【短編】ぼっちな金髪ギャルの私の声“だけ”が好きな清純派生徒会長に罵って欲しいと脅……お願いされました

ましまろう。

1.生徒会長のお嬢様からお呼び出しがかかりました

「ねぇ……イケナイコト、してるよね?」


 放課後に生徒会室に呼び出されていた。目の前にいる私より身長が小さいのに存在感は私よりも大きく威圧的な女の子の正体は、このお嬢様学校で一番有名な生徒である生徒会長の双葉 清羅(ふたば きよら)だった。


「えっと、何のこと?」


 生徒会長直々の呼び出しを受けて問い詰められるようなことは身に覚えがなかった……学校生活に関していえば、だけれど。


「あなた、このアプリで――」

「わぁああああああああ!!」


 だからこそ、どうして話したこともほとんどない、関わりのなかった双葉さんが私の“プライベートな稼ぎ”のことを知っていたのか見当もつかなくて、私は盛大に動揺したのだった――



 それは私が生徒会長に呼び出されることなど露知らず、呑気に過ごしていた高校二年生の春のことだった。


「清羅様、今日もお美しいわね……」

「そうね。同じクラスで光栄だわ」


 教室では私がついて行くことは到底できない、上品な佇まいをした女子生徒たちのおしとやかな会話が繰り広げられていた。これは富裕層のお嬢様が通う爛華(らんか)女子学園では当たり前のことなのだけれども。


「ごきげんよう橋爪さん」


 彼女たちの話の中心になっていたのは、腰まで伸びた漆黒の髪の毛は艶やかで、黒い眉毛と真っ黒な瞳、鼻筋が通った顔。端正な顔立ちとその気品の高さから、クラスメイトから当たり前のように「清羅様」と敬称で呼ばれている双葉さんだった。優等生で生徒会長でクラス委員長の双葉さんは特に仲が良くもない前の席の私にさえ、いつもしっかりと挨拶をしてくれる。


「ご、ごきげんよう……」


 返事の挨拶の歯切れが悪いのは私がコミュ障なわけではなくて、もう一年もこの学校に通っているのに、この挨拶に慣れていないせい。


「はぁ……」


 私はこのクラス……いや、きっとこの学校の中でも浮いている。大抵こういう学校に通うお嬢様は両親が生粋のお金持ちしかいない。しかし私の両親はお金持ちというわけではない。めちゃくちゃ普通の庶民だ。なぜ庶民の親から生まれた私がこんなお金持ちのための学校に通っているかというと――


『璃緒(りお)ちゃん!宝くじが当たったから、爛華女子学園に進学しなさい!』

『え⁉ちょ、えぇ⁉何で⁉』


 中二の冬。我が家にとっては年末の大きなイベントである宝くじ。私が生まれる前からずっと毎年買い続け、楽しみにしていたママが見事一等を当選したのだった。宝くじが当たったことに驚いた私をさらに驚かせたのは、両宝くじの当選金を使って私を富裕層のための学校として有名な爛華女子学園へ進学させようとしていたことだった。


『私ずっと憧れてたのよねぇ……羨ましいわぁ璃緒ちゃんが』

『なんでもう通うことに決まってんの⁉』


 爛華女子学園は幼稚園から大学まで隣接されている学校で、少女漫画の設定でしか見ないようなお嬢様学校だと興味のない私でも聞いたことがあった。確かにママのように憧れる人は普通にいるかもしれないけど……そんなお金持ちの子たちの学校に通うなんて絶対話は合わないし、楽しくないって!


『爛華⁉凄い!良かったねぇ』

『え?そ、そうなのかなぁ……』


 最後の頼みの綱だった親友の奏に相談したら当たり前のように祝福されてしまって、私は自分の考えの方が間違っているように感じてしまった。そうして私は両親の期待と夢を背負い、爛華女子学園へと進学することを勢いで決めてしまったのだった――


「はぁ……」


 私は爛華女子学園に入学して全く馴染めていなかった。いわゆる“ぼっち”というやつ。それはそうだ。周りは生粋のお金持ちの集まりでほとんどが幼稚園から通う内部進学生。高校から編入してくる私は珍しい。それに加えて私は金髪でピアスを開け、制服を崩して着ていたために悪目立ちしていた。


「――さん……橋爪さん?」

「ひゃあっ!な、何⁉」

「ごめんなさい、何度呼んでも反応してくれないから……」


 ボーっと頬杖をしながら朝のホームルームの時間を待っていたら、急に背中を指でつつかれて思わず声を上げてしまった。どうやら後ろの席の双葉さんが何度も名前を呼んでくれていたらしい。


