Episode.19 休日の街、芽吹く絆


◆ 初めての休日◆


アウルディーン=ネクサスの広々としたラボホール。

ネルフィは小柄な体を背筋いっぱいに伸ばし、皆の前に立った。

胸元のネックレスを握りしめ、まるで重大な発表をするような真剣な表情で告げる。


「――今日から一日、全員お休みです!」


瞬間、ホールにどよめきが広がった。

「えっ!?」

「マジで!?」

「社長が……休みって言った!?」


普段は研究や発明、戦闘準備に明け暮れている仲間たち。

“休む”という発想自体が久しくなかったのだ。


ネルフィは真剣な眼差しのまま続けた。

「工房を“ブラック企業”にはしない。休む時は休む。――それが、私の決めたルール」


その言葉に、仲間たちは一瞬しんと静まり返った。

やがて――


「やったぁぁぁぁ!」

「休みだーーー!」

歓声が爆発するように響き渡った。


榊は酒瓶を肩に担ぎ「ふん、たまには骨休めも悪くねぇ」と笑い、

レオンは「ネルフィと過ごせる時間が増えるのか」とぼそっと呟いて耳まで赤くなる。

リーは「食べ放題だぁー!」と叫び、すでにどこへ行くか考えている。

双子は「新しいドレスを試すわよ!」「ついでにナンパしてこよう!」と大はしゃぎ。

セレナは帳簿を片付けながらも、口元には柔らかな笑み。

マリウスは弟妹への土産を思い浮かべ、アイリスは「今日はゲーム三昧……ゼファーにログインしなきゃ」と心の中でガッツポーズ。

アカとシロは「にゃふふ♪ じゃあお昼寝だ!」「遊ぶにゃ!」とネルフィの足元でじゃれつき、

リュミエールは半透明の姿でグラスを磨きながら「休みでも皆、騒がしいこと」と微笑んだ。


ネルフィはそんな仲間たちを見渡し、小さく息を吐いて笑った。

――これこそ、工房を「家族」と呼べる証。

働くだけでなく、笑い、遊び、休む時間も共にする。


こうして、アウルディーン工房“初の休日”が始まった。

空に浮かぶ都市の内部に、久しく忘れていた平穏と笑顔のひとときが広がっていく――。





◆◇◆◇


◆ 仲間たちの休日◆


榊は大通りの武具店を冷やかしていた。

「ほう……この刃紋、なかなか悪くないな」

無骨な横顔に店主が緊張し、思わず値引きの声を出しかける。榊はそれを無視して、棚に並ぶ刀を手に取り、鍔の重みを確かめた。


その後、酒場へと足を運ぶ。樽の匂いが漂う中、入口で小柄な影とぶつかった。


「す、すみません!」

銀の髪が揺れ、碧眼が揺らめく。少女――セリーヌ・ヴァルガルド。母は腐蝕十二柱の第八皇女。帝国の血筋を持ちながら、その瞳は不思議なほど澄んでいた。


「いや……怪我はないか」榊は大きな手で彼女を支え起こす。

セリーヌは頬を赤らめ、胸の奥にじんわりとした温もりを感じた。

――この邂逅が、やがて帝国と工房を繋ぐ運命の糸となることを、誰もまだ知らない。




アイリスは部屋にこもり、複数のモニターに囲まれてゲームに没頭していた。

「よし……今日こそ勝つ!」

ヘッドセット越しに、頼もしい声が返ってくる。


『落ち着け、リトルムーン。君ならやれる』


声の主は――ゼファー。ネットの伝説的プレイヤーであり、アイリスにとって唯一無二の理解者。

「……ゼファー」

彼の言葉に胸の奥が熱くなり、指先が少し震える。

まだ見ぬ彼の正体も知らず、彼女の心は初恋の芽生えに似たときめきで満ちていた。




双子レイナ&エレナは市場のドレスショップに足を踏み入れ、華やかな布をひっつかんでは試着を繰り返す。

「こっちが絶対似合うわ!」

「いいや、私はこの真紅の方よ!」

試着室の前で互いに言い合い、周囲の客を呆れさせていた。


セレナは静かに本屋に入り、帳簿や経済書を黙々と買い込む。レジ前で店主に「本当にこれ、全部読むのか」と尋ねられ、「管理は命です」と真顔で返す姿に、店主は言葉を失った。


