Episode.1 解雇された天才少女と呪われた王子
◆ホログラム越しの心配◆
ミッドウェル街――。
広々とした書斎の中央、宝石のような魔導水晶が淡い光を放ち、そこにホログラム映像が浮かび上がっていた。
映し出されたのは、街外れのホテルにこもる十歳の少女――ネルフィ・アウルディーン。
鮮やかなオレンジ色の髪を後ろでひとつに束ね、首には大きなヘッドフォン。白衣は少し大きめで袖が余り、腰の工具ベルトにはレンチや魔導ドライバー、試作の小型装置がずらりと並んでいた。その姿は幼さと職人らしさが奇妙に同居しており、世界の誰もが見たことのない「天才児」の姿だった。
ホログラムの向こうでリュシェル・エリムハイド第二王女は眉をひそめ、椅子の肘掛けを握りしめていた。
「……ネル、本当に大丈夫なの?」
声には心配と苛立ちが入り混じっていた。親友の頑固さを知っているからこそ、どうしても気になってしまう。
ネルフィはペン型の錬金装置を回しながら、あっけらかんと答えた。
「心配しすぎだよ、リュシェル。解雇されたくらいで、私の研究は止まらない」
その声は不思議と落ち着き払っていて、十歳とは思えぬ自信をにじませていた。
机の上では、四体のサポートメカ《アウルディーナ》が忙しなく動き回っていた。
コルトは浮遊するターゲットを撃ち抜きながら機関銃モードを調整している。
デイジーは小さなカップを両手で抱え、温かいハーブティーをネルフィの机に置き、「お疲れ様です♪」と柔らかな声をかける。
フィクスは壊れた試験管ラックを油まみれで修理し、時折工具を投げ捨てながら「また改造すんのかよ」とぼやいていた。
ミーナは魔導投影装置に接続され、数枚の魔法陣データを次々と整理しながらホログラムに映し出していく。
その光景を黒猫姿のアルスが眺め、尻尾を揺らしながらため息をついた。
「ほらご覧ください、リュシェルお嬢様。ネルフィ様にはすでに“家族”がおります。あとは拠点さえあれば、立派な工房は即座に起動可能でしょう」
リュシェルはホログラム越しに、彼女の部屋の賑やかさを見て少し口を尖らせた。
「……もう、本当に仕事人間なんだから。私が心配しても聞く耳持たないんだから」
だがその頬はわずかに緩み、幼馴染への愛しさが隠せなかった。
その時、ネルフィの肩に小さな白猫――シロがぴょんと飛び乗った。
「にゃふふ〜♪ ネルフィのこと、だ〜いすき!」
反対の肩からは赤毛のアカが顔を出し、しっぽを揺らして叫ぶ。
「アカも大好きにゃ! リュシェルもにゃ!」
「ちょ、ちょっと……!」リュシェルは思わず吹き出しそうになり、ネルフィは苦笑を漏らした。
幼い少女でありながら、天才研究者であり、そして誰よりも仲間に愛されている。
――その姿は、嵐のような未来を予感させながらも、確かに温かい「物語の始まり」を告げていた。
◆◇◆◇
◆ ハンターギルドでの嘲笑◆
数日後。
ネルフィはアルス、アカ&シロを連れ、街の中央にそびえる巨大建築――ハンターギルドミッドウェル支部の重厚な扉を押し開いた。
扉が軋む音と同時に、広間に集う百人近い荒くれ者たちの視線が一斉に注がれる。空気は酒と汗と血の匂いでむせ返り、粗野な笑い声が木造の梁に響いていた。
そして、彼らの目に映ったのは――身の丈も椅子の背もたれに届かないほど小柄な少女。
鮮烈なオレンジの髪を後ろで縛り、白衣をひらめかせながら歩くその姿は、戦場の勇者というよりも研究室から飛び出してきた学者のよう。首元には大きめのヘッドフォンが揺れ、腰には工具ベルトがずっしりと下がっていた。
