0011. これが私の転生契約書

「おぉい、待ちぃな。まだ最終確認が終わってへんやろ」

 エセ関西弁口調の卑弥呼様が私の肩をポンと叩く。私の決意に満足したのか、その表情はどこか楽しげだ。


「これが契約書や。内容に問題ないんやったら、サインしてな。その後はスキルの練習や。やっとかんと、向こうでいきなりは使えへんで」

 彼女が差し出したのは、古代の羊皮紙を思わせる、鈍い光を放つ巻物だった。するすると解かれたそれには、私の新たな人生の設計図が流麗な文字で記されていた。


【転生の書】

・ 名前: 里見 (※名は向こうでのお楽しみよ)

・ 転生先: 安房国 里見氏

・ 年代: 西暦1500年代

・ 年齢: 0歳

・ 職業: 陰陽師 Lv.0 [陰陽五行/式神/鑑定眼/易占術えきせんじゅつ/厄祓術やくばらいじゅつ

・ スキル: 身体強化/料理/錬成/アイテムボックス

・ 顕現: 幻獣・狐火(常時顕現)

  ※能力は、転生したら確認するのよ

  ※名前も変えてね

【契約条項】

一、与えられし力を私利私欲のために濫用し、世界の理を著しく乱すことを禁ず。

二、神々の名を騙り、不当に信仰や富を集めることを禁ず。

三、並行世界たらんと、こちらの世界の知識や技術を無闇に広めることを禁ず。

(うわっ、結構ガチガチに縛られてる……。まあ、当然か)

 私は契約条項を読み進め、その下にサインする箇所があるのを確認した。


 おぉ、ちゃんと「狐火」の文字がある! しかも常時顕現! これで心残りはない!

 ……あぁ~、いや、待てよ。常時顕現ということは、他の人にも見えてしまうのでは? 下手をすれば「物の怪憑き」「鬼子」だと思われて、赤子のうちに殺されてしまうんじゃ……。背筋に冷たい汗が流れた。

 それとスキルが結構あって、これだけでもかなりのチートね。あれ、でも、能力が見れない。またあとで見えるようになるのかな。


「あっ、あの……卑弥呼様。この常時顕現だと、私以外の人にも視えちゃいますか? それが原因で、殺されたりしませんか?あと私の能力はどうすれば、確認できますか」


「うふふ、あはは」

 不意に、卑弥呼様の雰囲気が妖艶な大人の女性のものに変わった。さっきまでの商人のような口調は霧散し、艶のある声が私の耳をくすぐる。


「そんなこと、気になったの? 大丈夫よ。神格を持つ存在は、ほとんどの人は視認できないわ。よほど霊感の強い者にしか視えない。それに、そういう者は、決して悪しき者ではないから、安心して」


「あと、自分のステータスは、ゲームみたいに『ステータスオープン』って、心で強く念じれば目の前に見えるようになるから。これは他の人には視えないから、見るときは周りに注意してね」

(また口調が変わった! これで4人目……? どういう仕組みなの、この神様……。でも、あぁ〜、良かった、安心して狐火ちゃんと生活出来る)

 もはやツッコむ気力も湧かない。私は思考を放棄し、安定のスルー一択で安堵のため息をついた。

 私の心の声を読んだかのように、卑弥呼様がくすくすと笑う。悔しいけど、今は黙っておこう。


「それで、エネルギーの消費方法はどちらにする? そちらを覚えてから、サインしてもらうわよ」


「覚えるのは、もう決めてます。簡単な方法、『神威顕現しんいけんげん』でお願いします。でも、どうやって……?」


「簡単な方法にするのね。覚えるのは簡単よ。あなたの魂に、直接情報をインストールするだけ」

 彼女は艶然と微笑むと、私の額にそっと唇を寄せた。その仕草は神々しくも、どこか悪魔的な蠱惑さを帯びていた。


「ちょっと、痛むかも。ごめんあそばせ? ガマンしてね」

 チュッ、と柔らかな感触が私の額にした次の瞬間――


「ぎっ……!? あ、ああ、あばばばばばっ!?、ぁっ、ぁっ、ぁっ、あぁ〜〜」

 脳を直接、灼熱の鉄線でかき混ぜられるような激痛。思考が焼き切れ、膨大な情報の濁流が魂に叩きつけられる。古代の儀式、星々の運行、無数の術式、そして名も知らぬ神々の囁き。

 それらが奔流となって、私の矮小な意識を蹂躙していく。あまりの痛みに声も出せず、ただ意味のない音を漏らしながら、私はその場に崩れ落ちた。

 どれくらいの時間が経ったのか。ようやく嵐が過ぎ去った時、私は床に倒れたまま、ぜえぜえと肩で息をしていた。人として、見せてはいけない無様な状態だった気がするが、そこは横に置いて、卑弥呼様に抗議をしないと。

(……遊ばれた。絶対に、わざとだ……)


「ひ、ひどいじゃ……ないですか……! なんでこんなに痛いんですか!」

 私は床を這いながら、涙目で抗議する。


「こんなの、聞いてません! 人に見せられない姿に……! これはもう、慰謝料ものの案件ですよ! 補償すべきです! しないといけないです! する責任があります!」


「あら、ごめんなさいね。でも、ここに居られる時間はもう体感で2時間くらいよ。最短であなたに力を馴染ませるには、これが一番だったの。多少無理して、覚えたからスキルもちゃんと身についているでしょう?」

 悪びれもせず言うと、彼女はウインクした。その仕草に、私の怒りはさらに燃え上がる。


「まあ、お詫びと謝罪を込めて、とっておきのオマケも付けておいたから。あとで確認してちょうだい」

 言われてスキル欄に意識を向けると、確かにリストの末尾に【神威顕現 Lv.0】という文字が追加されていた。でも、オマケらしきものは見当たらない。


「……スキルが取れてるだけです! オマケが見当たらないんですけど! どこにあるんですか!」


「それは、向こうに着いてからのお楽しみよ。さ、サインなさい。時間が本当にもったいないわ」

 ちっ、主導権を握れない。私は悔しさを噛み殺しながら、光る巻物に震える指でサインを記した。私の名前が記された瞬間、巻物は眩い光を放ち、私の体の中にすっと吸い込まれていった。これで、もう後戻りはできない。

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