投げかける。

「──ひとりずつ、ちゃんと見よう。ここはただの職場じゃない。“家族”になる場所だから」


アルス(黒猫の姿)が静かに歩み寄り、尻尾を揺らしながら告げる。

「ネルフィ様、日程通りに八名。本日午前四、午後四の予定です」

冷静な声音は、緊張するネルフィを支えるように穏やかだった。


カインは簡易デスクで応募書類をぱらぱらとめくり、眼鏡を押し上げる。

「時給計算オッケー、福利厚生も明文化済みだ。これなら文句は出ないだろう」

彼の几帳面な文字で赤ペンが走り、書類に小さなチェックマークがつけられていく。


一方、アイリスは工房奥の部屋から遠隔端末を操作。

店舗内外のセキュリティネットを監視しながら、ネルフィの腕輪に短いテキストを送った。

〈問題なし〉

淡々とした報告だが、その背後では複数のモニターに候補者のデータが次々と照会されていた。


街路の先で、鐘が一つ、低く鳴る。

ミッドウェルの朝を告げる鐘声が石畳に響き、並ぶ候補者たちの顔に一斉に影を落とした。


「さぁ……始めようか」

ネルフィは胸元のネックレスを握り、仲間たちを見渡した。

仲間の視線が交わり、うなずきが返る。


こうして、アウルディーン工房2号店初の「採用面接」が幕を開けた。




◆◇◆◇


◆ 午前の部 ― 一般枠 ◆


最初に呼ばれたのは、一番早くから入口に立っていた少女だった。

「つ、次は……ティナ・クローバーさん、どうぞ」

セレナの呼びかけに、椅子の上でそわそわと両手を握りしめていた少女が「は、はいっ!」と立ち上がる。


彼女はまだ十八歳。栗色の髪を肩のあたりで二つに束ね、目をきらきらさせている。

その笑顔はまぶしいほど明るいが、緊張で頬が赤く染まり、歩みはぎこちない。

ネルフィたちの前に立つと、深呼吸をひとつして、声を張った。


「は、初めましてっ! ティナ・クローバーです! しゃ、喋るのは得意です!」


その勢いのまま、彼女は申込用紙を差し出した。

――上下逆に。


「……あ」

慌てて気づいて真っ赤になるティナ。

だが、セレナがすぐに微笑み、静かに紙を回して差し出してやった。

「落ち着いて。最初はみんな緊張するものよ」


ティナは「す、すみません……!」と小さく頭を下げながら、必死に姿勢を正した。


ネルフィは机越しに小さな体を前へ乗り出し、優しく問いかける。

「ティナ、接客で一番大事なことは、何だと思う?」


少し考えたティナの瞳に、迷いのない光が宿る。

「えっと……“お客さんの今日の気持ち”を見つけることです! 疲れているなら静かに寄り添って、元気なら一緒に盛り上がる! そうすれば、また来てくれると思います!」


その言葉に場が少し和んだ。

ユリウスがにやりと笑い、親指を立てる。

「おっ、いいねぇ。俺の後釜にぴったり……いや、俺は移籍する気はないけどな」

場の緊張がほぐれ、ティナは思わず「えへへ」と照れ笑いを浮かべた。


ネルフィは頷き、小さな声でまとめる。

「……うん。数字はこれから練習だね。レジも覚えれば大丈夫。間違えても、直せばいい。君のその明るさは、必ず武器になるから」


ティナの目が潤み、小さな声で「が、がんばりますっ!」と叫ぶ。

その声は大食堂の奥まで響き、控えていた他の候補者たちの表情にも明るさを灯した。


(メモ:明るさ◎/数字△/伸びしろ大)