「ごめん、えっと、な、何の用でしょうか……」

「ちょっと……」

「ん?」


 声を潜められたから、ちゃんと双葉さんの声を聞こうとして体を近づけたら――


「……放課後、生徒会室に来てくれる?」


 耳元で囁かれて思わず体が跳ねそうになるのを我慢した。び、びっくりした。双葉さんの声、凛としてるけどちょっと高めでかわいいなぁ……じゃなくて。これは、まさかのよ、呼び出し⁉放課後に呼び出しをしそうな見た目なのはどちらかというと私の方なのに。


「どうして?」

「とても大事なお話があるの」

 

 お手本のような優雅な笑顔を浮かべる双葉さんが何を考えているのか全然分からない。まともに話したのも今が初めてな双葉さんとの大事なお話って、一体何なのだろう。


「大事?」

「そう……大事なお話」


 それ以上双葉さんが内容を教えてくれそうになくて、そして担任の先生がやって来てしまったから、私は悶々としたまま放課後まで過ごしたのであった。



「お邪魔します……」


 放課後。私は授業中も休み時間も色々と考えを巡らせたけれど、結局双葉さんが言う“大事なお話”の見当が付かなかった。初めて来る生徒会室へ恐る恐る足を踏み入れる。


「橋爪さん!来てくれたの!」

「あぁうん……えっと、それで、大事なお話って?」


 双葉さんの目の前にたどり着くと双葉さんが一歩私の方へと踏み出したから、私たちの距離が途端に近くなる。私より身長の低い双葉さんに上目遣いで見つめられるような形に自然となってしまった。


(かわいい……)


 黒くて透き通った目に吸い込まれてしまいそう……ってあれ?私、双葉さんとなんでこんな良い雰囲気になってるの?ま、まさか……この流れは、告白されたりして⁉


「ねぇ……イケナイコト、してるよね?」

「……はい?えっと、何のこと?」


 さっきまで優しい声色をしていた双葉さんの雰囲気が変わった。何だろう。自白に追い詰められているような――


「あなた、このアプリで――」

「わぁああああああああ!!」


 私は双葉さんが見せてきたスマホの画面に映る、とあるアプリに見覚えしかなかった。


「驚かさないでよ」

「それは、こっちのセリフで……えー?あ、な、何かなぁ?そのアプリ?知らないなぁ?」

「今からごまかすのは無理があるんじゃないかしら」

「うっ……でも!別にそのアプリ、違法とかじゃないし⁉」


 私の悪あがきは簡単に受け流されてしまったから開き直ることにする。双葉さんが見せてきたアプリの正体は音声作品を販売している運営のアプリだった。そう、アプリ自体は違法なんかじゃない。ただ健全かと言われると――


「でも橋爪さんが売っているのは成人向けの作品でしょう?未成年が売っていいのかしら」

「なぁあああああんでえぇえええ⁉」


 そう、音声作品で上位を占めるのはいわゆる成人向けの作品で……私は、それを売ってこっそり小遣い稼ぎをしていたのだった。


「だから急に大声出さないで」

「だって!!な、何で……い、いや?そんなの知らな――」

「これあなたでしょう?」


 双葉さんは私の作品の商品ページをスマホに映していた。ど、どうして私だと……お姉さんボイスを自分なりに作り込んで、地声とは違う感じに仕上げたというのに。


「『家庭教師のお姉さんが耳元で囁く――』」

「作品名読み上げなくていいから!!そ、そんなの知らないなぁ」

「この少しハスキーな感じ、発声は変えているようだけれど声質がそっくりだと思うの」


 ピアノだとかヴァイオリンだとか当たり前に音楽を嗜んでいるお嬢様たちのことだ、きっと耳が良いのだろう。自信満々に答えられてしまい、どんどん私は追い込まれていく。


「ってかさぁ!双葉さんってそういう趣味あったんだね!意外だなぁ」


 そうだ、ここは逆に双葉さんを追い詰めていくのはどうだろう。双葉さんがそういうのを好きだから、成人向けの音声作品に辿り着いたわけだし。


「ごめんなさい、橋爪さんの作品、内容は到底理解できなかったわ。趣味と言われるには心外ね」

「う……じゃあどうやって、その作品にたどり着いて――」

「もう!そんなことはどうでもいいの!」

「な、何⁉」


 双葉さんが私の手を取って興奮したように声を上げた。突然のことに驚く私に構わず、双葉さんはキラキラと目を輝かせ――


「私、あなたの声“だけ”が好きなの!」


 す、好きって急に大胆な……ってあれ?


「ん?……声、だけ?」

「そう。私、橋爪さんの声だけ好きなの」

「んん?そ、そっか……で?」


 それは分かったのだけれど、だからどうって話であって。急にそんなことを告白してきた意図が分からなかった。


「それで橋爪さんにお願いがあって」

「お願い?」


 双葉さんは握りしめていた私の手にぎゅっと力を込めて――


「私のこと、罵って欲しいの!」

「……はい?」

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