第2話 初めては君にお願いしたかったから
「やぁ日暮くん。朝練とは殊勝じゃないか」
「星原先輩……。おはようございます。先輩こそ早いですね。どうしたんですか?」
「ちょっと委員会関連でヤボ用があってね。学校に入る手前で君の頑張る姿を見たもんだから、つい声をかけたくなったのさ。お疲れ様、だな」
ある日の朝、僕は所属する陸上部の朝練に励んでいた。因みに専門としてる種目は長距離。今は学校の外縁を軽く走り込み終え、一息ついていた所だ。
そんな中、星原先輩に軽く声をかけられる。
普段はお昼の時に会って話すくらいだから、この時間に星原先輩に会うのはなんか新鮮な気分だ。
「あ、ありがとうございます……。んで、因みに委員会っていうのはどこの?」
「図書委員さ。新しい小説が入ってきたってことで専用のコーナーを作ることになってね。これからその設営だな。まぁ、ヤボ用っていうのはそういうことだよ」
星原先輩はそう言うと面倒くさそうに軽く頬をかく。まぁ、なんか先輩らしい回答だなとは思う。この人、意外とルーズで面倒くさがりな性格っぽいし。
けど先輩、図書委員なんだ。それもなんかイメージに合うような気がするな。なんて思ったけど黙っておく。
「なるほど、そりゃ大変だ。星原先輩こそお疲れ様ですよ」
「わはは、ありがとな。して、話は飛ぶんだが日暮くん。少しいいかい?」
「ん、なんですか急に。改まって」
「別に大した事じゃないんだ。今日君は弁当を作ってきているか、って事が聞きたくてね」
先輩から唐突にそんな事を言われ、ちょっと不思議な気持ちになる。
まぁ今日は時間的な都合からおにぎりくらいしか作ってこれなかったけど……なんでそんなこと聞くんだろ。質問の意図が読めないぞ。
「あ、いえ。朝練があるから簡単におにぎりだけしか。でも、それがどうしたんです?」
「いや、ちょっと恥ずかしい限りなんだが……あれからたまに自分で弁当を作るようになってね。今日も作って来たのは良かったんだが……張り切りすぎて作りすぎたのさ」
「なるほど。つまるところ僕に味見も兼ねて食べて欲しい、と」
「まぁそういうことだ。悪いけど頼めるかい?」
星原先輩はばつが悪そうな表情をしながら両手を合わせる。
別に、食べる事は好きだから構わない。でも、先輩でも「張り切る」なんてそんなことあるんだな。
それが僕にとっては意外に思えて、少し笑みがこぼれる。
「ふふっ。別にいいですよ。そしたらお昼、楽しみにしてますね」
「……今の笑み、私が張り切るなんて意外だ、なんて思ったろ。確かに私は面倒くさがりだが……、好きな事は突き詰める性格だぜ?」
「すみません。いつもがルーズな雰囲気だからつい」
「雰囲気で判断されては困るよ。でもまぁいいか。君の約束は取り付けられたし、そろそろ私も行かなきゃならんしな」
そう言うと、先輩はちらとスマホを見る。時間を確認したのだろう。
確かに、立ち話にしては結構話し込んだかもしれないな。
「そっか。用事があるんですもんね。そしたら、またお昼に会いましょう」
「あぁ、そうだな。それじゃまたな」
そう言い残して、先輩はとことこと昇降口に向かって走っていった。
――――――そういえばこうして「昼を一緒に食べよう」なんて約束したの、何気に初めてだな。
今までは約束するわけでもなく、流れで一緒になって一緒に食べてた感じだったから。
まぁ別にどうでもいいことなのかもしれないけど。
でも、そんなちょっとした「変化」に、僕の心は何故か甘酸っぱいような、そんな気持ちになった。
◇◆◇
「やぁ日暮くん。遅くなってすまないね」
「いえ、僕も来たばっかりですから。大丈夫ですよ」
「ふふ、なら良かった。私から声掛けしておいて待たせるのも悪いからね……っと」
さて、時は過ぎてお昼時。いつもご飯を食べてる裏庭の一角で、僕と星原先輩は落ち合わせた。
先輩の手には……、いつもの弁当と即席で詰められたタッパーが持たれている。色つきのタッパーだから何が入っているかまでは分からないけど。
星原先輩はベンチに座る僕の真横まで歩み寄り、腰を下ろす。
「さて、早速だけど食べてもらおうかな。 まぁ君にとっちゃ簡単なものかもしれないが……ね」