――ネルフィたちの手元に書き込まれた評価欄には、しっかりと未来の可能性が刻まれていた。




◆◇◆◇


午前の部 ― 一般枠(2人目:バルド・ストーン)◆


次に入ってきたのは、分厚い肩幅を揺らしながらも、妙に縮こまった青年だった。

髪はくすんだ黒、皮膚は浅い褐色。耳の形は人間より少し尖り、額に小さな突起がある。

――獣人系のオーク。まだ十九歳。だが、その体格はすでに大人二人分の迫力を持っていた。


彼は大きな影を落としながら机の前に立ち、緊張で目を泳がせる。

「オ、オレ……バルド。バルド・ストーン。荷物運び……得意……!」

声は低く太いのに、どこか怯えたように震えていた。


両の手は膝の上でぎゅっと握り合わされ、爪が食い込むほど力が入っている。

“でかいのに、まるで小動物みたいだな……”とユリウスが思わず口元を押さえる。


そんなバルドを観察していたリーが、腕を組んだまま問いかけた。

「力自慢か。――重さ、どれくらいまでいける?」


問いかけに、バルドはもぞもぞと答える。

「た、樽3つ……片手で……いや、両手で2つ……えっと……」

言葉は不器用で、数字もどこか曖昧。

けれど、その巨体から滲み出る“要塞のような安心感”は、それだけで十分な答えだった。


ネルフィは椅子の上で小さく背筋を伸ばし、微笑む。

「バルド、力があるのはすごいこと。でも――工房で一番大事なのは“安全”。

力を使う場所は、一緒に考えて決めよう。みんなを守るために」


その言葉に、バルドの大きな肩が一度震え、そしてゆっくりと緩んだ。

「……うん。まもる。オレ、みんな……まもる」


その純粋な言葉に、セレナも思わず目を細め、メモ欄に大きく○をつけた。


(メモ:体力◎/接客△/誠実○)


ティナが「わぁ……心強い!」と隣で小声を上げると、バルドは照れくさそうに視線を逸らし、耳まで赤くなっていた。


――不器用で口下手。だが彼の存在は、工房に「守られている」という実感を与える。

ネルフィは小さく頷き、心の中で“きっと必要な仲間になる”と確信した。




◆◇◆◇


午前の部 ― 一般枠(3人目:メリア・サリス)◆


三人目の候補者が扉を開けた瞬間、場の空気がすっと張り詰めた。

長い白銀の髪を肩でまとめ、深緑のローブを整えた細身のエルフの女性。

一歩一歩がまるで定規で測ったように均整で、揺れることなく面接席の前へと進む。


「メリア・サリスと申します。在庫の整列と、帳簿の突合が得意です」


言葉は静か。だが発せられた瞬間、音の粒が澄んだ空気を切り裂くように響いた。

ネルフィはその姿勢の真っ直ぐさに思わず小さく目を見張る。


机の上に置かれた提出書類は、端から端まできっちりと揃えられ、角度すらずれていない。

「……几帳面」セレナが思わず呟く。

エルフの少女はわずかに頷いただけで、凛とした表情を崩さない。


「帳簿、好き?」セレナが淡々と尋ねた。

普通なら戸惑う問いだ。だがメリアは迷わず答える。


「好きです。数が、引き算を教えてくれるので」


静謐な答えに、一瞬場がしんとする。

カインがぱちりと目を瞬き、すぐに手帳に走り書きをした。

「……いいこと言うな。数字を“導くもの”と捉える発想、経理向きだ」


ユリウスが場を和ませようと、軽口を飛ばす。

「へぇ、数字に恋してるタイプ? デート相手は電卓とか?」

笑いながら肩を揺らす彼に、メリアは一拍置いてから、まるで機械の返答のように、短く、

「はい」


静かすぎる即答に、ユリウスは固まった。

「……マジかよ」

場にクスクスと笑いが広がる。ネルフィも思わず口元を押さえた。


――柔軟性には乏しい。だが正確性と誠実さは揺るぎない。

工房という“大きな歯車”において、確実に噛み合うパーツになるだろう。


(メモ:正確性◎/柔軟性△/信頼○)