「……なんだ、ガキじゃねぇか」
「おままごとでもしに来たか?」
低い嘲笑が広がり、やがてどっと爆笑の渦となる。
椅子を蹴って立ち上がった大男が顎をしゃくり、ネルフィを値踏みするように見下ろした。
「嬢ちゃん、ここは遊び場じゃねぇぞ。迷子なら家に帰りな」
ネルフィは一歩も退かず、受付へ向かって歩みを進める。その毅然とした背中が、逆に荒くれ者たちの癇に障った。
「おい見ろよ、耳が尖ってやがる……エルフか?」
「いや、あの体格と手の厚み……ドワーフの血も混じってやがるな」
「ハーフエルフだと? へっ、珍しいおもちゃが来たもんだ」
好奇と侮蔑が入り混じった視線が突き刺さる。中には露骨に舌なめずりする者まで現れた。
だがネルフィは振り返りもせず、ただ真っ直ぐに受付嬢を見据えた。
「私は迷子じゃない。ハンター登録をしに来たの」
その澄んだ声に、一瞬だけ場の空気が凍る。
次いで爆発するような嘲笑が巻き起こった。
「はははっ! 嬢ちゃん、冗談も大概にしろ!」
「狩りに行くどころか、狩られる側だろ!」
「せいぜい俺たちの荷物持ちくらいが関の山だ!」
嘲りと怒号が渦を巻き、数人がネルフィを追い出そうと歩み寄ってくる。
その瞬間、アルスが黒猫の姿で前に飛び出し、尾を高く掲げて低く唸った。
「……ご忠告申し上げる。ネルフィ様に触れるなら――後悔することになりますよ」
しかし、荒くれ者たちは一笑に付した。
「猫に脅されるほど落ちぶれちゃいねぇ!」
「ガキも猫も、まとめて外に叩き出してやる!」
木の床が踏み鳴らされ、空気が一気に険悪さを増していく。
ネルフィは微動だにせず、ただ腰の工具ベルトに手をかけ、静かに呼吸を整えていた。
――その時。
酒場の奥の暗がりから、低く冷たい声が響いた。
「……待て」
その声は、刃のように場の空気を切り裂いた。
◆◇◆◇
◆呪われた王子の介入◆
「……待て」
その低い声は、鋭い刃のように場の空気を断ち切った。
騒然とした酒場の奥。
長椅子の影から歩み出たのは、銀色の髪を乱雑に束ね、外套に身を包んだ一人の青年だった。
赤い瞳は冷たく、荒くれ者たちを一瞥するだけで彼らの喉を凍りつかせる。
「……あれは……“呪われた狼の血”だ……」
「まさか、ヴァルガルドの……」
ざわめきが広がり、先ほどまで威勢を張っていたハンターたちが目を逸らす。
その青年――レオンハルト・ティア・ヴァルガルドの纏う気配は、剣を抜かずとも群衆を威圧する力を持っていた。
彼はネルフィの前に立ち塞がり、背を庇うようにして周囲を見渡した。
「この子はただのガキじゃない。お前らの誰よりも……ハンターにふさわしいかもしれない」
その声音には怒号も威嚇もなかった。
だが、静かな断言は暴力以上に重く、誰も言い返すことができない。
椅子に腰を戻す者、舌打ちして酒に口をつける者。広間を包んでいた嘲笑は、いつの間にか冷や汗交じりの沈黙へと変わっていた。
ネルフィは見上げ、初めてレオンと視線を交わす。
銀髪と赤い瞳――その存在は危うく、どこか影を背負っていた。だが同時に、彼女の中に説明のつかない引力を生み出した。
その刹那。
シロが小さく震え、か細い声で鳴いた。
「にゃ……からだが……だるい……」
デイジーもまた弱々しくネルフィの袖を引く。
「ネルフィ様……空気が、淀んで……」
ネルフィはすぐに気づいた。
青年の身体から、黒紫の瘴気が薄く漏れ出し、周囲の小動物や人間の活力を吸い取っていたのだ。