リーは大通りの屋台を豪快に食べ歩いていた。焼き鳥、餃子、焼きそば、串カツ……次々と平らげ、店主が「嬢ちゃん、もう十分だろ」と汗をかく。

「まだまだ! 腹は二つあるのよ!」

明るい声に、周囲の客まで笑い声を上げる。


ラムは子どもたちに囲まれ、ぷるぷると揺れる体を思い切り引っ張られていた。

「わー! スライムだ!」

「ぷるるん~!」

「……ぷるるん……いたい……」

寝言のような声を漏らしながらも、どこか嬉しそうに震えている。


ユリウスは街角でナンパに精を出していた。

「ねぇ嬢ちゃん、俺と一杯どう?」

「お断り」

「……即答!?」

失敗しても全くめげない彼に、通行人がクスクス笑っていた。


フィクスはジャンク屋の奥に潜り込み、山積みのスクラップから使える部品を引っ張り出していた。

「これ、直せば使える。……ほら、まだ生きてるじゃん」

小さな歯車を手のひらで回し、目を輝かせる。


リュミエールは街角に佇み、半透明の姿で人々に柔らかな笑みを向けていた。

「今日も平穏でありますように」

その祈りの声に、見えぬはずの子どもたちが足を止め、なぜか安らいだ顔を見せた。


デイジーは茶葉専門店に入り、新しい茶葉の香りを次々と嗅ぎ比べていた。

「これは甘い香り……でも渋みが強いわね」

「こっちは花の香り……ネルフィちゃんにぴったり」

店主が驚くほどの集中力で選び抜く彼女に、やがて試飲を薦める声がかかった。


ゼルダンは昼下がりの裏路地を歩いていた。

薄暗い酒場の扉を押し開け、カウンターに腰を下ろす。

「情報は酒に溶ける……さて、今日のネタは?」

彼は一杯のグラスを傾けながら、周囲の酔っ払いの会話を聞き流す。帝国の動き、密輸ルート、裏社会の噂……。

休暇のはずが、情報屋としての癖は抜けない。だがその目は鋭さの中にどこか穏やかさを帯びていた。

――街が笑っていれば、それだけで耳に入る噂も柔らかい。


マリウスは工房街の端にある小さな修理屋を訪れていた。

「これ、君の店で直せるかな?」

差し出したのは、壊れかけの古いおもちゃの兵隊人形。

店主が驚く。「こんな古いものを……」

マリウスはニヤリと笑い、「技術は心を守るんだ」と答える。

仕事では最新鋭のメカを扱う彼だが、休日にはあえて古いものを触りたくなるらしい。子どもが喜ぶ顔を想像しながら、彼はスパナを軽く回した。


アルスはカフェのテラス席に座っていた。

白手袋を外し、紅茶を静かに口に運ぶ。

「……久方ぶりに、何も指示を受けない午後か」

その姿はまさに執事の休日。だが背後から子どもが駆け寄り、「ねこー!」と抱きつくと、黒猫の姿に変わって小さく「……にゃあ」と鳴いた。

通りすがりの人々が微笑み、アルスはわずかに耳を赤らめる。

――完全な休暇は、彼にとっても少しばかり新鮮だった。


アカとシロは街の公園で元気いっぱいに走り回っていた。

「アカの方が速いにゃ!」

「シロの方が軽いにゃ!」

小さな足で鬼ごっこをしながら、ベンチに座る老人に飛びついては「癒しにゃ!」と甘え、露店の飴細工を見つけては「欲しいにゃ!」と騒ぐ。

屋台の店主は笑いながら二匹に小さな飴玉を渡した。

「……お土産にネルフィにあげるにゃ」

「そうするにゃ!」

二匹は誇らしげに胸を張り、小さな冒険の戦利品を抱えていた。


リルは工房の外れ、広い草原で風を受けていた。

「――ウォンッ!」

翼のように装甲板を広げ、風を切る。その姿はまるで空を舞う番犬のよう。