三者三様。明るさで場を照らすティナ、力で支えるバルド、そして正確に基盤を固めるメリア。

候補者たちが席を立つ頃には、工房の空気は少しずつ“ただの会議室”から“店の匂い”へと変わっていた。


ネルフィは椅子の上で小さく足を組み替え、胸の奥で確信する。

「――この三人。それぞれ違うけれど、きっといい色になる」




◆◇◆◇


◆ 午後の部 ― ギルド推薦枠(4人目:ジーク・アルバン)◆


午後の最初の候補者は、まだ制服のような軽装の革鎧を着た少年だった。

扉を勢いよく開け放ち、呼吸を整える暇もなく駆け込んでくる。


「ハンター見習いのジーク・アルバンです! 役に立ちます、任せてください!」


声が会場に響き渡る。

……が、まだ椅子に座る前。緊張も礼儀も飛び越え、自己PRを先にぶちまけてしまった。


「……」

仲間たちが一瞬沈黙し、そして榊が壁際から腕を組んで低く言い放つ。


「“任せろ”は、任されてから言え」


短い一言はまるで鋼のように重く、ジークは目を丸くした。

次の瞬間、ばね仕掛けのように立ち直り、深々と頭を下げる。


「す、すみません! ……努力します! ちゃんと覚えます!」


真っ直ぐな声に、場の空気がわずかに和らいだ。

ネルフィは白衣の袖を押さえながら、そっと微笑む。


「素直は才能だよ。怒られ慣れる必要はない。……順番を作って覚えていこう。それで十分」


ジークは顔を真っ赤にし、拳を握りしめる。

「は、はいっ!」


セレナが書類に目を走らせながら呟く。

「……基礎学力は平均。でも出席日数は……あら、かなり低いわね」

ユリウスが肘をつき、「サボりか? 女遊びか?」と茶化すと、ジークは慌てて両手を振る。

「ち、違います! 依頼の手伝いで通えなかっただけで……!」


マリウスが眼鏡越しに冷静に見やり、「実地経験はむしろプラス。学科は補習でどうにかなる」と短く評する。


ネルフィはメモをとりながら心の中で整理する。

――元気は◎、慎重さは△。けれど素直に吸収する柔らかさがある。

数字や書類は苦手でも、現場で汗をかく姿勢が“工房の歯車”として噛み合う可能性は十分。


(メモ:元気◎/慎重さ△/伸びしろ○)


ジークが去ったあと、面接会場には少しだけ活気が残った。

若さ特有のまっすぐさと未熟さ。

ネルフィは胸の奥で呟いた。

「……ああいう子は、育てがいがある」




◆◇◆◇


◆ 午後の部 ― ギルド推薦枠(5人目:ロザンナ・フィッシャー)◆


扉を静かに開けて入ってきたのは、背筋を真っ直ぐに伸ばした少女だった。

一歩一歩、足音を乱さず進み、用意された椅子に座るまで一言も発さない。


「……ロザンナ・フィッシャー。勤務中は無駄口は叩きません。安全第一」


短く、それでいて芯のある声が会場に響く。

先ほどのジークの勢いとは正反対、あまりの簡潔さに場が一瞬しんとした。


「弓は置いてきた。店では必要ないから」

そう付け足したロザンナの眼差しはまっすぐ。


リーが腕を組み、片眉を上げて問いかける。

「……じゃあ、もし店で喧嘩が起きたら?」


ロザンナは迷わず答えた。

「被害を避ける。お客様と店員を安全な場所へ誘導。店長の指示に従う。それが最優先」


その即答に、場の空気が少し変わった。

セレナは帳簿を置き、小さくうなずく。

「……的確ね。感情より先に手順を考えている」


ユリウスが冗談めかして口を挟む。

「でもさ、あんまりに無口だと、客に“怖い店員さん”って思われないか?」


ロザンナは表情を崩さず、淡々と返す。

「笑顔は努力する。でも、虚勢より正直がいい」


その真っ直ぐな答えに、ユリウスは一瞬言葉を失い、次いで「……なるほどな」と苦笑した。

カインが手元の資料に目を落としながら「記録、勤怠問題なし。規律正しい家庭で育ったようだな」と補足する。


ネルフィは腕を組み、静かな彼女の姿をじっと見つめた。

派手さはない。けれどそこに“芯のある静けさ”が漂っている。

「……ありがとう。必要なのは、そういう落ち着きだよ」


ロザンナは軽く会釈し、短い「はい」で応えた。


――冷静さは◎。対人面は△(寡黙ゆえ)、だが実務力は十分。

ネルフィの胸には確かな安心感が残っていた。


(メモ:冷静◎/対人△(寡黙)/実務○)




