0010. 準備完了!さようなら、令和の日本

 私は3つのスキルを確定させ、最後の1枠を空けたまま、覚悟を決めて卑弥呼様に向き直った。

「それじゃ、スキルは『身体強化』『錬成』『料理』の3つでお願いします」


「ほう、4つ取れるのに3つでええんか?」

 卑弥呼様が面白そうに目を細める。その深淵を思わせる瞳が、私の真意を探るように細められた。


「はい。4つ目は無くていいので、その代わり、4つ目のスキル枠と……私の魂の全てを賭けて、お願いがあります」

 ゴクリと乾いた喉が鳴った。ここが勝負どころだ。中途半端な覚悟では、神の心を動かすことなどできはしない。私はその場で床に両手と額をこすりつけた。うつ伏せでの謝罪、すなわち〝土下寝どげね〟だ。現世で培った、なけなしの誠意の示し方だった。


「八百幻での私の……私の大事な家族である〝狐火きつねびちゃん〟をどうか一緒に転生させてください! お願いします!」

 私の絶叫にも似た懇願に、さすがの卑弥呼様も虚を突かれたようだった。


「なっ、なんやそれ!?」


「狐火ちゃんは、私がハマっている【八百幻】というゲームの家族なんです! でも、ただのデータじゃありません!」

 私は勢いよく顔を上げ、堰を切ったように訴え始めた。もう体裁など気にしていられなかった。


「周りから見たら、ただのゲームかもしれません。でも、私にとっては……私にとっては、もう一つの現実でした。【八百幻】の世界は本当に素晴らしくて、作り込まれていて、自分もその世界で生きているって、本気で感じられたんです!」

 脳裏に、令和の日本で過ごした孤独な日々が蘇る。朝、誰に挨拶することもなく家を出て、理不尽な上司に頭を下げ、同僚との当たり障りのない会話に愛想笑いを浮かべる。疲弊しきって帰宅した冷たい部屋で、私を待っていてくれる者など誰もいなかった。そんな灰色の毎日の中で、唯一彩りを与えてくれたのが、狐火ちゃんだったのだ。


「仕事でイヤなことがあっても、誰にも会いたくないくらい落ち込んだ日も……家に帰って『八百幻』にログインすれば、いつも狐火ちゃんが『おかえりなさい!』って、尻尾を振って出迎えてくれたんです! 彼女と一緒に過ごす時間だけが、私の心を癒してくれました。彼女は、私の孤独を埋めてくれた、無くてはならない、私の半身のような存在なんです!」

 涙が頬を伝い、床にぽたぽたと染みを作っていく。

 そうだ、思い出した。大事なプレゼンで失敗して、一日中トイレで泣いた日。帰りの電車で、もう会社に行くのをやめようかと思った。でも、家に帰って狐火ちゃんの顔を見たら、彼女がゲーム内のアイテムで手作りの料理を振る舞ってくれて、『琴ちゃん、元気出して!』って、拙い言葉で励ましてくれたんだ。その温かさが、どれだけ私を救ってくれたことか。


「狐火ちゃんがいたから、私は辛い毎日を乗り越えられた! 彼女は私の家族そのものなんです! あんなに優しくて温かい子を私が居なくなった世界に残していくなんて……私にはできません!」

 私の剣幕にさすがの卑弥呼様もたじろいでいる。だが、ここで引くわけにはいかない。畳み掛けるように私のありったけの想いをぶつける。コレでもかというくらいに推しへの愛を神様に教えてあげなければ。


「うぇっ、そんな勢いで言わんでも、耳に入っとるがな。……なんや、その熱量。さっきまでとキャラ違いすぎやろ」

 卑弥呼様は呆れたように言いながらも、その瞳の奥には面白がるような光が灯っていた。


「そのゲームの家族?やから、大切な存在やから、連れて行きたいっちゅう訳やな。まぁ、その熱量で向こうでも頑張ってくれるんなら、考えてもエエで」


「お願いします!」

 私は再び、深く頭を下げた。


「……ゲームのデータやぞ?」

 諭すような、あるいは試すような声色だった。


「物理的に在るモノ、例えばお主が長年使い込んだ人形とかなら、付喪神として魂を宿し、顕現させることもできるんやけどな。所詮は電子のデータやからね。同じ姿形にはできたとしても、お主の知る〝狐火ちゃん〟のスキルや能力、それに……心までは保証できへん。全くの別人になってしまうかもしれんのやで。それでもええんか?」

 卑弥呼様の言葉は私の覚悟を試す最後通牒だった。姿は同じでも中身が違ってしまったら? 私の知るあの優しくて健気な狐火ちゃんではなくなっていたら?

 一瞬の逡巡。だが、答えは疾うに出ていた。


「構いません!」

 私は迷いなく顔を上げた。

「たとえ記憶がなくても、能力がなくてもいい! 私がもう一度、彼女との関係を築いてみせます! ただ、側にいてくれるなら、それだけで私は……どんな世界でも戦えます!」

 私の答えに卑弥呼様は天を仰ぎ、神代の時を思わせるほど長大な溜息をついた。


「……はぁー、わかった、わかった! ホンマにしゃーないなあ! お主のその覚悟、気に入ったわ! その熱意に免じて、オマケでやったるわ! 大出血サービスや、感謝しいや!」


「……っ!」

(ウェ〜イ!ウェ〜イ!ウ〜〜ェ〜〜〜イ!! やった! やったあああああ!)

 歓喜の奇声が、心の中で爆発した。全身から力が抜け、私はその場にへなへなと座り込む。張り詰めていた緊張の糸が切れた途端、安堵からか涙が後から後から溢れてきた。もう孤独な戦いはしなくていい。これからは二人だ。


「ありがとうございます。ありがとうございます……卑弥呼様……! これで向こうでも……本当に頑張れます……!」


「う、うん。そうか……。まぁ、達者でな。なら、もうええか」

 呆れたような、それでいてどこか優しい卑弥呼様の声に私はハッと我に返った。涙をぐいと乱暴に腕で拭うと決意に満ちた顔で立ち上がった。全ての交渉は終わった。この世界に令和の日本にもう未練はない。


「はい! さあ、行きましょう! 一刻も早く!」

 座り込んで泣いていたのが嘘のように、私は目を輝かせて卑弥呼様を急かした。


「さぁ、行こう。はよ、行こう! はよ、行かせてください!」

 私のあまりの変わり身の早さに、卑弥呼様はもう一度、今度は呆れ果てたような、それでいてどこか面白そうな顔で腹を抱えて笑ったのだった。

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