勇者な宅急便
漆葉
勇者な宅急便
第1話 平和な世界の隅っこの家
前回までのあらすじ。
勇者が魔王を倒し、世界に平和が訪れた。
めでたし、めでたし。
*
さて、それから3年。勇者は隠居生活を謳歌していた。
女神から授かった“祝福”の異能はそのまま、しかしその能力を発揮する必要性も無い平和な世界の隅っこにある、畑つきの小さな家。
そのベットの上で、勇者は目を覚ました。
「ふああ~~。ううーん、今日も平和で助かる…」
勇者は寝言を、二度寝の前に呟く挨拶として零し、再び眠りについた。
もし次に目を覚ましたら畑に収穫にでも行こう、と心に決めて。
「おーい勇者ァ、いるぅ!? 朝だよっ!! おはよう!」
(うるさ…!?)
地響きのごとく轟いた声に叩き起こされて勇者は体を起こし、目を擦ってベッドから降りて短い玄関を歩き、2秒に3回の周期でノックされて揺れるドアを開けた。
その先には、地を焦がしそうなほど眩い朝日と、それを後光のように背負う人物が立っている。金貨で紡いだような美しい髪が、上等な外套と共に秋風に揺れている。端正な顔立ちながら、鋭い視線は得物を狙う眼光を灯しているようだ。
声を聴いた時点で誰が来たのか気付いていたが、勇者は眠そうな視線を不機嫌に細めた。
「あっはっは! アンタ寝起きじゃん、もう10時過ぎなのに」
「何の用、ゾーナ」
「話があるから、家、入れて」
ゾーナ・マナーは、勇者の後頭部についた寝癖を手櫛で整えながら、さも当たり前のように家主の許可が出る前に玄関へと歩み入る。これではどちらが家主なのだ、と勇者は困惑したが、思い返せば、この土地も家ももともとゾーナの物である。
彼女は商人である。若くして「金糸卿」と称され、所有する金塊で山岳を作れると豪語している自他ともに認める大富豪――そして、かつて勇者のスポンサーとして共に旅に出ていた、
「話というのは、アンタにやってもらいたい仕事があるんだ。受けてくれるね? ありがとう!」
「……いや。まだ何も言ってない」
勇者はため息混じりに、ゾーナを窘める。「僕の出る幕なんて、今の世界にはないでしょ。凄く平和だし。魔物もいないし」
「だから作ったんだ」
「作った?? 仕事を?? わざわざ??」
「ビジネスチャンスが来たんだよ――チェンジ・イズ・チャンス。今から社会の常識を変えるから、その変革にアンタの力を借りたいの」
「力って言っても、勇者の祝福には、もう使い道なんてないよ。魔物がいないんだから」
ふあ、と勇者はあくびを語尾に混ぜた。
「ところがどっこいなんだ!」
「どころだがっこい……? なにそれ」
「いい? 商会は先の魔王征伐の暁に名を売り、
「何に気付いたの」
「なんだと思う~~??」
「お引き取り下さい」
「物流の限界だよ」
「ぶ…え? 物流?」
勇者は目を丸くする。
ゾーナと言う人物は、まくしたてるように戯れ言を言う中で、急激にトーンを変えて核心を述べることがある。一種の話術である。ゾーナとは長い付き合いの勇者だが、素直な性格のため、毎度その手に乗ってしまい、N戦N敗だった。
「どういうこと? 物流って、車とかで物を運ぶこと…?」
「例えば首都エルドーから“旧魔王御前”ウェスタニアまで駆動車で移動したら何日掛かる?」
「……何日くらいだっけ」
「丸三日よ」
「あれ、そんなに?」
「それだけじゃなく、もしエルドーから湾都ロンザクだったら? 陸路だけじゃなくて海峡を渡らないといけないから、船旅も含めてなんと約10日」
「まあロンザクは遠いけどさ。要するに“遠いところに物を運ぶと時間がかかる”、言いたいのはそういうこと?」
「そう」
「当たり前じゃん? 遥か遠くのロンザクの鮮魚をエルドーで食べられないのは当たり前だよ。なんなら諺にしても良い。だって腐っちゃう」
「その当たり前を変えられたら? ロンザクの鮮魚をあっという間ににエルドーのレストランに運んだり、エルドーの薬師が配合した生薬をロンザクの急病人に届けられたら?」
「それは…良さそう。でも、それが出来たら苦労しない」
「そこでアンタの出番だよ、勇者!」
ずばり、とゾーナは勇者を指さした
勇者が顎を引いたのを見て、ゾーナは続ける。
「アンタにやってほしいのは、魔物退治でも魔王征伐でもない――物を運ぶだけ。セーブポイントと、ファストトラベルを使ってね」
「……そ、それだけ?」
「そ。ね? 楽そうでしょ? 楽しそうでしょ?」
セーブポイントとファストトラベル。
いずれも勇者が女神から与えられた祝福である。その呼び名は、ゾーナがかつて名付けた俗称だが――勇者は自身が踏破した場所で儀式を行うことで、そこを「セーブポイント」とする能力と、さらにセーブポイントから別のセーブポイントに瞬間移動する「ファストトラベル」が使えるのだ。
魔王時代、各地に突如として現れる強力な魔物にスピーディに、かつ一匹残らず対応するため、女神が勇者に授けた異能である。
「勇者――私はアンタを買ってるの。この世界に存在する、どんな金銀財宝や
ゾーナの熱弁に押された勇者は後頭部に残った寝癖に触りながら、一呼吸分だけ思案して、
「……まあ、暇だし、やる」
と、そんな回答をしたのだった。
それを聞き、ゾーナはにんまりと微笑む。
「やっぱり受けてくれるね、ありがとう! じゃあさっそく、明日は“薬師の園”に行って。話付けておくからよろ!」
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