第02話 孤独の始まり

 王都の表通りがきらびやかな喧騒と希望に満ちているのとは対照的に、裏通りは埃っぽく、薄暗く、陰鬱な空気が淀んでいた。

 狭い路地には日の光すら届かず、湿った土と腐敗したゴミの臭いが鼻を突く。

 俺は、人の視線を避けるように、その狭い裏通りを歩き続けていた。

 王宮から追い出されて、もう何時間歩いたのか分からない。

 足の裏は豆が潰れてじくじくと痛み、けれど立ち止まる場所も、休む術もなかった。

 腹は空っぽで、胃がきりきりと痛む。全身の力が抜け、めまいすら覚える。


 着の身着のままで放り出された俺には、宿を取る金もなければ、助けてくれる友もいない。

 行くあてもなく、ただ光の届かない場所をさまようしかなかった。


 最後に望みをかけたのは、冒険者ギルドだった。

 なにか簡単な依頼でもあれば、わずかでも金と食料にありつけるかもしれない。

 そう思って受付に近づいたのだが――


「勇者パーティーを追放された?そりゃご苦労なこった……だが、悪いな。うちには攻撃魔法のひとつも使えねぇ『役立たず』を雇う依頼なんざ、どこにもねぇよ」


 受付の初老の男は、俺の顔を見るなり鼻を鳴らし、あからさまに嘲笑した。

 隣の受付嬢も哀れみすら浮かべず、ただ冷たい目を向けて突き放す。


 ――結局、王宮で浴びせられた言葉と、寸分違わない。


 胸の奥を、鋭い刃でえぐられるような痛みが走った。


「……分かりました。ありがとうございます」


 力なく呟いた俺に、初老の男は手を振ってみせた。

 まるで「とっとと失せろ」と言わんばかりに。


 ――誰も、俺を必要としていない。


 勇者パーティーには、もう居場所がない。

 王都そのものが、俺を拒絶している。

 冒険者ギルドですら背を向けた。


 『役立たず』

 『無能』

 『小細工使い』


 勇者パーティーの連中が吐き捨てた言葉が、呪いのように頭の中で何度もこだまする。

 そのたびに、俺の自己肯定感は、寸刻みに削られていった。


 ――ああ、本当にそうなのかもしれない。


 俺は、生まれてくるべきではなかった存在なのかもしれない。

 誰にも必要とされず、この世界の片隅で、朽ちていくだけの――そんな運命なのか。


 気づけば、路地の壁に背を預け、その場にずるずるとしゃがみ込んでいた。

 冷たい石の感触が、薄い衣服を通して容赦なく体温を奪っていく。

 行き交う人々は、誰一人として俺に目を向けない。

 まるで最初から存在していなかったかのように、俺の横を通り過ぎていく。


 この広い世界に、俺の居場所なんてどこにもない。

 絶望は、鉛のように重く、俺の体をじわじわと押し沈めていく。


 ……それでも。

 心の奥底には、まだかすかに燻っているものがあった。

 勇者候補として育てられた幼い頃から、ずっと胸に抱き続けてきた思い。


 ――困っている人がいたら、助けたい。


 その純粋な願いだけは、どれほど罵られ、否定されても消えなかった。

 微かで、だが確かな熱だ。

 だけど、この無力な俺に、いったい何ができる?

 誰かを守る力があるのなら、この屈辱にも耐えられるのに。


 孤独と絶望が、冷たい水のように心を沈めていく――そのときの俺は知らなかった。


 このどん底の孤独こそが、やがて一人の少女との運命的な出会いを呼び寄せ、

 そして俺自身の価値を、この世界に証明するきっかけになることを。

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