近くで子どもが転びかけると、リルはすぐに駆け寄り、優しく頭を撫でた。

「わん……」

子どもが「ありがとう、守ってくれたんだね!」と笑うと、リルは誇らしげに胸を張った。

休日であっても、彼の本能は「守護者」そのものだった。



仲間たちはそれぞれの場所で、静かに、あるいは賑やかに休日を楽しんでいた。

――アウルディーン工房の仲間たちにとって「休み」もまた、大切な未来を支える力となる。





◆◇◆◇


◆ 純愛デート ― ネルフィとレオン◆


ギルドを出た瞬間、仲間たちはぞろぞろと好き勝手に散っていった。

榊は鍛冶屋に向かい、双子はドレスショップへ、アイリスは早々に自室へ直帰。

「じゃあ、またな!」という声と共に、賑やかだった一団は驚くほどあっさりと四散していく。


残されたのは――ネルフィとレオン、二人だけ。


……急に、街の喧騒が遠のいたように感じた。

ネルフィは無意識にネックレスを握りしめ、レオンは少しだけ視線を逸らす。

沈黙が気まずい。

けれど、嫌じゃない。むしろ心臓がどんどん高鳴っていく。


そんな空気を破ったのは、レオンだった。


「なぁ、ネルフィ……昼、一緒に行かないか?」


不意打ちの一言に、ネルフィは思わず声を裏返した。

「え、えっ……!?」

慌てて咳払いをして、平静を装う。

「べ、別に……いいけど」


(な、なにこれ……変な汗が止まらない……!)

心の中では大騒ぎ。戦場の緊張とも違う、不思議な感覚が胸を焦がしていた。




◆ 街角カフェ ― 小さな日常


石畳の通りを歩き、二人が選んだのは街角の小さなカフェだった。

レンガ造りの壁は午後の陽光を受けて赤く輝き、窓辺には色鮮やかな鉢植えの花が並んでいる。

白いカーテンが風に揺れ、ベルが軽やかに鳴る音とともに扉を押すと、木の香りがほのかに漂った。


中は温かな雰囲気に包まれ、カップを傾ける人々や談笑する客で賑わっていた。

その一角に空いた二人席に腰を下ろすと、ネルフィはなんだか落ち着かない様子でメニューを広げる。


「えっと……」

小さな指が文字を辿る。だが心臓がドキドキして、内容がうまく頭に入らない。

(や、やだ……どうして私、こんなに緊張してるの……? 戦闘の方がまだマシかも!)


結局ネルフィが選んだのは、甘めのハーブティーとサンドイッチ。

対するレオンは迷いなくブラックコーヒーと肉のグリルを頼んだ。


やがて運ばれてきた料理を前に、レオンが何気なく口を開く。

「甘いの、好きなんだな」


にやりと笑ったその表情に、ネルフィは慌てて言い返す。

「わ、悪い? 頭を使うから糖分が必要なの!」

カップを抱え込むようにして、むすっとした顔を作る。


「いや……そういうとこ、ネルフィらしいと思う」

不意に真剣な声色で言われ、ネルフィの耳まで一気に赤く染まった。


「っ……な、なにそれ……!」

俯いてサンドイッチにかじりつく。だが味はほとんどわからなかった。

ただ、心臓の鼓動がやけに大きく響いている。


カフェの周囲では、そんな二人をちらちらと見て微笑む客もいた。

「ふふ、可愛らしいわね」

「お似合いのカップルだな」

そんな囁きがネルフィの耳に届き、余計に顔が熱を帯びる。


レオンは気づいているのかいないのか、窓の外を眺めながら静かにコーヒーを啜っている。

その横顔を見て、ネルフィは小さく息を呑んだ。

(……なんでこんなに、胸が苦しいんだろう)


