〔Side:Juli〕26. シノンの言いそびれたこと


 いつものように食後にソファーでシノンに体重の何割かを預けながら話をしていたけれど、話の区切りで少し眠くなってきてぼーっとしていた。


「ジュリ。今度、リオ先輩と笹原さんと一緒に食事にでも行きませんか?」


 唐突にシノンから、そんなことを言われた。


「え!?」


 私は飛び起きてシノンの顔をマジマジと見つめてしまった。


 シノンは自信なさげに指を絡めつつ、テーブルに置かれたマグカップから立ち上る湯気を見つめていた。


「ジュリがもし、嫌でなければですけど……」


 シノンが誰かと一緒に出かけたいと言うのは初めてのこと。

 しかもシノンは私の留守中にその二人をこの家に招待していたこともある。

 彼女にとっては気の許せる人達なのかもしれなかった。


 でも、そこに知り合ってまだ半年とちょっとの私が入っていっていいのものなの?


 シノンにとって、その2人と遊びに行くのは普通のことだと思うけれど、そこにどうして私を誘うのかという疑問があった。


「嫌、ではないけれど……どうして私もなのかは聞いてもいい?」


「それは……あの……」


 歯切れの悪いシノンの様子に、私は少し苛立ちを覚えた。


 私の中では二人への印象はあまりよろしくない。

 だって、私の留守中にシノンに近寄ってきた人達だったから……本当は私の方がその人達の知らぬ間にシノンと仲良くなったと言った方がいいのかもしれないけれど……とにかく私からも相手からも、シノンを挟んで腕を引っ張りあっているようなもの。

 だからなのかもしれないけれど、悪そうな顔の女性二人がシノンを笑っているような図が不意に浮かぶ。


 もしかしてシノン……罰ゲームか何かでどうしても私を連れていかなきゃ行けないとか、そういうこと?


 そんな考えが過ぎる。


「いいわ」


「え?」


「行くって言ったの。理由は別として、私もその2人にはちょっとした興味が湧いてきたから」


 向こうが私を迎え撃つつもりなら、私もそれなりの覚悟で挑んでやる。

 私の中では既にそういう心積もりでいた。


「ジュリがリオ先輩と笹原さんに? それはどうして?」


「(2人の態度次第にはなるけれど)いつもシノンがお世話になっているみたいだから、(シノンは渡さないって釘を刺す意味での)挨拶は必要かとは思っているわ」


「あの、本当にいいの? それに、ジュリ……なんかちょっと怒ってないですか?」


「怒ってなんていないわよ(シノンにはね)」



 ――



「あ、一十いとさん、来てくれたんだ〜。今日は色々とよろしく。あーしは秋林 鈴織あきばやし りおで、あっちは笹原 深初ささはら みう。紫乃から聞いた話だと同い年見たいだし、何でも気軽に話そう?」


 合流した瞬間、目の前の背の高い人に手をにぎにぎされていた。

 突然距離感が近くて、もしかしたら私と同じ営業職?

 同い年とか全然聞いてないんだけど、シノンはどこでそんな話をこの人に?


「あーうんうん、はじめまして一十 珠莉いと じゅりです。同い年かー、仲良くなれるといいなー、うふふ」


 愛想笑いを浮かべてみるも、私はこの人のことを何一つ知らないので、シノンに助けを求めるように視線を送る。


「リオ先輩、相変わらずぐいぐい行くんですね、アハハ」


 視線の先でシノンは小さく笑っていた。

 目の前の秋林さんは私の手をもっと強めに掴むと力説した。


「当たり前じゃん! 紫乃がいつもお世話になってる人と仲良くなれるチャンスだし、もしかしたらご近所さんになるかもしれないからね! 仲良くしといて損な理由ないっしょ」


「ええと? ご近所さんって……あれ、あなたが笹原さんね? はじめまして」


 秋林さんと私の間に滑り込むように入ってきた子は、私と同じくらいの背丈でちょうど視線が合う。


「はじめまして、ジュリさん。私はリオの彼女の笹原 深初ささはら みうです。今日はどうぞよろしくお願いします。この間は勝手にお邪魔させていただいてすみませんでした。これはその時のお詫びにとリオと選んだものです。つまらないものですがどうぞ受け取ってください」


「これはどうもご丁寧に、わざわざ気を使わせてしまってごめんなさいね」


 紙袋を渡され受け取ると、少し重みのあるものだった。

 何かなと思っていると、笹原さんが耳元で囁いた。


「それはリオとよく二人で使うんですけど、良かったら月岡さんと一緒にどうぞ。あのお風呂なら十分余裕そうですから」


 シノンからは二人にシャワーを貸したことは聞いていた。

 もらい物はどうやらお風呂場で使うものらしく、紙袋をみるとオーガニックソープブランドのロゴが見えた。

 シノンと共用で使えるような肌にいい石鹸か何かかもしれないので、ありがたくいただいておこうと思った。

 それの中身と、笹原さんが耳打ちした意味を知るのは、このお出かけから帰ってからだった。


「よっし、自己紹介もすんだことだし、さっそくダブルデート楽しんでこ〜! いぇーい〜」


「ダブル、デート?」


 急に飛び込んできたワードに反応して、シノンの方を見た。

 耳の横の髪の毛先をクルクルと指でいじりながら、伏し目がちにシノンが呟いた。


「ジュリ、実は……そうなんです」


「え……と?」


「私とリオ、月岡さんとジュリさんのツーペアで、デートってことですよ?」


「紫乃、あんたもしかして秘密にしたまま連れてきたの?」


「いや、その……言おうとは思ってたんだけど、言いそびれてて……今日は、その……デート、楽しもうね?」


 いやいやいやいやいや……ぜんぜん準備してなかったんですけど……!?

 楽しもうね、って、突然言われても!?


 シノンの差し出した手がふるふると震えていて、今日までの数日間、シノンは度々何かを言い淀む事があったことを思い出す。


 あれってもしかして、今日のことをデートって言おうとして、言えなかったってこと?


 もう何それ、言ってよー〜……


 でも、言えてないシノンも誘い慣れてないところが可愛すぎて胸がキュッとする。


 震えるシノンの手を両手で出迎えて、そのまま腕を組むように絡ませた。

 もちろん指と指も1本ずつちゃんと絡ませて。


「んふふ。秘密にしてたことは、これからシノンが挽回してくれるんでしょ? じゃあ行こっか?」


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