スコアが全ての学園都市。最底辺に堕ち、殺された俺は、タイムリープして復讐と成り上がりを誓う

甲賀流

第1話




「綾城(あやしろ)ォ、テメェは結局オレにいくら払えるのかって聞いてんだよッ!」


 定休日のバー〈Lagoon〉で這いつくばる俺の胸ぐらを掴むのは、朝倉智和。

 かつての同級生だ。


 朝倉はここの経営者であり、俺たちの母校、嶺翠高校の教師でもある。


「……もう少し待ってくれ。い、いくら払えるか、分からないけど、来週には……できるだけ、用意、するから」


 怖い。

 声が震える。


 さっき蹴られた腹が痛い。

 息がしづらい。


「50万払えば、一ヶ月は関わらないでやる。10万なら、普通に口をきいてやる。1万ならゴミ扱い」


 その笑顔は、あまりに自然だった。

 だからこそ、怖い。


「なぁ、これはゲームなんだよ。オレにとって大切な暇つぶしなんだよ。お前の選択次第で、来月の扱いが変わる。Dクラスで卒業したお前も、こうやってエリートのオレを楽しませることが出来るんだ。ありがたいとは思わねぇか?」


 朝倉の口元がにたつくと同時に、俺の襟首を掴む拳に力が入る。


「く、そ……っ」


 ようやく絞り出した言葉。

 

「っ、テメェ、ゴミのくせに口答えかよ!」


 ドスッ――


 朝倉の蹴りが、脇腹に突き刺さる。


 脇腹への鈍い痛みと急激な吐き気。


「んぐぁぁ……ッ!」

 

 俺は天井を仰ぎ、声にならない声を出す。


 あぁぁああ……。

 なんで俺が、こんな目に……。


 俺はただ、母さんの病気を治したいがために、この凰嶺(おうれい)学園都市へやってきただけなのに。


 ここは日本政府と文部科学省が共同設立した、国家直轄の教育特区。

「人格と才能を数値化し、スコアで評価する」この都市では、学力も適応力も、すべて数値ひとつとして表される。


 イカれた環境だってのは分かってた。


 だけどこの都市の異常なまで高い科学技術水準に頼るしかなかったんだ

 ここの最先端医療じゃないと、母親の命は助からないと言われたから、仕方なく……。


「これはバツ。同じ嶺翠高校のDクラスで卒業したお前が、Aクラスの俺に逆らった、いわば制裁ってやつだ!」


 にたり。

 昔と同じ笑い方。

 人を貶す笑い方。


 朝倉の拳が落ちてくる。


 俺の頬骨に届き、メキッとめり込む音がした。


 なんで、俺だけ。


「そういえばお前さ」


 髪を鷲掴みにされ、顔を引き上げられる。

 真っ黒な瞳が、無表情に俺を覗く。


「七瀬陽菜。好きだったろ?」


 その名前で、心臓が跳ねる。

 同じクラス、隣の席だった女の子。


 好きだった……という自覚は無いが、たしかに目で追っていたし、学園生活において俺の支えになってたのは間違いない。


 だけどどうして、今更そんなことを……?


「残念。あいつ、もう俺の女だから」


 血が冷える音がした。


 七瀬が、朝倉の?

 どうして、こんな奴と……。


「どうして七瀬が、こんな奴の男になるんだ……ってか?」


 俺の心を読んでやったとばかりに、朝倉は言葉を続けていく。

 

「陽菜がAに上がれたはな、俺の力なんだよ。そりゃ逆らえねぇよな。これまで散々揺さぶってきて、ようやく落ちたんだ、あの女は。今や陽菜の心も体も、全部、全部、俺のもんだぜ。ハハハッ」


 やっぱり、七瀬は脅されてたんだ。


 Aクラスに上がらせてもらった弱みに付け込まれて。


「ハハッ、悔しいかよ、底辺!」


 蹴り。蹴り。蹴り。

 痛みはもう遠い。


 衝撃だけが鈍く残る。


 高校を卒業して、はや十年。


 Dクラスで卒業した俺は、就職先や進学先すらない中、母校の清掃員として雇われた。


 一方Aクラスで卒業した朝倉と七瀬は、進学したのち、母校の教師に。


 学園都市において、教師とはエリート。


 天才を育てるための天才。

 選ばれし存在なのだ。


 それこそ、外の世界でいう医者や官僚よりも遥かに難関、都市外の政治家でさえ頭を下げるほど。


 そんな彼らと立場が違うのは百も承知。


 だけどいいのか?

 天才は何をしても。


 人の人権や自由を奪っても許されるのか?


 こんなことが……


「朝倉、やりすぎだ。……殺す気か?」


 突然現れた別の男の声。

 静かに、けれど確実に場を制するものだった。


 視界の端に革靴が三足、ヒールが二足。

 誰かがこのバーにやってきた。


「あ、いや、すみません、柊木(ひいらぎ)さん。だけどコイツ、元Dクラスなんすよ」


 柊木という名を呼ぶ朝倉。

 明らかに声音が弱くなり、へりくだっている……というか怖気付いているようにも感じる。


「元D、か。そんな奴、いたぶってどうする?」


「柊木っち、朝倉っちは格下をいたぶるのが趣味なんすよ」


「彼、学生時代からそうでしたからね」


 次にハイな口調の女性と落ち着いた雰囲気の男性の声がした。


「……そうか」


「それで、その、柊木さん。オレもそろそろ、影鳳會(えいほうかい)に入会させてもらえたり……」


 朝倉から漏れるその言葉。


 影鳳會――。


 聞いたことがあるな。


 俺は虚ろになる意識の中、記憶を探った。


 あらゆる犯罪に関わる謎の裏組織。

 しかしその実態は長年掴めていない。


 存在そのものが都市伝説に近いようなものだと、昔からそう認識させられていた。


 まさか、今目の前にいる彼らが噂の……。


 朝倉はそこに取り入ろうとしているのか。


「入会か。まぁ、好きにしろ。ただし……」


 柊木という男は一切声音を変えず、その後の言葉も淡々と述べていく。


「足元のその男を殺し、誰にもバレずに処分できたなら正式に認めてやる」


「い、いいんですか!?」


「あぁ。影鳳會の名を聞いてしまった奴を生かしておく必要はないだろう」


 は……?