サンドイッチのパンの香ばしさも、ハーブティーの柔らかな香りも、

今のネルフィには“レオンと並んでいる時間”の方がずっと強く心を満たしていた。




◆ 市場 ― ぎこちないやり取り


昼食を終えた二人は、賑わう市場の通りへと足を踏み入れた。

石畳の両脇には露店がずらりと並び、香辛料の刺激的な香り、果物の甘い匂い、焼きたてパンの香ばしさが入り混じる。

人々の笑い声や客引きの声が響き渡り、色鮮やかな布や異国の小物が視界を埋め尽くす。


ネルフィは小柄な体で人波をすり抜け、次々と露店を覗き込む。

だが――ある店先でぴたりと足を止めた。


「この……新型の魔導レンチ……!」

瞳がきらきらと輝き、思わず両手をショーウィンドウのガラスに押しつける。

その姿はまるで宝石を見つけた子どものようだった。


「くぅ……予算が足りない!」

ネルフィは小さな拳を握りしめ、唇を噛む。


横に立つレオンは、思わず苦笑を漏らした。

「……本当に好きなんだな、工具」

彼はそっと財布に手を伸ばしかける――が。


じろり、とネルフィの鋭い視線が突き刺さった。

「……何してるの?」

レオンは肩を跳ねさせ、慌てて手を引っ込める。

「い、いや! 別に……!」

「だ、誰も買ってなんて頼んでないから!」

「わ、わかってるって!」


互いに顔を背け、そっぽを向く。

けれどどこか、頬がゆるんでしまうのは止められなかった。

ぎこちない空気なのに、不思議と温かい。


そんな二人を見ていた通りすがりの商人が、にやりと笑いながら声をかけてきた。

「嬢ちゃん、こういうのは“旦那”に買わせときゃいいんだ」


「だっ、旦那じゃないっ!」

ネルフィの叫びが市場中に響き渡り、周囲の客がどっと笑い声をあげる。

レオンは耳まで真っ赤にして俯き、ネルフィは顔を真っ赤にしながら抗議する。


「ち、違うんだからね! 本当にっ!」

必死に否定するその姿さえ、どこか微笑ましい。


果物売りの老婆が目を細めて呟いた。

「若いってのはいいねぇ……」


市場のざわめきの中で、二人のやり取りはささやかな笑いを呼び、

ほんの束の間だが、戦いや陰謀を忘れた「普通の日常」の一コマとなっていた。




◆ 公園 ― 揺れる心


午後の陽射しは柔らかく、石畳の並木道に木漏れ日を落としていた。

街の中心に広がる公園は、戦いの匂いなどどこにもない、穏やかな日常そのもの。

子どもたちが追いかけっこをし、母親たちがベンチで談笑し、犬が楽しそうに尻尾を振って駆け回っている。


ネルフィとレオンは、そんな光景を横目に並んで歩いていた。

互いに言葉少なだったが、不思議と沈黙は心地よかった。

戦場では決して味わえない、柔らかな時間が二人を包んでいたからだ。


ふと、ネルフィが立ち止まって空を見上げる。

並木道の間から覗く空は、午後の光に淡く染まり、雲がゆるやかに流れていく。

「……戦いばかりじゃなく、こういう時間も大事なんだね」


その声は小さく、独り言のようだった。

けれど隣にいたレオンには、心の奥底からの願いのように響いた。


彼はその横顔を見つめた。

夕陽に照らされるネルフィの髪は、炎のような橙から金色へと変わり、

その瞳には、未来を見据えるような強さと、少女らしいあどけなさが同居していた。