◆◇◆◇


◆ 午後の部 ― ギルド推薦枠(6人目:ガレット・バーンズ)◆


がちゃり、と勢いよく扉が開く。

現れたのは背丈こそ低いが肩幅のがっしりとした青年ドワーフ。茶色の髭を三つ編みにしており、笑うと白い歯が覗いた。


「へっへっ、ガレット・バーンズだ! 鍛冶の見よう見まねくらいは利くぜ。あと――酒は誰にも負けねぇ!」


開口一番の豪語に場の空気が一瞬だけ和らぐ。

ユリウスが机に肘をつき、即座にニヤリと釘を刺した。

「はいはい、勤務中禁酒。うちの店で酔っ払い店員なんざごめんだからな」


ガレットは両手をぶんぶん振って大声で笑った。

「当たり前だろ! 終わってから飲むからこそ、酒はうまいんだ!」


その陽気さにリーが吹き出し、場の緊張が解けていく。


ネルフィは机の上に用意していた工具棚のレプリカを取り出し、差し出した。

「じゃあ、これはどう? ネジやボルトを収納する棚なんだけど」


ガレットは一目見るなり鼻を鳴らし、指でコンコンとネジ山を弾いた。

「おっと、これはまずいな。ネジ山の規格が混在してる。客が困るやつだ。棚を分けて並べ直さなきゃ」


その即答に、セレナが思わずぱちりと瞬きをした。

「……採用したくなる一言ね」


ユリウスも口笛を吹き、「へぇ、口だけじゃなさそうだな」と小声で呟く。

カインは横でメモを書きながら「酒癖さえ除けば現場力は期待できる」と記録を残した。


ネルフィは真剣な目でガレットを見つめ、静かにうなずいた。

「ありがとう。お客さんの視点で考えられる人が、一番必要なの」


ガレットはにかっと笑い、「へっ、任せとけ!」と胸を叩いた。


――知識は○、規律は△(陽気さゆえ)、しかし現場感覚は文句なしの◎。

面接の空気がぐっと賑やかに、そして力強くなった瞬間だった。


(メモ:知識○/規律△(陽気)/現場感覚◎)




◆◇◆◇


◆ 夕刻 ― 最終二名 ◆


日が傾き、窓から橙の光が差し込むころ、最後の応募者二人が姿を現した。



◆7人目:ナタリア・グレイン(21/人間)◆


最後の数名に入る頃、扉を開けて現れたのは、黒髪を肩口で切り揃えた女性だった。

ナタリア・グレイン――その足取りはきびきびとしており、椅子に腰かける動作も淀みがない。


「ナタリアです。在庫管理や接客、必要なことは何でもやります」

彼女の声は低めで安定していて、聞いている側に「安心感」を与える響きがあった。


セレナが眼鏡越しに彼女を見つめる。

「几帳面そうね。帳簿、整理整頓は得意?」


「はい。商品がどこにあるか分からない環境は、時間も信頼も失う原因になります。私は必ず、誰が見ても“ひと目で分かる状態”にします」


そのきっぱりとした返答に、カインが目を細める。

「帳簿も任せられるかもしれないな。……在庫の誤差が出ない管理は、実は店の心臓部だから」


ユリウスがからかうように笑いかける。

「お客が急に無茶な注文してきたら? “すぐに出せ”ってさ」


ナタリアは少しだけ考え、すぐに答えた。

「基本は“まず謝罪”。そして店のルールに従って在庫確認を行い、代替案を提示します」


その淡々とした言葉に、場にいた面接官たちは自然と頷いた。

ネルフィも小さな肩を揺らして微笑む。

「頼もしいわね。現場の整理は、意外と大変なの。……でも、それを任せられる人がいると、全体の動きがきっと変わる」


ナタリアはわずかに頬を緩め、深く一礼した。


(メモ:整理整頓◎/接客○/柔軟性△)




◆8人目:カリム・ヴァロス(22/人間)◆


扉を開けて入ってきたのは、落ち着いた佇まいの青年だった。

背筋をすっと伸ばし、視線は柔らかく、歩くテンポも一定で心地よい。

その姿だけで「きちんとした人柄」が伝わってくる。


「カリムと申します。荷受や仮設倉庫の動線設計、経験あります」

礼儀正しく頭を下げ、椅子に座る姿も自然。緊張を見せない笑顔は、まさに“安心感のテンプレ”といったところだ。


ユリウスが早速、軽口を放った。

「動線設計? 難しい言葉使うなぁ。俺なんて、体で突っ込んで覚えるタイプだぜ」


カリムはにこやかに返す。

「それも大事だと思います。でも、人がぶつからない距離感は、図面より現地で見て歩いた方が分かるんです」

その返答は謙虚でありつつ、しっかり自分の意見を持っている証でもあった。


セレナが興味深そうに帳簿を閉じ、細い指で机を軽く叩く。

「……動線、見ていく?」


「ぜひ。人の流れを意識することで、事故や不便はかなり減らせます。お客様が迷わず動けることは、売上にも直結しますから」


ネルフィはじっとカリムを見つめ、小さく頷いた。

「……なるほど。裏方だけど、とても大切な視点だね。ありがとう。助かるわ」


カリムは深く頭を下げる。

「学ぶつもりで来ました。ここは、学ぶことが多そうだと思ったので」


その誠実な態度に、場の空気が和らいだ。

彼の柔らかな物腰は、緊張しがちな他の候補者たちにとっても安心を与えるものだった。


(メモ:人当たり◎/実務○/独創性△)




