無限の中にきっと再会はない

marin

一度目

 何故深夜にやっている美容院は少ないのかと考えながら、伸びた黒髪を後ろで結ぶ。だが、横髪がどうにも上手く巻き込めない上に、自分で適当に切った前髪が微妙に邪魔で、最悪な気分になった。まぁ別にいいか。どうせ誰かに会うことはない。仕事相手は俺を見る前に死んでいる。

 殺し屋になったのはそれ以外に才能を見出だせなかったからだ。高給取りとはまではいかないが、もう少しマシな生活を過ごすはずだった。当たり前に朝起きて仕事に行って夜に寝るはずだったのに、夜に起きて仕事に行って朝に寝る生活を送っている。これが夜職だったらもっと輝かしい人生を遅れていたんだろうなと思いながら、適当に荷物を纏めて鍵を2回かける。

 終電に乗るのは車を買う金がないからだが、この移動時間は嫌いじゃない。何もしなくても勝手に目的地に運んでくれるのは楽だし、滅多な事がない限り時間通りに着くのは有難い。何よりこの余った時間でだらだらと過ごせるのが最高だった。YouTubeで下らない動画を見たり、SNSでしょうもない事を呟いたり、無料公開中の漫画を読んだり出来る。勿論その時間で次の仕事を探すのも忘れない。フリーの殺し屋は専用のサイトで仕事を探すのだが、たまに依頼の数が多すぎると思う。こんなに殺しても街は人で溢れかえっているのだから、この地球には人類が無限に存在しているのではないか。そんな馬鹿げた事すら考えてしまいそうになる始末だ。

 終点で降りて目的地へと向かう。都心から少し離れた田舎の駅には誰にもいないどころか、町にも生気はない。まぁそれならそれで好都合なのがこの仕事だ。変なのに見つかって警察に連れて行かれるのは避けたい。向こうは殺し屋の事情を分かっているが、長い時間拘束されるのは確実だし、一番最悪なのは道徳心などを問われたりすることだ。人を殺すことに罪悪感を感じろというのは傲慢だと思う。生きる事とは必ず何かを奪う事だし、俺はただ生きるためにやっているのだから、とやかく言われたくはない。とはいえ、このままいけば俺は確実にろくでもない最期を迎える。因果応報はこの世の常だ。それくらいは俺にだって分かる。

「さて、やるか」

 今日の依頼は町の端に住んでいる元殺し屋の処理だった。依頼主はちゃんと確認していないが、多分どこかのヤクザだろう。あの手の奴らは羽振りが良かったのだが、最近はケチな上に完璧主義なので好かれていない。勿論俺も嫌いだが、背に腹は代えられないので、とっとと済ませて帰ることにする。武器はいつも通りサイレンサーをつけたグロックと昨日磨いておいたサバイバルナイフだ。武器を最低限しか持ってきていないのは、邪魔だからではなく、単に現場に忘れそうだからである。


 ◇


 結論から言えば殺しには成功した。元殺し屋とはいえ耄碌したジジイを倒すなど俺の手にかかれば数十分だったし、雇われていた護衛らしき男達は弱かったからである。しかし、問題が発生している。この死体をどうにかする処理役がいつまで経っても来ない。早く引き継いで帰りたいのに一向に来ないので、俺は電話をかける羽目になった。そして、今の俺は代わりの奴が来るまで死体で溢れた家の玄関に座り込んで暇を潰している。

 こういう時に煙草は便利だ。これが無限にあればいいのにと思う俺は立派なヘビースモーカーで、電子にすら変えていないから、貧困に喘いでいるのだろう。しかし、昔からの習慣を変える努力をしたくない。人々は変化を望んでいるようだが、俺は変わらない物を好んでいる。それを怠惰と言われたら俺はキレるだろう。下手したらそれこそ殺してしまいそうだ。

「俺にも一本くれない?」

「嫌だね。これは全部俺の分だ」

 お兄さんならそう言うと思ったと返した金髪の男は、見るからに同業者で、こいつが代わりの奴だとすぐに気付いた。意外に来るの早かったなと思いながら、状況を確認しに行った男の背を追う。男は意外に背が高い上に最近流行りのウルフカットで、俺とは正反対のタイプだなと思う。それこそホストとかやっていそうだが、処理役をやっているということはそれなりの理由があるのだろう。そこら辺をいちいち詮索したりはしない。この業界で不干渉は暗黙のルールだ。

 死体処理は殺しよりも労力がかかる。死体をビニールシートに巻いて車に突っ込むのも大変だが、それよりも床や壁についた血を落とすのが本当に面倒くさい。これがやりたくないから俺は報酬の3分の1を使って毎回処理役を呼ぶのだが、一人でやっている奴は久しぶり見た。しかも、とても手際が良い。これなら確かに誰かに頼る必要はないだろう。