胸の奥が熱くなる。

言葉にしなければならない。今、この瞬間でなければ――。


「……ネルフィ」


「……なに?」

視線を向けられた瞬間、心臓が跳ね上がる。


レオンは立ち止まり、真剣な眼差しを彼女に向けた。

「俺、お前の隣に立てる男になる。だから……ずっと隣にいさせてくれ」


それは飾り気のない、率直な想いだった。

騎士の誓いでもなく、英雄の宣言でもない。

ただ一人の少女に向けた、真実の言葉。


ネルフィは一瞬、息を呑んだ。

心臓が止まりそうになる。

でも――胸の奥からあふれてくるのは、不思議な安心感だった。


唇が自然と緩み、頬に温かな赤みが差す。

「ば、馬鹿……」


小さな声でそう呟き、ネルフィはそっとレオンの手に触れた。

指先から伝わる温もりは、確かで、優しくて、胸の奥をじんわりと熱くしていく。


戦場のどんな炎よりも強く、

雷鳴よりも鮮烈に――ネルフィの心を焦がす。


その瞬間、二人の間に流れていた沈黙は、もう気まずさではなかった。

言葉にできない感情が、確かな絆となって繋がっていた。


夕陽が並木道を金色に染める中、二人は歩き出す。

ただ静かに、けれど確かに――これまで以上に「隣り合って」。



◆ 余韻 ― 帰路の二人


夕暮れの街並みは、柔らかな橙色に包まれていた。

石畳を踏みしめる足音が、二人分だけ響く。

行き交う人々の喧噪も、遠くの鐘の音も、今の二人にはただの背景にすぎなかった。


ネルフィとレオンは、肩を並べて歩いていた。

言葉は少なかったが、沈黙が気まずさを生むことはなかった。

むしろ、その静けさが心地よく、互いに視線を合わせるたびに小さな笑みがこぼれる。


「……今日は、楽しかった」

ネルフィがぽつりと呟いた。

その声はか細いが、確かな温かさを帯びていた。

普段は毅然として工房を率いる“社長”の彼女が、今はただの少女の顔で微笑んでいる。


レオンは少し驚き、そして柔らかく頷いた。

「俺もだ。ありがとな、ネルフィ」

彼の声には、普段の厳しさも堅さもなかった。

ただまっすぐな感謝と、隣を歩く相手を大切に思う気持ちだけが滲んでいた。


石畳に伸びる二人の影は、夕陽に照らされて少しずつ長くなり、やがて重なり合った。

その影はまるで一つになったかのように揺れ、風に溶けていく。


恋人――と呼ぶには、まだ早い。

お互いの心の奥底に芽生えた気持ちは、まだ言葉にして確かめるほど強くはない。

けれど確かに芽吹いた“何か”が、二人を静かにつないでいた。


ネルフィはふと空を仰いだ。

群青に染まりつつある空に、一番星が小さく瞬いていた。

「……いつか、もっと大きなものを一緒に見たいな」

自分でも気づかぬほど小さな声だったが、レオンの耳にはしっかり届いていた。


彼は短く笑い、隣を歩く小柄な少女の横顔を見つめる。

「……あぁ。必ず隣で見るさ」


二人の足取りは軽く、夕暮れの街をゆっくりと進んでいく。

その影は重なり合いながら、明日の戦いへと続く道をまっすぐに伸びていた。


それは、戦場へ向かう覚悟の背を押すように――

そして何よりも、確かな未来へ導く灯火のように、静かに二人を包んでいた。




