第10話
夕暮れの光が、山の端に沈んでいく。焚き火の跡からは、まだかすかに煙が立ちのぼっている。人々の声もまばらで、昼間の賑わいが嘘のように、村は静まりかえっていた。
ナツメは立ち上がり、背伸びをした。
風が冷たくなってきている。
その冷たさに、ようやく一日の終わりを感じた。
——そろそろ、帰ろう。
そう思った。
ただ、火が消え、音が消え、光が減っていく——その流れの中で、自分もまた、その一部として動き出すのが自然に思えた。
「帰ります」
ナツメが言うと、そばにいた老人が顔を上げた。
「もう暗いぞ」
「はい。でも……帰らないと」
老人はしばらく黙っていたが、
やがてゆっくりと頷いた。
「そうか。なら、見送ろう」
村の出口まで、ふたりで歩いた。
ふと疑問に思い、ナツメは老人に尋ねる。
「ここは、なぜだか残灯村って言われてますよね」
「残灯……都市の連中がそう呼ぶな」
「……失礼でした」
「いや」
老人は夜の空を見上げながらつぶやいた。
「村には長くいる方だが…‥最初は笑われたもんだ。
『消し忘れの明かり』『無駄な光』……ってな。その頃からそう呼ばれるようになったな」
「……」
「……だが、いい響きだろ? 残灯。消え残ったからこそ、しぶとく夜を越せる」
ナツメは答えられなかった。
背後で風が揺らぎ、草木がざわめいた。
都市では味わえない、不安定で不確かな空気。
焚き火の明かりが遠ざかる。
背中に感じる光が、少しずつ小さくなる。
その灯の小ささに、なぜか胸が詰まった。
「また来なさい」
老人は短くそう言った。
「ここは、いつでも受け入れる」
「……はい」
ナツメは一礼して、道を歩き出した。
しばらく行くと、足もとが土から舗装へ変わった。
その瞬間、耳の奥に電子音が立ち上がる。
「ルートを案内します」
E.L.S.I.Aの声が聞こえる。村の焚き火よりもずっと冷たいはずなのに、それが少し安心に思えた。
この案内も、きっと、誰かが手を貸してくれるということになるだろう。頼りにならない、ただ情報を投げつけてくるだけの存在——そんなふうにしか思っていなかった。なぜか耳馴染みのいい音声に対して、特別な感情を抱いたことはない。いつもちょうどいいタイミングで、選択肢をくれる。迷った時に、助けてくれる。これだと思う選択肢に自然と手が伸びる。自分の考えがまとまる。行きたい方向が見つかる。——1人で何かを決めることができる。
村の人々を思い出す。時間やタイミングで仕事に分かれ、約束がある。村ごとが一つの生き物かのように複雑な動きでうごめいている。にも関わらず、個人の動きは単純で、それぞれが思いをもって生きている。誰かが誰かに影響され、村に住み着き、その誰かもまた、思わないうちに人を呼ぶ。
焚き火の光に押されるように動く人々も、電子の声に導かれて歩く自分も、どちらも、きっと間違ってない。
「ここで右に曲がってください」
残灯村への郷愁を忘れさせるように、E.L.S.I.Aが話しかけてくる。
ナツメはその声に従って右に曲がった。舗装路の端に、風で転がった人工樹の葉が落ちている。光を失ったその葉の色が、どこか村の火を思い出させて切なくなる。
ナツメはまた歩き出した。導かれながら。
けれど、確かに“自分の足”で。
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