私の音

与野高校文芸部

私の音

「音羽は、本当に音楽が好きね。歌も本当に上手だし」

私は、幼い頃から歌が上手だといろんな人たちから褒められた。そしてそれは今も変わらない。音楽、特に歌うのが私は大好きだ。だから私は将来、歌手になると決めていた。


 とある日の放課後、私はいつも通り、帰る準備をしていた。その時、後ろから声をかけられた。

「音羽! 一緒に帰ろう!」

「優花! もう驚かさないでよ」

「ごめん、ごめん」

優花は、近所に住んでいる幼馴染で小、中、高とずっと同じである。私達は、幼い頃から仲がよく、今も二人でよく遊びに行く。残念ながら今年はクラスは違うが、隣のクラスなのでよく遊びにいっている。

「今日も音羽は、歌、上手だったね。みんなもすごいって褒めてたし。音羽は、私にとって自慢の友達だよ」

「ありがとう、優花。でもまさか優花が芸術選択、音楽にするとは思わなかったよ」

「まあ、芸術の授業は隣のクラスと一緒にやるから、音羽と一緒にできるし。あとは、美術も書道もどちらもそんなにできないし」

「そう? 優花、絵上手だったけど」 

「そうかな? でも絵は描けても、鑑賞とか他のことはできないからな」

「なるほどね。だから音楽を選択したのか」

「そういうこと。それより音羽、早く帰らないと。今日の放課後、ここの教室使うんでしょ?」

「そうだ、早く帰ろう」

私は優花と一緒に家へと向かった。


 翌日の朝、私が登校すると、教室の中が何故か騒がしかった。

(なんだろう、なにかあったのかな)

私が考えていると、後ろから声をかけられた。

「おはよう、音羽」

「音羽ちゃん、おはよう」

後ろを向くと二人の友達が立っていた。

「おはよう、美樹、葵」

美樹と葵は、この学校に入学してすぐできた友達で、よく三人で昼食を食べたり、話したりする。

「今日、なんかあったの?」

「いや、私も葵も詳しいことは知らないんだけど、どうやらこのクラスに転校生がきたみたいなんだよね」

「転校生? この時期に?」

「うん、ちょっと珍しいねってさっき美樹と話していたんだけどさ。ほらちょうど、音羽ちゃんの隣に机があるの」

葵が指さしたほうを見ると、確かに私の席の隣に昨日までなかった机があった。

「本当だ、机がある。どんな人なんだろう」


 朝のホームルームが始まると先生から転校生の紹介があった。

「今日、このクラスに転校生が来ました。それでは自己紹介をお願いします」

転校生の子は、教室に入ってくると、こちらを向いて自己紹介を始めた。

「音川結っていいます。音楽をよく聴きます。これからよろしくお願いします」

音川さんの自己紹介が終わると、教室から拍手がわき起こった。

「では、音川さんは、後ろの空いてる席に座ってください」

音川さんは、私の隣の席に来ると、私のほうへ会釈をした。私は少し驚いたが、私も音川さんに会釈をした。

(随分と礼儀正しい子だな)


 昼休み、私は葵と美樹と一緒に昼食をとっていた。

「今日来た転校生、音川さんだっけ? 自己紹介で音楽をよく聴くって言ってたよね? 音羽に似てない?」

「ちょっと待ってよ、共通しているところ、音楽をよく聴くことだけじゃない」

「いや、美樹ちゃんの言う通り音羽ちゃんに、似てるよ。大人しそうなところとか似てるもん」

「美樹だけじゃなくて、葵まで?」

「音川さんって歌、上手いのかな?」

「めっちゃ気になるよね。音羽ちゃんの歌声、聴いたことあるけどめっちゃきれいだったし。音川さんも上手で音羽ちゃんと一緒に歌ったら最高の歌できるんじゃない?」

「ね、めっちゃ聴きたいわ。なんで私、美術を選択したんだろう。確か葵も選択科目、音楽じゃないよね?」

「うん、私は書道を選択したから、音楽じゃないね」

「めちゃくちゃ歌聴きたいんだけど。科目選択間違えたかも」 

「ちょっと二人とも、美樹は美術、葵は書道できるから科目選択間違えてないでしょ?」

「うーん、そうなんだけどね。得意、不得意とかで選んでたら間違えてないんだけど、なんか聴けないのめちゃくちゃ損じゃない?」

「そんなに? しかもまだ音川さんの歌声聴いてないのに?」

「でも今日、芸術の授業あるよね? そこで音羽ちゃんわかるんじゃない?」

私は、興奮する二人を落ち着かせるので、精一杯だった。


 放課後、私は優花を待っていた。優花とは部活が同じで、家も近いので毎日、いつも一緒に帰っていた。

「おまたせ、音羽。帰ろうか」

「うん」

「そういえば、音羽のクラスにきた転校生、音川さんだっけ? めちゃくちゃ歌上手だったね」

「うん、本当に。すごかったよね。なんか私よりも歌、上手い気がしてさ、私と、音川さんでなにか違うような感じがするんだよね」

「確かにね、二人ともすごく上手なんだけどなにか違うんだよね」

「なにが、違うんだろう?」

「うーん。なんとなくなんだけど、歌声がなんか違うというか、うまく伝えられないんだけど、なにかが違うんだよね」

「そうなんだよね。音川さんは、音楽を本気で楽しんでいるから違うのかな? 歌っているとき、めちゃくちゃ楽しそうだったし」

「音羽は、音楽、楽しいって思っていないの? 前、楽しいって言っていたじゃない」

「なんか最近、楽しいって思わないんだよね。なんでかはわからないんだけど、前ほど楽しいって思えなくてさ」

「音羽が音楽を楽しいって思わないんだなんて。小さい頃からずっと楽しいって、歌っていたじゃない」 

「なんだろうね、どうして私、楽しいって思えなくなっちゃったんだろう」

「なんか疲れとか? 最近、予定山積みだったし」

「うーん、確かに忙しかったけど……疲れたとか、音楽に飽きたとかじゃない気がするんだよね。なぜだかはわからないけど。歌うのは変わらずに好きだし。だけど、なにかが引っかかって面白くないって感じているんだと思う」