◆ 仲間の茶化し ― 工房に戻って


夕暮れ、街のカフェと公園で過ごした余韻を残したまま、

ネルフィとレオンはアウルディーン=ネクサスの工房へ戻ってきた。


二人は並んで歩きながら、なんとも言えない笑みを浮かべていた。

……が、扉を開けた瞬間――


「おかえり、社長サマ!」

「で? で? どうだったんだい?♡」


ユリウスがカウンターに肘をつき、にやにやと待ち構えていた。

まるで獲物を待つ猫。


「な、なにがよっ!」

ネルフィは真っ赤になって声を張り上げるが、

顔も耳も、すでにすべてバレバレだった。




双子レイナとエレナがすかさず畳み掛ける。


「カフェでランチしてぇ~」

「市場でお買い物してぇ~」


ネルフィが絶句する。

「なっ、なんで知ってるの!?」


二人は同時に両手を広げて、にやり。

「「尾行したから♡」」


「こらああああああああああああああああああっ!!」

ネルフィの絶叫で、工房の窓ガラスが震える。




榊は腕を組んで静かに笑った。

「……昼間からデートか。若いな」


「デートじゃないってばっ!!」

ネルフィの反論は早撃ちの銃弾のようだった。


レオンは隣で耳まで真っ赤にしつつ、

「……デートじゃない、らしいぞ」

と小声で付け足す。




ラムがぷるるんと震えながら、寝言のようにぽつり。

「ネルフィ……顔、トマト……」


アカとシロは大はしゃぎで転げ回る。

「にゃふにゃふ! レオンもトマトにゃ!」

「カップルトマトにゃ~!」


「かっ……カップルじゃないぃぃぃぃ!!」




リュミエールはカウンターでグラスを磨き、微笑んだ。

「でも……素敵じゃない。命を賭ける戦いの中で、

こうして心を温める時間を持てるのは」


その穏やかな声に、ネルフィはさらに赤面して机に突っ伏した。




そこでゼルダンが影の奥からぼそり。

「……“デート尾行禁止”って規約を作った方がいいかもな」


マリウスは笑いながら設計図を広げ、鉛筆を走らせる。

「じゃあ“デート用妨害装備”を試作しとくか? 透明マント、尾行ジャマー、あと……『赤面センサー無効化ゴーグル』とか?」


「誰が作れって言ったぁぁぁぁぁぁ!!」

ネルフィが顔を真っ赤にして机を叩くと、

仲間たちの笑い声が工房いっぱいに響いた。




◆ 深夜ラボ ― 秘密の発明


その夜。


アウルディーン=ネクサスの一角にある、ネルフィ専用の巨大ラボ。

壁一面に浮かぶホログラム、古代回路が刻まれた石板、そして魔導ランプが白々と灯る机の上。

そこに小さな背中を丸めて座り、鉛筆を走らせている少女がいた。


「……次にもし、デートしたら……今度こそ……絶対にバレない……!」


ネルフィの額には薄っすら汗。

机の上には書き散らした紙束が山のように積まれ、その一枚の見出しには大きくこう記されていた。


【対尾行発明案】


その下に、彼女の走り書きが並ぶ。


スモークチョーカー(危険を察知すると自動で煙幕発生! → デート中の尾行阻止に最適)


尾行センサー付き髪飾り(怪しい気配が近づくとピコン! ……可愛いデザイン必須)


デート用“にゃふにゃふ防御結界”(アカとシロ専用。膝に飛び乗っても人目にバレない幻影展開!)