 俺を処分?


 なんで、そうなる?


「ははっ、それって朝倉っちが影鳳會の名前言っちゃったからじゃん。元Dくん、可哀想〜」


「よかったなァ、朝倉ァ! 人は殺せるし、影鳳會にも入れる。一石二鳥じゃねぇか!」


「総合病院のエリート外科医に検察官、評議会の政策秘書。そして朝倉くんが入れば高校教員までがメンバー入りですか。影鳳會も賑やかになってきましたね」


 彼らの話し声が聞こえてくる。


 おい、なんだよそれ。

 犯罪組織に集まるようなメンツじゃないだろ。


 みんな、この都市の上層職じゃないか。


 なんでそんな人たちが、犯罪を……?


 もしかしてこの都市の上層部自体、裏社会と深い繋がりを持っている?


 表向きは優秀な市民を演じ、裏では法も倫理も容易に踏み越え、自分たちのユートピアを築き上げてきた。


 それがこの学園都市の本質だとしたら?


 嫌な予感と想像が、俺の脳を掻き立てる。


「ぐ……っ!」


 ドスンッ、と朝倉が俺に跨ってきた。


「悪いな、クソ虫。これも出世のためだ!」


 霞む視界の中で捉えたのは、どこから取り出したのか分からない白銀のナイフを手に持ち、不気味に微笑む朝倉の姿。


「ま、待って、朝倉……」


 こんなところで死ねるかと、全身に力を入れたいが、それももう叶わぬこと。


 おそらく血が足りない。


 もう頭も回らないし、痛みも感じない。


 こうやって生き物は絶命するんだと、本能が生きる意思を失い始めている。


「恨むなら、こんな実力主義の学園に入学させたお前のゴミ親と、クソほど才能のねぇ自分を恨むんだな! あばよ、綾城理央!」


 これが俺の人生最期に受けた言葉だった。


「や、め……っ」


 ザッ――


 視界が赤く染まる。

 ブシュッと高圧的に噴き出す音とともに、俺の思考は完全にブラックアウトした。



 * * *

 


 痛い、苦しい、熱い、冷たい……なんの感覚も分からず、意識の有無すらも不明。


 どのくらい時間が経ったのかも分からない。


 そんな狭間で、何度も浮き沈みを繰り返しながら、俺は不思議とクリアな思考を巡らせる。


 ……なんで、こんなことになった?

 

 学園都市に入ったときは、少しでも上を目指すつもりだった。

 

 母さんに楽をさせてやりたかった。

 入学当初がDクラスだって、努力すれば道が拓けると、そう信じてた。


 でも、現実は違った。


 俺一人が足掻いても、何も変わらなかった。


 朝倉もクラスメイトも、みんな敵だった。


 誰を信じればいいのか分からなかった。


 ただ這いつくばって、それでも生きるしかなくて。


 その後無事に学園は卒業出来たが、その末路が結局この有り様。

 

 なんなんだよ、俺の人生。


 誰にも勝てず、何も残せず、母親一人すら助けることができないまま、こうして……俺の生涯は終わってしまった。


 こんな人生で、本当によかったのか?


 もう一度やり直せるなら――


 俺は誰よりも冷静に、誰よりも賢く、誰よりも信じないやり方で全てを手に入れる。


 もしもそんな奇跡が許されるなら、だが。


 するとカァンと遠くで鐘が鳴った。


 次に目を開けたとき、俺は――


「……え?」


 陽が差し込んだ懐かしい教室。


 真新しい制服に入学用の胸花。


 ザワザワと、騒がしい生徒たちの声。


 これはまさか、13年前の入学式の日?

 

「綾城、これからよろしくな!」

 

 その声に、俺は顔を上げる。


 今の今まで耳に入っていた最悪な声。


 ソイツは軽薄な笑みを浮かべて、席に座る俺に声をかけてきた。


 朝倉智和。


 そうだ、こんな顔だったな。


 これからコイツは、数々の生徒たちを騙し、利用して、蹴落としていく。


 嫌にリアルな走馬灯だな。


 死に際に立つ俺にこんな景色を見せて、


 神様は何が望みなんだろう?


 ……まぁいい。


 これが夢だろうと現実だろうと、


 ヤツに復讐できるなら――。


 俺が全てを塗り替えてやる。


 この先の学園生活、全てを。


 いや、それだけじゃダメだ。

 あの日、俺を見下ろしていたあの連中、影鳳會の奴らも全員、この手で叩き落とす。


「こちらこそよろしく!」


 せいぜい覚悟するんだな、朝倉。


俺はそう心に誓ったのち、朝倉へ無理やり貼り付けたような笑顔を向けたのだった。



‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐



突然の新作投稿です✨️

ピッコマノベルス大賞、現代ドラマ部門に出そうと思っているものです!


まだ完成はしてないので、全て毎日投稿は難しいとは思いますが、楽しんでもらえると嬉しいです!

20話まで書きます‼️

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る