◆◇◆◇


◆ 合否協議 ― ここから“家族”に ◆


夕刻。工房の仮営業を知らせるランプが温かな光を放ち、柔らかなBGMが流れていた。

面接を終えた候補者たちが帰った後の店内は、さっきまでの緊張が嘘のように静まり返っている。


丸テーブルの上には面接用の書類が積み上げられ、ネルフィを中心にセレナ、ユリウス、リー、カイン、そしてアルスが腰を下ろしていた。

壁際には無言で腕を組む榊、端末越しにはアイリスのホログラムが揺らめいている。


セレナが眼鏡の端を押し上げ、淡々と口を開いた。

「一次は通過でいいと思う。最終は試用を含めた現場評価で判断した方が安全ね」


ネルフィは白衣の袖をまくりながら、書類を一枚ずつ丁寧にめくっていく。

「ティナ、バルド、メリアは一般枠で仮採用。ジーク、ロザンナ、ガレットはギルド枠で仮採用。──カリム、ナタリアは条件付き。現場での実習を見て、最終的に決める」


ユリウスが椅子に背を預け、片手をひらひらと振る。

「異論なしだな。俺らが実際に一緒にシフトを回して、素の姿を見てみるのが一番早い」


リーは腕を組んだまま低くうなる。

「安全策でいこう。初週は必ず二人体制で、経験ある先輩を付けること。何があっても新人を一人にしない」


カインは几帳面にペンを走らせ、書類に追記する。

「保険手続きと賃金テーブルも調整済み。試用三週間、その後本採用とする。異議は?」


「問題ない」榊の短い声が響き、アイリスの端末には〈承認〉の文字が浮かぶ。


アルスが黒猫姿のまま、静かにまとめを告げた。

「では、候補者には本日中に書面を渡し、仮契約を締結。初日研修は明朝より開始といたしましょう」


ネルフィは小さく頷き、皆を見渡した。

その瞳には、安堵と決意の両方が宿っている。


「──ようこそ、アウルディーンへ」

言葉を口にする声は、背丈以上に大きな存在感を帯びていた。


「ここは“工房”であり……同時に“家族”だよ。お金のためだけじゃなく、お互いのために働ける場所にしたい。だから、誰一人置いていかない」


一瞬の沈黙のあと、仲間たちの表情が柔らかくほころんだ。

ユリウスはにやりと笑い、リーは深くうなずき、セレナは帳簿を閉じて目を細める。榊もわずかに口元を緩め、アイリスの端末には〈了解。家族、承認〉の文字が浮かんだ。


温かな空気が丸テーブルを包み込む。

その日、アウルディーン工房は新しい仲間を迎える準備を整え、“家族”としての第一歩を踏み出したのだった。





◆◇◆◇


◆ 仮契約の夜 ― それぞれの素顔 ◆


工房2号店の受付前。

仮契約書が一人ずつ手渡され、ネルフィの目の前で新しい仲間たちが次々と署名していく。


「やったぁぁぁぁ!」

真っ先に飛び上がったのはティナ。ペンを置くや否や両手を広げて小躍りし、椅子を揺らしてしまう。

「落ち着け。机が壊れる」セレナが軽くたしなめると、ティナは赤くなって「す、すみませんっ!」と慌てて座り直した。


バルドは分厚い拳をぎゅっと握り、口角を少しだけ上げる。

「……やれる」

それだけ呟く声は小さいが、胸の奥の決意は誰よりも重かった。


メリアは背筋を伸ばし、静かに契約書を差し出した。

「記載、問題ありません」

その端正な仕草に、セレナが思わず「完璧」と小さく呟き、カインが黙って親指を立てた。


ジークは署名を終えると、勢いよく立ち上がって声を張り上げた。

「頑張ります! 頑張ります! 頑張ります!」

三連呼。

榊が壁際から一歩進み、「一回でいい」と低く言うと、ジークは「す、すみません!」と直立不動になった。


ロザンナは契約書を渡すと、深く頭を下げるだけで余計な言葉は添えなかった。

その一言のない静けさが、逆に仲間の胸に強い安心感を残した。


ガレットは髭を撫でながら大声で笑う。

「今日だけは水で乾杯だ! これからは俺らも“仲間の腹”を満たすぞ!」

「飲むのは仕事が終わってからね」とユリウスが笑いながら釘を刺すと、場に小さな笑いが広がった。