「料理に簡単なものなんてないと思うしそんな謙遜しなくても……ってわかめご飯じゃないですか。作りこもうと思ったら結構難しいものだ思いますよ?」
タッパーから出てきたのは、わかめとゴマが適度に散りばめられたご飯だった。ちょっと塩気のきいた香りがして、食欲がよりかきたてられる。
思ってた以上に美味しそうだぞ。朝言ってた通り、先輩って「好きな事は突き詰める」性格のようだ。なんて改めて思う。
「ほう、そうなのか。そしたら尚のこと評価が気になるな。早速食べてみてくれないか? 箸は用意してあるからさ」
「わかりました。そしたら早速いただきます……っんむ」
先輩から貰った箸を使って、僕はわかめご飯を口の中に入れる。
先輩は――――――、期待半分、不安半分といった表情だ。美味しいって思ってもらえるか、ちょっと不安なのだろう。
全く。その不安はハッキリ言って杞憂なんだけどな。
「美味しいですよ、先輩。程よく塩気があって、柔らかい味だ。味付けも相当こだわったんだなって伝わってきますよ」
そう言う僕の表情は、だいぶ朗らかなものになっていた。なんでわかったのかって、向かいの教室のガラスに薄らと映っていたから。
でも、当然だろ。本当に彼女のご飯が美味しかったんだから。こんな表情になるのも当然なんだ。
「……ん、そっか。それなら良かったよ。レシピ調べて、味見して、柄にもなく頑張った甲斐はあったみたいだな」
「ふふ、流石ですよ。でもこうやって自分で作り始めたのって最近なんですよね。それでこの美味しさってのも中々凄い気も」
「わはは、嬉しいこと言ってくれるじゃないか。美味しいと思ってもらえるか少し不安だったが……、この料理の試食者第1号に君を選んだのは正解だったみたいだな」
先輩は安堵したように、そして嬉しそうに柔らかく笑う。
気怠げでのんびりしてるけど、でも感情がよく伝わってくるそんな笑顔はどこか星原先輩らしくて。
少しだけ、心臓が強く跳ねた。
「ん、そう、ですね……ってか、試食者第1号が僕ってこのわかめご飯、まさか作ってから持ってくるまで僕以外の人には……」
「ん、食べさせてないな。君が初めてだよ」
「え、マジですか? 家族の人に食べてもらったりとかは――――――」
「してないよ。初めては君にお願いしたかったからな。大変だったんだぜ? こっそり作って持ってくるの」
「えぇ何故に……?」
……そこまでしたのか。なんでだ。
先輩の真意が読めないぞ。なんでそこまでしてまで、「僕に初めて食べてもらうこと」にこだわったんだ。
先輩はそんな僕の顔を見て、恥ずかしそうに頬をかく。
「そりゃ、君とは『一緒に飯を食う』関係だからだよ。こうして料理をしてみようと思ったのも君がきっかけなわけだし。だから初めての感想は君から聞きたかったんだ。私としちゃ十分すぎる理由、のつもりなんだが……」
言わせるなよ恥ずかしいな、なんて言いたげに先輩は困ったように苦笑いする。
あぁそっか。なんかわかった気もするな、星原先輩の今の言葉。
ここで一緒に飯を食うって事が、先輩にとって重要なことになってるんだ。
ここでの時間を、先輩はすごく大事にしてくれてる。だからこその行動なんだって事は、今の言葉で何となくわかった。
そう思って貰えるのであれば。
僕としても悪い気はしない。そう思える。
「ふふ、そうですか。まぁこの美味しいご飯を誰よりも先に食べられたってことですもんね。そう思えば素直に嬉しいかな?」
だから僕も、先輩のその言葉に答えるように笑って返す。
それからご飯をもう一口、口の中に入れた時。
さっきよりも更に美味しさが感じられるような、そんな感じがした。
「――――――ふふ、わははっ。そうだろう? 君がそこまで喜んでくれるなら、これから定期的に作ってきてやろうかな?」
「お、じゃあ是非に。食べたいものリクエストさせてくださいよ」
「良いよ。可能な限り作ってきてやろうじゃないか。楽しみにしといてくれよ」
星原先輩はそう言いながら嬉しそうに、ワクワクしたような声色でそう話す。
そんな彼女の声は、今までで1番弾んでいて。
顔もどこか紅く染まっているような、そんな印象を受けた。
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