傍観者

与野高校文芸部

傍観者

 べっとりと肌に纏わりつく暖気を全身で受けながら、太陽を反射した土瀝青を踏み歩いて行く。じわじわと灼かれるような暑さに、遠くの景色が蝋燭に灯る火のように歪んで見えた。辺りのものが色濃く映る。これもこの季節のせいなのだろうか。

「ねぇ、なんかニョキニョキみたいな音しない?」

 隣の■■が訊いた。

「ニョキニョキ?」

 あまりに素っ頓狂な話題におどけた抑揚で応える。

「ほら、あっちから聞こえる」

 ■■が指を差した。何処にでもあるような路地裏で、陽光が遮られていて、この眩しい場所からは信じられないほど薄暗く見えた。

「行こうよ」

 短く放たれたその言葉はやけに冷たく、私を無理やり手繰り寄せるように感じた。

「う、うん」


 手を引かれながら五分ほど歩いただろうか。壁に挟まれ、その閉鎖的な空間からは蝉の鳴き声がくぐもって聞こえる。

 「たぶん、このへん」

 ■■が立ち止まった。

 私たちは耳を澄ませた。

 …………

 微かに木の葉のこすれる音がする。

…… パキ……パキパキ……

「わぁっ?!」

 突然■■が大声を出して飛び上がった。釣られて視線の先を辿ると、私は吃驚して近くの壁に後ろから激突してしまった。

 土筆が、物凄いスピードで伸びている。速い。速過ぎる。植物の成長を倍速で見ている感覚だった。

「な、なにこれ……」

二人とも、口が開いたままだった。 

 呆気に取られている間にも土筆は身体を伸ばし続け、蛇のように壁を這いながら空高く昇っていく。

 ■■は呟いた。

「これ、切ったらどうなるんだろう」

「え」

 ■■はランドセルをごそごそ漁り始め、筆箱から鋏を取り出した。

 伸び続ける土筆の身体に、鋏の刃が迫る。

「えいっ」

 バツン、と鈍い音がして、伸びきった土筆が壁を伝って地面に落ちた。鋏の刃が、微かに湿っていた。

「止まっちゃった……?」

 ■■が土筆の根元を覗き込んだその時、土筆は再び物凄い勢いで伸び始めた。

 「おぉおお、楽しいなぁ」

 ■■はまた土筆を切った。土筆は再び伸び始めた。

 ■■はまた土筆を切った。土筆は少しして伸び始めた。

 ■■はまた土筆を切った。土筆は震えて伸び始めた。

 季節外れなその植物は生気を失いかけている。

 ――視線が此方こちらに感じられた。

「ねぇ、一緒にやろうよ」

■■が鋏を差し出す。その鋏は、土筆の汁で濡れていた。

「これ、切るの……?」

「そう、早く。」

 鋏を伸びる身体にかざす。視界が揺らぐのを感じながら、僅かに残る力を振り絞って鋏を握った。

 小さく潰れたような音がして、土筆は二度と身体を伸ばすことは無かった。

「ね、学校遅れちゃう。早く行こ?」

「うん……」

 その亡骸には、蝿すらたからなかったという。

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傍観者 与野高校文芸部 @yonokoubungeibu

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