「……やっぱり」
彼女は腰のホルスターから小型の錬金装置を取り出し、即座に魔導回路を展開した。
「――起動、《抑制フィールド》!」
青白い光の環が弾け、瘴気を中和する。
瞬く間にシロの体調は戻り、デイジーの声にも張りが戻った。
レオンは驚きに目を見開き、そして――ほんの一瞬だけ、安堵の笑みを浮かべた。
「……誰も、俺を救えなかったのに……君は違うんだな」
ネルフィは首を傾げ、淡々と問い返す。
「呪い? それとも病気?」
「……どっちでもいい。だが、君には……“見えてしまった”か」
それは彼の呪われた体質の一端。
周囲が恐怖し避ける中、ネルフィだけが真正面から見つめ返す。
赤い瞳と金の瞳。
ふたりの視線が交錯したその瞬間、まだ名もない絆の芽が、確かに心の奥底で芽吹いたのだった。
◆◇◆◇
◆試験前の伏線◆
受付嬢が咳払いをして、場に張りつめた空気を切った。
「……わかりました。お二人を仮登録します。ただし、正式なハンターとなるには“入門試験”を受けていただきます」
ざわめきが広がり、視線が再びネルフィに注がれる。
「子供が試験を……?」
「呪われた王子と組むなんて……」
疑念と興味が入り混じる視線の嵐。
だがネルフィは一歩も退かず、澄んだ声で告げた。
「条件を提示してください。私たちは必ず突破します」
その横でレオンが冷たく笑う。
「他の誰よりも、この子と組む方がずっと安全だ」
瞬間、床に魔法陣が浮かび上がり、漆黒の
低い唸り声と鋭い眼光が広間を支配し、さっきまで嘲っていたハンターたちが一斉に息を呑む。
「……あの子、本当に召喚した……!」
「しかも……制御してやがる……」
ネルフィは胸を張り、毅然と告げた。
「彼は私の相棒。どんな試験でも共に突破する」
広間は沈黙に包まれ――その小さな少女に対し、誰も軽々しく笑えなくなっていた。
◆王城からの支援
同じ頃、エリムハイド王城。
王女リュシェルはホログラム越しにその光景を見つめていた。
ネルフィが堂々と宣言し、レオンがその隣に立ち、リルが顕現する。
その姿に、リュシェルの胸は誇らしさと同時に、かすかな痛みに締め付けられる。
「……ネル……やっぱり、あなたは強い」
ホログラム端末の横には、彼女が独自に集めた情報が並んでいた。
ギルド職員の名簿、試験官の過去の傾向、試験で出されやすい魔物の出現記録――。
リュシェルは密かに王家の権限を使い、ネルフィの試験が不当に操作されないよう裏から監視していたのだ。
「あなたに無茶をさせたくない。……だから、私にできることは全部やる」
しかし映像の中で、レオンがネルフィの隣に立ち、彼女を守るように剣を構える姿を見ると――胸の奥で小さなざわめきが広がる。
「私は……ただ守るだけの存在なの?」
「ネルの隣に立つのは……私じゃないの……?」
揺れる感情に気づきながらも、リュシェルは強く息を吸い込んだ。
「いいえ。私はネルを信じる。だからこそ、私も強くならなくちゃ」
彼女の決意は誰にも届かない。だが、それは確かに、後に三人の関係を大きく揺らす種となっていた。
◆次なる一歩へ
こうして――ネルフィとレオンは、正式な試験へ挑むこととなった。
その影でリュシェルは、密かに情報を流し、見守ることを選んだ。
「戦うのは二人。けれど……支えるのは私」
少女たちと王子。
交わった運命は、まだ始まりにすぎなかった。
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