「なにか引っかかっている? なんだろうね」

私と優花は、その後も話し続けた。


 あれから数日後の放課後。今日、優花は委員会の仕事があるため、私は終わるまでこの教室で待つ。優花は、いつ終わるかわからないから先に帰っていてもいいと言っていたが、私は待つことにした。

教室でスマホをいじっていると、突然後ろから声をかけられた。

「あの、森田音羽さんだよね?」

「うん、そうだけど。どうかしたの?」

私に話しかけてくれた子は、転校生の音川さんだった。

「いや、いつもこの時間いないから、なにしているのかなって」

「ああ、なるほどね。私は今、友達を待っているんだよ。音川さんはなにしているの?」

「私は、ちょっと用があって残っているんだけど……そうだ、森田さんこのあとなんか予定ある?」

「いや、特に。あと帰るだけだよ」

「私、森田さんに聴かせたいものがあるんだ」

「私に?」

「これから目隠しするけど、大丈夫?」

「別に大丈夫だけど、どこか行くの?」

音川さんは、私の質問には答えず、私に目隠しをした。

(真っ暗でなにも見えない。どこか行くのかな? すごく不安なんだけど。一応、音川さんに手を引いてもらっているけど、怖い)

目隠しのせいでなにも見えず、わけがわからないが、音川さんが私の手を引っ張っている状態であることは、わかった。

(なに、この状態でどこか行くの!?)

私はそのままなにもわからない状態で、歩き続けていた。


 数分後、何処かに到着したらしく、足が止まった。

「あの、音川さん。目隠しがまだ取れていないんですけど」

「目隠しはそのままで、静かに。耳をすまして、音を聴いてみて」

「音?」

私は言われた通り、耳をすまして音を聴いた。すると、様々な音が聴こえてきた。

「どんな音がする?」

「波の音に鳥の鳴き声、誰かが歩いている音がする」

その時、目隠しが外された。私は、どうやら浜辺に連れてこられたようだった。

「じゃあ、この状態だったらどんな音がする?」

「波の音がするよ」

「森田さん、目隠しをしていたときとしていなかったときで聴こえてきた音が全然違ったでしょう?」

「うん、全然違った。目隠しをしていたときのほうがなんか良かった気がする」

「そうなんだよ、森田さんは今、目隠しをしていなかったとき、視覚的に取り入れたものだけの音を聴いたんだ。つまり、他の音が聴こえていなかったんだと思う。視界に入ればそれだけ印象も強くなる。そうすれば音も聴こえてくる。だけど、他の小さな音は、聴こえてこない。見えていないから。歌もおんなじだよ」

「歌も?」

「そう、森田さんは、音に合わせて歌っているんだ。つまり表面上の音しか意識していない。さっき目隠しをしていたときのほうが良かったって言っていたけれども、それはいろんな音が聴こえてきてきれいに重なっているから。波の音だけじゃつまらない。そして森田さんは歌うとき音にしか合わせて歌っていないからあまり面白くないと感じているんだよ。あなたはあなたらしい、あなたにしか出せない、あなた自身の音が出ていないんだ。音に合わせて歌うのは、他の人でもできるけど、自分の音は、自分にしか出せない。今は、自分色の歌ではないけど、もとの音に合わせた歌声と自分、本来の音が合わされば、素敵な歌声になると思わない?」

「私の音……? そうか、そういうことだったのね。つまり、私は今まで自分らしく歌えていなかったんだ。だから面白くなかったのね」

「気づいた? そういうことだよ、一つの音だけじゃなくて、他の音にも意識することが大切なんだよ」

「すごいね、こんなことに気づくなんて。私、全然気づかなかった」

「私ね、みんなには黙っているんだけど、生まれつき目がよく見えないんだよね」

「え、それじゃあ、さっきは……」

「全く見えないっていうわけではないから、安心して。それに、この眼鏡をかければ多少は見えるから、大丈夫だよ。ただ、眼鏡外しちゃうと、すごく見づらいけど」

「そうなの?」

「うん。まあだから、結構いろんな音を聴いて、生活しているんだよね。だからこういうことにも気づいたのかもしれない。見えるときと見えないときで、聴こえてくる音が違うって」

「そうなんだね、色々と教えてくれてありがとう、音川さん」



 優花との帰り道、優花が首をかしげてこちらをみていた。

「どうかした? 優花」

「いや、なんか音羽、朝より元気だなって思って」

「そうだ、優花。ちょっと歌、聴いてくれる?」

「急にどうしたの? まあ聴くけど」

私は音川さんにいわれた通り、自分らしく歌ってみた。もとの音と私の音を合わせた私だけの歌声で歌った。歌い終わると、優花は、拍手してくれた。

「今まで聴いた中で一番良かった! なにかあったの?」

「うーん、内緒」

「えー、音羽、教えてよ」


 それ以降、私は自分らしく歌うようになった。音に合わせただけでなく、自分だけの音で歌う。そうすると、音楽が今まで以上に楽しく感じられた。

(音に合わせて歌うだけじゃつまらない、自分らしく歌わなきゃ楽しめない。音に合わせた、私の音で歌う。これが私の歌なんだ!)


 私は、今日もこれからも自分の音で歌い続ける。

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