第2話

【2】


 翌日、学校に行くと、すぐに全校集会があった。

 「昨日、第二公園で、植木が燃えるボヤ騒ぎがありました」

 校長の話に、郁はギクリとした。思わず、隣の列の奏太を見てしまう。

 奏太も一瞬、郁を見た。けれど、〝しらない顔をしろ〟という風に、校長の方を示した。

 郁は素知らぬ顔を作り、話を聞く。

 「報道によると不審(ふしん)火(び)で、火の気の無い所から突然木々が燃えそうになったと言うことです。警察は放火の可能性もあると話しています。放火犯がいるかもしれないのです。皆さんは寄り道せず、学校から家まで、まっすぐ帰るようにしてください」


 昼休み、中庭を見下ろす窓に、間を開けて郁と奏太は立つ。

 「あのボヤって、妖精の力だったよね?」

 窓一枚を挟んで、郁が話しかける。

 「そうだな。俺の妖精で消せたし」

 「妖精って他にも沢山居るのかな」

 「二匹居たら、三匹・四匹って居ても、不思議は無いだろ」

 「そっか。妖精のイタズラなのかなぁ。ちょっと警戒とかした方が良いのかな」

 「おい、まっすぐ帰れって言われただろ?」

 「だって、またあんな騒ぎ起こしたら大変だよ」

 「パトロールでもする気か? どこに現れるかも分からないんだぞ。それに、宮本さんの妖精は、あの赤のオーラを消すのに向いてない」

 「そうだけど……じゃあ堤君が少し気にしておいてよ」

 「……俺には、関係ない」

 「どうしてっ!?」

 郁は窓から離れ、窓越しでは無く直接、奏太に言った。

 「関係なくはないでしょ!? 私たちは当事者だよ!」

 奏太は言い返せず、一瞬郁を見たが、目をそらしてしまった。


 校長からああ言われたが、郁はまた、帰りに図書館に向かっていた。

 (今日は掃除機しなくていい日だし。どうせお母さん遅いし。いいよね)

 考えながら、第二公園を通りかかる。今日は静かで、遊んでいる子供も居ない。煙を出していた木々は、警察などが使う黄色いテープで囲われていた。

 郁は妖精を取り出し、木々の様子を見せてみる。

 朱色の妖精は首をかしげ、郁の手に甘えるだけだった。

 (なんともないなら、いいや)

 郁は頷いて、公民館を目指した。


 公民館にたどり着く。ここの図書スペースが、いつも郁が通っている図書館だ。学校と違い、社会人向けの本や新聞が沢山並んでいて、雰囲気が違って楽しい。

 いつものようにスリッパを取って、玄関から上がろうとする。

 そのとき。


 ガシャーン!


 後ろから、何かを壊す音がした。

 慌てて振り返ると、大学生くらいの青年が、自動販売機の横のゴミ箱を、蹴(け)り倒していた。

 青年は、紫色のオーラに包まれているように見える。

 (オーラ!? じゃあ、妖精の仕業!?)

 朱色の妖精が、勝手に青年へ向かっていった。郁も玄関を飛び出した。

 「やめてください! こんなことしちゃダメです!」

 「うるさい! 何もかも嫌なんだ!」

 青年は叫ぶと、さらにゴミ箱をガンガンと蹴った。

 郁は身をすくめる。


 「あはは! いいぞ、もっとやれよ!」


 笑い声がして、パッとそちらを見る。

 離れたガードレールの上に、隣の中学校――三杉中学の制服を着た少年が立っていた。

郁より少し年上に見える少年だ。よく見ると、その傍(かたわ)らには、紫の光が浮いている。

 (あれは、妖精!? 紫の!?)

 「あなた!」

 「うん?」

 郁が声をかけると、少年はうっとうしそうにこちらを見た。

 朱色の妖精が険しい顔で、郁をオーラで包む。

 「……へえ?」

 少年は右の口角だけで笑った。

 そのとき、カンッと、郁になにかが当たる。

 青年が蹴った缶が当たったのだ。さいわい、妖精の力で体が強くなっている郁には、痛くもかゆくも無かった。

 けれど、それが面白くなかったようで、暴れる青年は郁に向かってドスドスと歩み寄ってきた。

 「……っ!」

 郁はとっさに、青年を突き飛ばしていた。


 ドンッ!


 青年は大きく吹き飛ばされ、尻餅をつく。

 郁は真っ青になった。

 「ご、ごめんなさい! 大丈夫ですか!?」

 駆け寄ると、青年はキョロキョロと周囲を見回した。空き缶が散乱し、青くなった郁が自分を心配する様子を。

 「あれ? 俺、なんでこんなこと……!」

 青年は呆然とした。

 青年を包む紫色のオーラは無くなっていた。

 郁はハッとして、後ろを振り返る。ガードレールの上に居た少年は見当たらない。

 「居なくなった……」

 公民館から、騒ぎに気付いた人々が出てくる。

 郁は妖精をポケットに入れると、立ち上がり、

 「あの、ホウキを貸してください」

 と、片付けを手伝い始めた。

 公民館の人と郁が片付けると、公民館の前はすぐにきれいになった。

(あの三杉中学の人は居なくなっちゃったけど、妖精を他の人に見られなくて良かった)

 妖精を悪い物だと思われて、取り上げられたり、妖精にひどいことをされたりしたら、たまらない。

 ホウキを片付けながら、郁は胸をなで下ろした。

 同じようにちりとりを片付ける人が来たので、場所を空ける郁。

 その人は、片付けながら、郁にこうささやいた。

 「素敵な妖精さんだね」

 目を見開きおどろく郁に、そのお兄さんはニッコリと笑った。

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