ネルフィは鉛筆を噛みながら、頬を真っ赤にしてぶつぶつ言う。

「こ、これはっ……セ、セキュリティ強化だからっ! ……そう、セキュリティ……」


その横で、黒猫姿のアルスがそっと机に前足をかけた。

金色の瞳でちらりと紙束を覗き込み、冷静そのものの声で告げる。


「ネルフィ様……どう見ても“恋愛専用兵装”に見えますが」


「ち、違うっ! デートなんかじゃなくてっ……あれは、ほらっ、情報収集の外出よっ! 外出っ!」

ネルフィは顔を真っ赤にして机を叩く。


だが、机の上に転がっていたアカとシロが同時に跳ね上がった。

「にゃふにゃふ! セキュリティにゃ~!」

「いやいや、どう見ても“デート用”にゃ~!」


ネルフィ「ちがーーうっ!!」


その叫びに、アカとシロは大爆笑しながら机の上を転げ回り、鉛筆や図面をぐちゃぐちゃにしてしまう。

ネルフィは慌てて紙束を抱え込み、真っ赤な顔で吠えた。


「や、やめなさいよぉっ! これは大事な……大事な研究なんだからぁっ!!」


アルスは深々とため息をつき、尻尾を揺らす。

「……記録しておきましょう。“ネルフィ様、恋愛対策兵装を開発中”と」


「やめてぇぇぇぇぇぇっ!!!」


夜更けのラボに響き渡るネルフィの悲鳴と、仲間たちの爆笑。

外界の嵐も、帝国の陰謀も、この瞬間ばかりは遠い世界のことのように思えた。


――こうして、社長にして発明家の少女の“秘密の設計図”は、誰にも言えない赤面の結晶として深夜のラボに積み上がっていくのだった。




ネルフィの叫びとアカ&シロの爆笑が収まりかけた、その時。


「ネルフィ、まだ起きてたのか?」


――ラボの扉が静かに開いた。

そこに立っていたのは、剣を肩にかけたレオン。

ちょうど訓練を終えた帰りのようで、額には汗が滲んでいる。


「レ、レレレレオンっ!? い、今は入ってこないでぇっ!」

ネルフィは慌てて図面の束を抱きしめ、背中で隠す。


「……何を隠してる?」

怪訝そうに近づくレオン。


「な、なんでもないの! ただの、ただの……研究よ! そう、セキュリティ研究っ!」

必死の言い訳に、アルスが冷ややかに付け加える。

「正確には“恋愛対策兵装”でございます」


「やめてぇぇぇぇぇぇぇぇっ!!」


だが、既にレオンの視線は机の上に落ちていた。

紙束の一番上に大きく書かれた文字。


【対尾行発明案】


「……スモークチョーカー? 尾行センサー付き髪飾り……デート用にゃふにゃふ防御結界?」

レオンは一枚一枚を読み上げてしまう。


ネルフィの顔は真っ赤。

「ち、違うの! 本当に違うのっ! これは、その……!」


一瞬、沈黙。

そして次の瞬間――。


レオンは小さく笑った。

「……ネルフィらしいな」


「……えっ?」

「戦いの発明も、街の修復も、デートの尾行対策も……。お前は全部“仲間と自分を守るため”に考えてるんだろ?」


その真っ直ぐな言葉に、ネルフィは何も言い返せなかった。

ただ視線を逸らし、耳まで真っ赤にしながら小さく呟く。


「……ば、馬鹿」


ラボに残るのは、からかうアカ&シロの声と、アルスの「記録完了」の冷静な言葉。

だがネルフィの胸の奥では――レオンの微笑みと温かな声が、いつまでも響いていた。



レオンが部屋を去ったあと、ラボには静寂が戻った。

ネルフィは図面の束をぎゅっと抱きしめ、机に顔を埋める。


「……ううぅ、恥ずかしいぃ……!」


アカとシロが、にゃふにゃふと転げ回りながら笑っている。

「ネルフィ、顔まっかっかにゃ!」

「にゃふふ~、次はどんな発明にゃ~?」


アルスは落ち着いた声で告げた。

「ネルフィ様。先ほどのやり取りは、非常に“青春的”でした。次回は、尾行対策よりも――告白対策を発明されるべきかと」


「そ、そんなのっ……!」

ネルフィは枕に顔を押し付け、転げ回る。


だが心の奥底では、レオンの言葉が柔らかく光っていた。


――“ずっと隣にいさせてくれ”