「お兄さん。殺しが上手いね」

 皮肉だなと思ったが、素直に世辞として受け取ってやった。この仕事を5年もやっていれば、嫌でも上手くなる。しかし、どうにも血が飛び散るのは避けられない。これが背後からの暗殺ならこうはならないのだが、相手が待ち構えているとなると、おのずと戦闘になって血が飛び散る。俺だってもっと静かな殺しがしたい。銃弾一発で仕事を済ませられたらと思った朝は数知れないが、そういう仕事はすぐ誰かに取られてしまう。世界は俺に厳しいのだ。

 ぽつぽつと会話を繰り返していれば、死体の処理は終わる。後はこいつを見送って俺は始発まで待つだけだ。しかし、この街に暇を潰せる場所などないだろうから、俺はまた始発まで駅前で延々と煙草を吸うことになる。別に不満はない。朝焼けはそれなりに美しいし、スマホがあれば、時間はいくらでも浪費できる。きっとこの世で一番文明の利器の恩恵を預っているのは俺だ。

「じゃ、俺は帰るから後はよろしく」

「これで終わりなんて勿体ないな。朝まで付き合って下さいよ」

「女ならともかく男となんてお断りだ」


 ◇


 日頃誰とも話していないのが仇になったと言わざるを得ない。もっと上手い返しが出来ていたら、男の車の助手席に座る事などなかった。死体処理場まで同伴するのは百歩譲っていいものの、始発を過ぎた後まで付き合わされる羽目になったのは、俺が断る理由を見つけられなかったからだ。それどころか、たまにはいいかなんて思ってしまった。この仕事で人の繋がりなど枷でしかないのに、どうせ二度と会うことはないしだなんて考えてしまった。こういう所が俺の駄目な所かもしれない。

 男はよく喋る奴で、車の中では自分の趣味を俺に向かって語っていた。男は俺よりも高尚な趣味をお持ちのようだ。俺が知らないバンド達について語りながら、彼らすべてが売れることを望んでいる。死体の処理をやっている奴が人間の可能性を信じられるのは、男が善性を失っていない証拠だ。少なくとも、俺にはそれが出来ない。人に希望を抱くことが最近無理になってきた。

 インディースの音楽を好むようになったのは偶然で、死体の処理を始めたのも同様らしい。しかし、気が付くとマイナーな物を選んでしまう自分が誇らしいと言う。他と変わってるのっていいじゃないですかと笑う。世間からズレている事を喜べる感性が少しだけ羨ましい。自分とさして歳も変わらない男が異様に眩しく見えた。俺もそういうふうに在れたら、何かが変わっていたのではないか。いや、それはないな。

「ここの美味いんですよ」

 駅から遠く離れた死体処理場の近くにあるラーメン屋へと着いた。早朝に開いているラーメン屋があるという事は、早朝から働きに出る奴が多いという事だ。だが、俺らは真っ当な奴らとは違い、仕事終わりの一杯と洒落こんでいる。死体処理は簡単だ。日常のゴミ捨てと対して変わらない。ただ指定された処理場に死体を投げ捨てるだけだから。

 誰かとカウンター席でラーメンを食べるのは久しぶりだった。まず誰かと飯を食うと言うのが数年ぶりで、まるで自分がまともな人間になったかのようだが、俺の手は汚れきっている。それをいちいち気にしたりはしないが、居心地は少し悪い。

「お前は俺よりもまともでいいな」

「まともだったらやってないですよ。こんな先の見えない仕事なんて」

「……それもそうだ」

 シンプルな塩ラーメンを啜りながら、人殺しと死体処理に違いはないだろうと結論付ける。結局ほぼ毎日死を見届けていることに違いはないし、実際殺していようがいまいが感じることはさして変わらない。先の見えない仕事と男は言った。確かにお先真っ暗で永遠に続くとも明日には終わるとも思える仕事だ。しかし、俺らが生きていくにはこの仕事が必要だし、それこそ無限の命がこの世に存在してもらわないと困る。

 セットの炒飯を食べ終わり暫くして店を出ようとした所で、店員から割引券を貰ったが、この店には二度と来ない。なにせ俺にはここに来るまでの足がないから。今日降りた駅に降りるかも分からない。こんな田舎は嫌だと思った未来の俺は近場の仕事しか受けない可能性もあるし、この町に殺されるような奴があのジジイ意外にいるとも思えない。この街は平和だ。俺から見れば恐ろしいくらいに平凡で最悪だ。

 男はちゃんと駅まで送ってくれた。始発はとっくに出発しており、駅には通勤客と学生がホームで次の電車で待っている。まともな生活を送っている人を見るのは嫌いだ。自分とは異なる世界で生きている人を見ると、希望を抱きそうになる。

「さっきの割引券見たらこれ回数制限ないですよ。無限だなんて採算が取れるんですかね」

「先に店が潰れそうだな」

「じゃあ、潰れる前にまた俺と行きましょうよ」

 嫌だねと返したのは、それを希望にして歩むなど最悪だから。お前とは二度会いたくないから、最後に名前を聞くことも、連絡先を交換することも、絶対にしない。まぁでも再会の可能性がないわけじゃないから、さよならではなくじゃあなを選ぶ。もし再会したらこの割引券を使いに行こう。勿論まだ店があればの話だが。

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無限の中にきっと再会はない marin @marin111230

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