ケース④ 幼馴染カップルくん
いつしか恋心に変わっていた、大好きな幼馴染である彼女に告白してOKを貰った直後のことだった。
永年の曖昧な関係にやっと終止符を打てた実感で、アガりまくっていた俺に向かって告げられた言葉。
あ、そうそう。
わたし明日、人特法の予約日なんだ。
なんの迷いも葛藤も感じさせない、当たり前のことを口にする態度でしかなかった。
僅かに頬を紅潮させてはにかんだ風に言う様子。
それは只、告白を受けたことに対する感慨だけで、口にした内容に対してはなんの心理的負担や抵抗があったわけじゃない。
晴れて恋人関係になった相手に、事務的にスケジュールを告げるだけのものなのは間違いなかった。
だってそれが普通の感覚なんだから。
たとえ誰であろうと、年頃になった女子はみんな、所定の手続きを経て選別された相手と妊娠出産するために性交しなくちゃいけない。
そんなのは小学生だって知ってる、この国において最も普遍的で周知されて共有されたルールであり価値観に他ならない。
俺だってそう思ってたし、疑ったこともなかった。
母親も、年上の従妹も、近所のお姉さんも、そうやって子供を作って幸せな家庭を築いている。
別に誰と子供をつくろうと、恋人関係や生涯の伴侶と寄り添うのに、一切障害になることもない。
妊娠出産という社会行為は、個人的な恋愛感情や人間関係とは全く関係ないのだから。
個人的エゴとは完全に切り離された、純粋に共同体への義務であり奉仕に過ぎないんだ。
今やだれもそんなことに疑いなんて持っていないだろう。
授業で習うまでもなく、子供のころからそんな風にこの世界が成り立っていることを実感しながら生きてきたんだ。
何より俺自身、そうやって生まれてきたんだし。
だから、たとえどれだけ好きな相手だろうと。
ついこないだまで男子とそうかわんない印象だったのが、いつの間にか洒落た髪型になって身体のあちこちに丸みと柔らかさを備えて、みるみる魅力的になっていた幼馴染の女の子だろうと。
これまでガキみたいな意地と羞恥で素直になれずに誤魔化してしらばっくれていた気持ちをやっと清算できた、劇的な幕開けのその瞬間だろうと関係ない。
彼女の身体が、性的な意味で他の誰か、人特法に従ってコイツを選んで落札したヤツに最初の経験を捧げるのだとしても。
俺がどうこう考えて何かを感じること自体が明らかにおかしくて異常なことなんだ。
やめてほしいなんて。
どうにか、自分が先に彼女としたいだなんて。
こんな、まるで独善的所有欲みたいな衝動、許されざる悪徳に他ならない。
性の個人所有なんて明確な法律違反なのに。
あらゆる生殖に関わる行為は共同体、ひいては国家のために共有されて分配されてしかるべきというのが法にも明記されている基本的人権と義務のあり方なのに。
あまりにもなタイミングの重なりに、どうかしちまったんだろうか。
いつもなら絶対こんなことにはならないはずなのに。
やっと大好きなコイツと恋人関係に成れた、あまりの感情の昂りにどこかがバグっちまったのかもしれない。
完全に非常識でまともな思考じゃないのはわかっているのに、俺はどうしてもその不条理な悶々に囚われて抜け出せなくなっていた。
夕方には終わるらしいから、それからどっかいこう?
そう、なんの衒いもなくはにかみながら言ってくる彼女に、恋人として前向きな態度を示そうとする。
穏やかな微笑みを浮かべて、乗り気なセリフと仕草のつもりで返事を返した。
おずおずと差し出された手を握り、互いの隣接する家の方向へと歩き始める。
あれだけ期待して切望していたシチュが実現した瞬間だったのに、どこか虚しく空々しいようなものに俺は包まれていた。
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