そりゃ、ひねくれるよね
だからこそ、狭い世界で育った彼には、もっと様々なことに目を向けてもらいたい。
「あれは本当、うちの成嵐様が失礼しました」
「いえ、私も四殿下の貴宝を握ってしまいましたので。おあいこです」
ぶふっ、と慈于が妙なくしゃみをしていた。
顔を背けているが、肩が小刻みに揺れているため、笑いを噛み殺しているのはバレバレだ。
「で、でも、その……成嵐様も噂ほどひどい方ではないんですよ。ただ、ちょっと突拍子もない行動をとるというだけで……」
擁護になっていない気がするが。
「ああ、慈于殿は池に突き落とされたんですっけ。噂は聞いてますよ」
「そっ、それはその……いえ、僕が躓いただけと言うか……」
しどろもどろになる慈于を横目に、小琳は「ふぅん」と目を細めた。
「何はともあれ、お疲れ様ですね」
「あっ、その顔! 僕の話を信じてませんね」
ムキになる慈于を、小琳は「はいはい」と苦笑を向けて流し、書庫へと向かった。
◆
書庫には、入って左奥の壁際に座卓が据え置かれている。
書架部分は薄暗いのだが、座卓がある場所は格子窓から入る日の光で、書物を読めるくらいには明るい。
座卓を挟んで向かいに座る成嵐は、小琳が渡した書物を一瞥して、鼻で嗤った。
「また書読み? 基本的なものは、幼い頃にもう習ってるって言っただろ」
一度は開いた書物を、座卓に叩きつけるようにして成嵐は雑に閉じた。
声や表情は相変わらず飄々としたものだが、態度は立派に反抗的だ。
(周尚宮が、私に依頼するわけだ)
目の前で、書庫に音が響くほどの強さで書物を叩きつけられれば、大抵の女史ならば萎縮していたに違いない。
ふう、と小琳は密かに鼻から息を抜いた。
「先日の菊宴で、四殿下は、詩歌を途中までしか暗唱できなかったと聞きましたが」
宮中で行われた菊宴で、各太子達が皇帝の前で詩を諳んじる場面があったらしいが、彼だけが詩を最後まで暗唱することはできなかったという話だ。
「あー……うっかり忘れただけだって」
はは、と成嵐は頬杖をついて、軽い調子で流そうとした。
「誰にでも忘れることはあります。ですので、それを悪いと言っているのではありません。忘れた場所が悪かったと言っているのです」
「別に俺が暗唱に失敗したからって、惜しむ奴なんかいないよ。むしろ、やっぱりなって思われただけだから、悪いもクソもないさ。俺が裏でなんて呼ばれてるか、知ってるだろ?」
彼の声には自嘲が含まれていた。
その宴には小琳は出席していないから、実際の雰囲気がどうだったかなどはわからないが、おそらく彼が詩を暗唱できなかったことで、『やはり四殿下は駄目だ』などといった批難の声が上がったのだろう。
いや、彼の場合は批難ではない。
既に嘲笑の類いを向けられるほどに、周囲からの評価は地に落ちているのだから、きっとその場でも、クスクスと耳障りの悪い声が聞こえていたに違いない。
時折、彼の言葉に当然として混じる自嘲は、さらりと口に出てしまうほど当たり前になっているのだろう。
当たり前になるほど、周囲からずっとそういった嘲笑を向けられてきたということ。
小琳は、卓に置かれていた書を手にした。
「他者から侮られることに慣れてはなりませんよ、四殿下」
気怠そうに頬杖をついていた成嵐は、目を丸くして手から顔を浮かせた。
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