カリムは自然体で署名を終え、先輩たちに丁寧に会釈。

「学ばせていただきます。どうぞよろしくお願いします」

その落ち着いた物腰に、リーが「……礼儀は十分だな」と低くうなずいた。


最後にナタリア。滑らかな手つきでサインを終えると、隣にいたティナに視線を向けて微笑んだ。

「その髪飾り、似合ってるわ。色が明るいから、お客さんの目を引くと思う」

「えっ!? あ、ありがとぉぉぉ!」ティナは一瞬で頬を染めて照れ笑い。場がふっと和む。


――契約完了。


セレナが一人ずつ用紙を配布しながら、落ち着いた声で読み上げる。

「接客はティナとナタリア。荷受はバルドとガレット。倉庫はメリアとカリム。フロア警備はジークとロザンナ。……先輩役は私とユリウス。リーが巡回」


合理的で、穴のない配置。

紙面に赤い印が押され、契約は成立した。


ユリウスが手を叩き、場を明るく締める。

「よし、これで今日からは家族同然だ! 明日は初日研修だ、早寝早起きしろよ!」


ネルフィは椅子から立ち上がり、皆を見渡して小さく微笑む。

「……ようこそ、アウルディーンへ。ここはもう、あなたたちの居場所だから」


新しい仲間たちの顔が、それぞれ期待と安堵に色づいていった。

工房2号店の夜は、温かな灯に包まれながら静かに更けていった。





◆◇◆◇


◆ 閉店後 ― 店が眠る時間 ◆


夜のミッドウェル街は、昼間の喧噪が嘘のように静まり返っていた。

新しく完成したアウルディーン工房2号店も、昼間の面接や契約で賑わっていた空気を残しつつ、今はひっそりと眠りにつこうとしていた。


「……ふぅ」

セレナがカウンターから鍵束を取り出し、最後の確認を終える。扉を閉め、重いシャッターをゆっくりと降ろす音が、夜の路地に低く響いた。

鉄の音が止むと、店内の明かりが細い線を描きながら消えていき、外の通りもほの暗い橙色に溶け込んでいく。


「お疲れさま、社長」

セレナが鍵を手渡すとき、彼女の瞳にはわずかな安堵の色があった。

「……いい子、かなり多かった。ここならきっと、上手く回る」


ネルフィは受け取った鍵をぎゅっと握り、小さな胸の前で抱えるようにして笑う。

「うん。……“家族”になれると思う」

その声は疲労を滲ませながらも、確かな希望を含んでいた。


通りの角では、屋台の主人が炭をかき混ぜていて、赤い火がパチパチと揺れる。

香ばしい匂いと共に夜風が吹き抜け、紙袋や木箱の匂いが混じり合って工房の前を漂った。


「ふわぁ……」

ユリウスが大きなあくびを噛み殺しながら頭を掻く。

「面接ってのは戦闘より疲れるな。人の目を覗き込むのって、やっぱ体力食うぜ」

「なら、黙って寝ろ」リーが短く返す。


無言で通りを歩き、路地の影や屋根を流し目で確かめた後、彼は小さく頷いた。

「……異常なし。周囲に怪しい気配はない」


「ありがとう」ネルフィは小さく礼を言い、鍵束を胸に抱いたまま深呼吸した。

街の空気はどこかざらついていたが、それでも――今夜だけは安心を信じたかった。


「明日、ちゃんと迎えよう。“最初の朝”って、大事だから」

小さな声でそう呟いた彼女の横顔は、柔らかな街灯に照らされて幼さと決意が同居していた。


仲間たちは順に散っていく。ユリウスは背中を丸めながら宿舎の方へ、リーは一度も振り返らず夜の通りを直進し、セレナは帳簿を抱えて静かに去っていった。


最後にネルフィが鍵を懐にしまうと、店先にはひとりの少女の影だけが残った。

……その時、軒の影で一匹の猫が「にゃぁ」と小さく鳴いた。

ランタンの光に一瞬だけ琥珀色の瞳がきらりと光り、やがてその小さな姿は石畳を蹴って暗い路地へと消えていった。


工房は眠りにつき、街は夜を深めていく。

明日の朝が、彼らにとって“新しい日常”の始まりとなることを、誰も疑わなかった。







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