ケース⑦ 田舎のツッパリ女子さん


 今日もアタイは昼間あった胸糞悪いことの憂さを晴らすために、夜の街をバイクで暴走(はし)っていた。


 流れるテールランプの群れ。

 スイスイとギリギリで避けて、抜き去っていく。

 まるで周囲は時が止まってるかのように見える。


 マシンも自分も絶好調みたいだった。

 内心の苛立ちムカつきが凄まじいほど、感覚が研ぎ澄まされていくみたいに。



 ちっきしょうが。

 クソ教師ども。

 わざわざ舎弟たちがいる前で恥かかせやがって。



『おう、お前。まーたこんなとこでたむろしてんのか?』


『ははは、そうつっぱんな。そんな風にすごんでも、お前があの時には可愛い声だすのよーくわかってるぞ』


『そうか? すごくがんばってたじゃねーか。汗だくだく、顔真っ赤にして。しまいにはこっちにしがみついてたもんなぁ?』



 アタイが頭張ってる学校の一角、いわゆるヤンキーとか不良とか言われてるヤツラを従えて、いつものようにたまっていた時。

 学年主任のジジイと一緒に目敏く見つけて近づいてきた、生徒指導兼体育教師のあの勝ち誇ったにやついた顔。

 思い出すだけでぶっ殺したくなる。


 あの人特法さえなければ。

 あんな風に無様な醜態晒して、クソ野郎に好き勝手言わせなくて済んだんだ。


 なんだってよりによって、ガキ作るための相手がアイツだったんだ。

 他にいくらでもいるだろうに、わざわざ狙いすましたように最悪なヤツがアサインされるなんてどうかしてるだろ。


 そう知ってからの悶々とした日々は悪夢そのものだった。

 もちろんヤンキー仲間、特に舎弟やパシリの前じゃそんなこといえるわけねえ。

 なんとかどうにかして逃げる方法はないか必死で考えた。

 さっと躱して、やり過ごせるみたいな抜け道があるんじゃないかって、知りうる伝手は全部使って聞いて回ったりした。


 でも結果は残酷なもんだった。

 チームや学校のOB、パイセンたちの言葉。

 特に代々アタイみたいに女番張ってた元ヤンのお姉様方の諦めきったみたいな声と態度。



 どうにもなんねぇって。

 カンカン(鑑別所)とかムショ(刑務所)行くことになんゾ?

 それよりはマシだと思うしかねーヨ。



 国家権力に逆らって行き着く場所で行われてること。

 女がそこでどうされるのか、特に自分らみたいなツッパリやアウトローなら耳にタコができるくらい知っている。


 ……クソったれが。


 そうして迎えた当日。

 とうとう目前にまで迫ったアホみたいにむさくるしくてうっとい体育教師の身体を前に。

 アタイにできるのはせいぜい、何の反応もしないでやりすごすことくらいだった。

 何されても、どうってことねぇって態度で相手しないことくらい。


 幸い初めてなんかじゃなかったし。

 処女なんてもんはとっくに捨てて、それなりに経験もってたし。

 こんなのたかがセックスするだけじゃねえかって。

 好きでもねえ、嫌って軽蔑して憎みきってるセンコーに、たったひと時身体好きにされるだけじゃねえかって。


 そう思いながら耐えるしかなかったんだ。

 でも始まって早々、アタイの計画と目論見は無残に崩壊し始めたわけだけども。

 否応なく起きる身体の反応、自分の意思じゃどうにもならないビクッていう痙攣とか、息遣いとか、……頭んなか真っ白になっちまうあの瞬間とか。

 

 そういうのがどうにもならずに起こっているのを抑えようと頑張れたのも最初だけだった。

 結局、アタイの頑張りなんてクソ教師を余計に楽しませただけみたいだった。


 途中からはもういいやって気分にすらなっていたかもしれない。

 よく覚えてない。

 たぶん、投げやりになって頑張るのもやめてたと思う。



 だからクソ教師が言ってたことの大半は本当なんだろう。

 それがまた余計にムカついてたまらないんだけど。

 だからこそ、舎弟たちの前じゃアイツがまた適当なこと言ってる風に強がることしかできないんだけど。



 パイセンたちの話によると、代々女でツッパってた番格みたいなひとらはみんな同じだったらしい。

 そん時の学校とかマッポ(警察)の不良、暴走族対応してる責任者みたいなヤツが何故か絶対相手になってたって。


 だから噂では国とかが裏でやってる非行対策じゃねえかって。

 ツッパらかってる女ヤンキーが強がってイキれないように、プライドとか反抗心とかそうして折っちまうのが目的の。



 だとしたら滅茶苦茶汚ねぇよ。

 許せねえよ。



 アタイ、アイツにあんなことされて。

 あんな格好であんなこと口にさせられて。

 

 ……無様に反応してるとこさんざん楽しませちまって。



 自分で自分が許せねえ。



 そのアタイの中に生まれた青い炎がマシンに伝わったかのように、さらなるスピードが生まれて爆発する。

 バターみたいに重く溶けて全身を包み込んでくる大気の感覚。


 今やもう絶滅したはずの化石燃料を動力とするアナログ機械の傑作。

 エレキックマシンには出せようもない迫力と存在感、生々しい脈動と咆哮。

 もちろん、本来なら違法そのもの、公道を走ることはおろか、個人所有するだけでも許されないはずの存在。


 この理不尽と暴虐で成り立つ世界への反抗そのもの。

 アタイたちの怨念と怒りとプライドの結晶。


 爆音を轟かせながら侵入したカーブを、抜け出した途端にフルスロットル。

 瞬時にはじけだすような加速が再び生まれて、周囲の景色がまた溶けていく。


 跨る場所から伝わる振動と全身に受ける風の感覚。


 サイコーだった。

 この時、この瞬間だけアタイは何もかもから解放されて、この世のすべてを手に入れていた。



 ドッドッドッと重低音を響かせながら到着した街を見下ろす高台、キラキラと宝石をちりばめたみたいな夜景を前に停車する。

 そしてチラリと降りたばかりのマシンに視線を移し、また逸らす。

 無数の灯りが瞬く一面のパノラマを見ながら、心の中で憧れの存在に独り、問いかけてみた。



 なあ。

 アンタのころにはこんなことなかったんだろうな?



 ヤンキー不良と言われる存在達が最も輝いていたらしい、全盛期だった時代に想いを馳せる。



 それとも……。

 たいして変わんないのかい?



 遥か昔、この漆黒の単車を駆っていたというスケ番の伝説。

 自分は彼女とどれだけ違うんだろうかと。


 アタイは次の予定日が迫っている焦燥感と共にそう思う。

 たまり場に来ていた二人の教師、学年主任のジジイが別れ際に口にしたセリフが頭の中をリフレインする。



『まあまあ。次は私の番ですから……』



 アタイは爆走していたひと時だけ忘れられたクソみたいな現実が、再び戻ってきたことをはっきりと感じていた。

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日本の少子化問題は完全に解決されました かめのこたろう @kamenokotaro

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