胸の奥がじんわりと温かくなる。

ネルフィはそっと顔を上げ、真っ赤な頬のまま設計図を広げ直した。


「……次は、絶対にバレない発明を作るんだから」

鉛筆を走らせながら、しかし小さな声で続ける。

「……そして、次のデートは……絶対、完璧にしてみせる」


ラボのランプの灯が深夜まで揺れ続けた。

未来の戦いを備える工房の主は――同時に、恋する少女の顔を隠しきれなかった。




◆◇◆◇


◆ 不穏の影 ― カインの邂逅


夕暮れのミッドウェル街。

復興の喧騒が少し落ち着いた大通りの片隅で、カインは経理帳簿を抱えながら歩いていた。


「……ふむ、収支は黒字基調。この調子なら二号店の初期投資も――」

真面目な顔で計算を巡らせていた、その時。


不意に小さな声が聞こえた。

「……だ、誰か……助けて……」


振り向いた先に立っていたのは、白いドレスを纏った金髪碧眼の美女。

陽の残光に照らされ、その姿はまるで絵画の中から抜け出たように美しかった。

しかし、その瞳は涙に濡れており、細い肩は小刻みに震えている。


「す、すみません……妹が……病気で……薬代がどうしても……」


掠れた声に、カインの心臓がどくんと大きく鳴った。

彼女の名は――セリーナ・マルヴェール。


儚げに伏せられた睫毛、今にも崩れ落ちそうなその姿。

普段なら数字以外に惑わされないカインの心が、不思議なほどに揺れていた。


「……妹さんが病気、だと?」

気づけば声をかけていた。


セリーナは潤んだ瞳を持ち上げ、弱々しく微笑む。

「ええ……どうしても、どうしても……。でも、もう誰にも頼れなくて」


その微笑みは、哀しみと希望を同時に宿したものだった。

カインの胸に強く突き刺さる。


――この邂逅が、後にアウルディーン工房全体を揺るがす「嵐」の始まりになることを、今はまだ誰も知らない。




◆◇◆◇


◆ それぞれの一日


夕暮れの空が赤紫に染まり、ミッドウェル街全体が柔らかな光に包まれていた。

人々が店を閉じ、子どもたちが家へ帰り、広場の灯火が一つ、また一つと点っていく。

その穏やかな時刻に、アウルディーン=ネクサスの仲間たちは、それぞれの一日を終えて帰路についた。




ネルフィとレオンは、まだ互いに言葉少なだった。

市場でのやり取り、公園での手の温もり――その余韻が、心の奥で甘く疼いている。

すれ違うたびに指先が触れそうになり、二人は揃って慌てて視線を逸らす。

けれど、それでも自然と笑みがこぼれていた。

――まだ「恋人」とは呼べない。

しかし確かに、二人の間には新しい絆が芽生えていた。


榊は無口なまま街の外れを歩いていた。

だが彼の瞳には、先ほど出会った銀髪碧眼の少女――セリーヌ・ヴァルガルドの姿が焼き付いて離れない。

気品を湛えながらも、どこか影を背負った横顔。

「……妙な縁だな」

呟いた声は、夜風に溶けて消えた。


一方、アイリスは部屋にこもり、光に染まったモニターの前でヘッドセットを外した。

画面には、ログアウトしたばかりの名前――《ZEPHYR》。

「……ふん。あいつ、今日もカッコつけやがって」

口元は不機嫌を装っているが、頬にはうっすらと紅が差している。

キーボードに置いた指先は、まだほんのりと震えていた。


そして――カイン。

街角で出会った白いドレスの美女、セリーナ・マルヴェールの涙を思い出していた。

「妹が病気で……」という儚げな声が、何度も脳裏に蘇る。

普段なら数字と合理だけで動く男の心に、初めて隙が生まれていた。

――その隙間に忍び込む影が、確かに芽吹き始めていた。




仲間たちがそれぞれの「一日」を胸に抱え、ネクサスの大扉をくぐる。

ラボホールには笑い声があり、酒場にはリュミエールの静かな唄があり、双子の騒がしい声が響いていた。

どんな不穏な影が迫ろうと、ここは「帰る場所」であり「家族の灯火」だった。


――だがその温もりの裏で、確かに未来を揺さぶる予兆が動き出していた。

ネルフィとレオンの淡い想い。

榊とセリーヌの運命的な出会い。

アイリスとゼファーの深まる絆。

カインへ忍び寄るセリーナの影。


それぞれの一日が、新たな物語の扉を静かに開き、

次なる試練へと彼らを導いていくのだった。

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