人が化物に変わる世界で、僕はあなたと生きたいのです
ALT・オイラにソース・Aksya
第1章 井の中の蛙
第1話 首なしとボーイミーツウーマン
まだ新しい死体だった。
おそらく男。恰幅がよく、服も綺麗なものを着ている。大きな灰色のリュックサックを背負っていて、その荷物が漁られたような形跡はない。
その死体は、荒れ果てたコンビニの中で首なしとしてそこに横たわっていた。断面からは血がたくさん出ていたようで、それらはまだ少し湿っているようにも見える。夕暮れ時の日差しがぬめりと割れた窓から入ってきて、その惨状をにわかに色めき立たせる。
ツンとした鉄錆臭を吸い込まないよう、少年はその死体に近づいた。彼は飢えていた。コロニーを出て3日。僅かな水だけを与えられて、外界に食料を調達するよう放り出されたのだ。危険なモンスターが蔓延る外界に。奴らは目敏い。僅かでも油断すれば見つかり、逆に食料となってしまう。警戒は怠れない。だから食料の調達もままならず、元々あまり配給をもらえていなかったその少年は、すっかり飢えてしまっていたのだ。
そんな折に見つけた、死体。人間の死体は大抵、すぐにモンスターに食われてしまう。そうでなくとも荷物をそのまま残した死体は珍しい。あのリュックサックにはまだ食べられるものや飲み水なんかが入っているかもしれないという希望が、少年を死体の傍に誘引した。
コンビニの中は荒れていた。ガラスが割れ、棚は倒れ、土や砂があちこちに入ってきてしまっている。まるで映画のワンシーンさながらの光景だが、この世界で生の大半を過ごしてきた少年にとっては日常の風景だ。きっと多くの者が食べ物を求めてコンビニを襲撃し、このような形になったのだろう。あるいはモンスターの破壊行為によるものかもしれないが、大して違いはない。ガラス片を踏みつけながら、彼は屈んで死体からリュックサックを剥ぎ取った。
ズシリと重さが少年の小さな手に伝わる。胸が痛いほど鼓動した。彼はチャックを開ける。中身を取る。まず出てきたもの。それは水だった。2リットルのペットボトルに入った綺麗な水。それが3本。うち1本は中身が半分ほど減っている。少年は今すぐにでもそれを飲み干したい気持ちを我慢して、さらにリュックサックの中身を物色した。
……その結果は乾パンが3袋。サバの缶詰め。燻製のベーコン。それに、キャンディまで入っている。ありとあらゆる物資に乏しいこの状況下で、これをごちそうと言わずしてなんと言おう。急いでそれらをリュックサックに仕舞うと、彼は安全な場所に向かおうと立ち上がった。
と、同時だった。風を斬るような音と共に、世界が宙を舞う。
一瞬にして重力から解放されてしまったかのような、不思議な光景。天井と地面がぐるぐると回転して、やがて微かな痛みと共に止まる。少年の視界は地面とほとんど平行……つまり地に伏したような形になっていた。
彼が首を斬られたのだと理解したのは、それから少し遅れてのこと。
「ッ!」
少年は反射的に体を動かして自身の首を拾い上げた。そして襲撃者の姿を目視する。そいつはカマキリだった。成人男性より少し大きいほどのカマキリ。目が左右で6つあり、毒々しい紫色をしたカマキリ。奴は血で濡れた鎌をぬらぬらとテカらせながら、腹から生えたたくさんの足を不気味に動かして突撃してきた。
「うわあああああああああああ!?」
狭所であるコンビニの中で、逃げ場はない。少年はまだ倒れていない戸棚に身を隠す。が、一拍遅れてその棚が真ん中からズルリと切断された。カマキリが斬ったのだ。恐るべき切れ味。速すぎて見えないほど。先刻の首なし死体も、こいつの餌食となったのだろう。
「うわあああああああッ!」
少年はデタラメに叫びながら、コンビニの出入り口に向かった。しかしカマキリが素早く回り込んでしまう。もしあの鎌が再び振るわれ、体が真っ二つにでもされてしまえば……今度こそ動けなくなって蹂躙されてしまうだろう。彼は頭を持つ手に力を入れた。
「……!」
カマキリは目をギョロギョロさせ、不気味な形相で少年ににじり寄ってくる。文字通り万事休す。死を覚悟してギュッと目を瞑った。
と、そのときだった。不意に、この場には似つかわしくない声が聞こえた。
「おーい、大丈夫そ?」
鈴を鳴らしたような緊張感のない声だった。声の主はカマキリの背後、コンビニの外にいるようだ。カマキリは一瞬そちらに注意を逸らした。
「ッ! 今だ!」
その隙を狙って、少年は床に落ちていたガラス片をカマキリの目に向かって投擲。それは寸分の狂いもなく命中。これ幸いと出口に向かって駆け出した。
「キシャアッ!」
しかしその行為は図らずも怒りを買った。奴は声を無視して少年の方に向きなおりその鎌を乱雑に振るう。風を斬る音と共に血飛沫が舞い、彼の左腕が斬り飛ばされた。
「ッ!」
少年は痛みに顔をしかめる。思わず斬られた左腕の断面を右手で押さえる。しかしカマキリは次なる攻撃を加えようと……。
「無視しないでよぅ」
構えた、その時。何か炸裂するような音と共に、カマキリの首筋が抉れた。まるで空気が弾丸となって襲ったかのような光景。カマキリは思わず体勢を崩す。しかし、よく見れば抉れた部分が蒸気を出しながら再生しているではないか。カマキリは振り返り、感情的な瞳で襲撃者を見た。
カマキリの後ろから、彼女の姿を少年も見た。夕日に照らされたその女性は、黒いドレスのような服を着ている。薄くて黒い長手袋をしたその手をカマキリの方に向けて見据えている。
「クビキリかぁ。厄介なモンスターに目を付けられたねぇ」
クビキリ……それがこのモンスターの名前だ。しかしその名前を少年は初めて聞いた。そもそも、モンスターに名前があるなんて知らなかったのだ。
「こいつ強いんだよねぇ」
その女性は困ったように頬を掻きながら一歩前へ出る。カマキリはそれに反応して凄まじい速度で鎌を振るうが、女性は飛び上がってそれを回避。そして呟く。
「『無限』の技術」
その言葉と共に、見えない何かがカマキリの全身を強く打っつ。カマキリは吹き飛ばされコンビニの壁に衝突し、壁が音を立てて崩れた。僕が慌ててコンビニから脱出すると同時に、瓦礫に埋まったカマキリは勢いよく飛び出して女性に肉薄。しかし女性は華奢な拳であり得ない膂力を発揮し、カマキリをアッパーで宙に浮かせてみせた。
そして次の瞬間、カマキリは地面に横たわっていた。おかしい。まばたきの直前、奴は宙に投げ出されていたはず。だというのにその体は力なくコンクリートに投げ出されている。まるで再生中の動画を10秒間スキップしたかのような、一瞬で場面が切り替わったこの現象に、少年は目眩を覚えた。
そしてカマキリは、いつの間にか粉のように崩れてしまっていた。ほんの一瞬の出来事だったけど、少年はカマキリが死んだのだということと、それをやったのが目の前の女性であるということを理解した。
彼女はそれなりにダイナミックな動きを見せたにも関わらず、汗一つかいていない。そのアルカイックスマイルを浮かべた横顔はとても美しくて、思わず見惚れてしまう。すると彼女はおもむろに少年の方に向いて、ギョッとしたような声を上げた。
「うぇ、首なし!?」
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